私は何も知らなかった

まるまる

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 暫くして私は王妃様から茶会にご招待頂いた。

『庭園の花が綺麗な季節になりました。2人で花を愛でながら、美味しいお茶でも頂きましょう』 

 王妃様から頂いた招待状にはそう記されていた。きっと私と殿下の関係を心配して下さっているのだろう。それに今、殿下が噂になっているロザリア様は王妃様の兄カシミール公爵の娘、つまり王妃様にとっては姪にあたる。

 私は直ぐにお受けする旨の返事をしたためた。

 王妃様との茶会はいつものガゼボではなく、初めて会った時、殿下が私に見せたかったと言ってくれた広場にある東屋で行われた。そこはあの時の記憶そのままに花が咲き誇り、本当に美しい場所だった。

「初めての顔合わせの時、あの子貴方を此処に連れて来たでしょう? 今だから教えちゃうけれど、あの子わたくしに貴方と仲良くなるにはどうすれば良いのか聞きに来たのよ。それでね、わたくし言ったの。女の子は綺麗な物が好きなのよって…。そしたらあの子、わたくしに貴方を此処に連れて来たいって言ったのよ」

 王妃様は懐かしそうに語った。

「それであの時、殿下に庭園を案内して頂く様、言って下さったのですね。私、あの時とても緊張していて王妃様のお言葉に救われました」

「今、あの子とロザリアが噂になっているのは知っているわ。2人は従兄妹同士ですもの。仲が良くて当然よ。でもね、あの子が本当に慕っているのはわたくしの兄なの。あの子にとってロザリアは慕っている叔父の娘。ただそれだけなの。」

「カシミール公爵を…ですか?」

 王妃様の兄であるカシミール公爵は、公爵として領地経営の傍ら、国1番の商会の経営者でもあった。

「ええ。兄は商売を通して他国とも付き合いが深いから…。だから特に留学から帰ってからは、よく兄の所に行っているみたいなの。他国の情勢に興味があるみたい。でもね、わたくし王太子としてそれはとても良い事だと思うの。だから貴方はあの子を信じてあげてね。今日はどうしても、それだけは貴方に伝えたいと思ってお招きしたのよ」

 王妃様はそう言って微笑んだ。

 私が頂いた手紙でも、殿下はいつも周辺国の情勢を気にしておられた。

 殿下との関係に不安を感じていた私は、王妃様の言葉に少し救われた気がした。


 *****


 母の容態が急変したのは、殿下との婚姻の儀が1年後に迫った頃だった。

 母を診察した主治医が告げた。

「病の進行が思った以上に早い…。このままでは奥様のお命は持って後、1月ひとつきと言った所でしょう…」

「そんな…先生…。信じられません。つい先日まで彼女は起き上がり、会話も出来ていたのです! どうしてこんな急に容態が変わったのですか? 彼女が少しでも長く生きる事が出来るなら、私はどんな事でもします! お願いです。彼女を助けて下さい!!」

 父は涙を流しながら必死に医師に訴え掛けた。

 しかし、医師は首を横に振る。

「もう、私に出来る事は全てしました。手は尽くしたのです。これ以上はどうする事も出来ません。これから先は、悔いのない様に出来る限り奥様の側にいて差し上げて下さい。」

 主治医は辛そうな表情を浮かべた。その言葉を聞いて父は項垂れ、只、静かに涙を流した。

 そんな…お母様が居なくなってしまうなんて…。私も父の隣で泣き崩れた。父の言う様に、少し前まで母は小康状態を保っていたのだ。それが急にどうして? 突然の病状の変化に気持ちがついていかない…。

 ふと殿下の手紙を思い出した。

 "何か変わった事に気が付いたら必ず僕に知らせて。医師の手配をするから…"

 もしかしたら、殿下ならもっと良い医師を紹介して頂けるかも知れない…。

 一瞬そんな考えが頭を過ったが直ぐに考え直した。今の殿下と私の関係では到底無理な話だ。

 それでも…母に出来るだけの事をしたいと思った私は、諦めたくは無かった。

 私は主治医のリピトール先生が帰った後、父に尋ねた。

「お父様、お母様を違う先生に診て頂く事は出来ませんか? リピトール先生が思いつかない治療法を、他の先生なら思いつくかもしれないじゃないですか!?」

 しかし父は私の考えを否定した。

「いや…。リピトール先生は陛下からご紹介を受けた非常に優秀な医者だ。リアーナはエンレストの元王女だ。日頃から陛下も彼女の病状には心を砕いて下さっていたんだよ。彼以上の医師をこの国で他に探すのは至難の業だろう…。ディアーナ、お前の気持ちは良く分かる。だが、そんな事をするよりも、残された時間、私達は私達に出来る精一杯の事を彼女にしてあげようじゃないか」

 父は泣きじゃくる私を優しく説得した。私は父の言葉に頷くしか無かった。

 だが、たとえ母がそんな状態であっても父は陛下の側近だ。王宮での仕事がある。父がずっと母の側に付き添う事は出来なかった。

 「すまないディアーナ…。お母様の事をお願いするよ。何かあったら直ぐに王宮に知らせてくれ…。」

 父はすまなさそうに私に頭を下げた。

「そんな…お父様…。私はお母様のたった1人の娘です。それに家にはテレサもアンナもいるわ。心配しないでお勤め、頑張って下さい」

 本当は父には母の側に居てあげて欲しかった。でも…父には役目がある。1番辛いのは父なのだ。

「すまない…。せめて毎朝、お母様の薬だけは私が飲ませてから城へ向かうよ。後の事は宜しく頼む。」

 この頃、母はもう自分の力では起き上がる事さえ出来なくなっていた。だから母に薬を飲ませる時はそっと母を抱き起こし、喉に詰まらせない様にゆっくりと時間を掛けて少しずつ薬を飲ませる必要があった。これが女性の力では結構な重労働なのだ。忙しい中、父はそれを買って出てくれた。

 父と陛下は同い年で、共にセレジストに留学していた学友だった。その気安さからか、父は帰国後直きこくごすぐに陛下の側近に選ばれた。それ以外にも伯爵位を持つ父は、領地の運営もしなければならない。その為、父は多忙を極めていた。それでも父は欠かす事なく出掛ける前には必ず母に薬を飲ませ、仕事から帰れば母の様子を見に来た。

 そしてリピトール医師が母の命の期限だと言った1ヶ月後……母は私達家族に見守られながら静かに息を引き取った。



 

 
 

 
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