私は何も知らなかった

まるまる

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 忘れもしない。
 忘れる事なんて出来ない記憶。
 今度こそ運命を変えなければ……。


 あの日、我がメルカゾール王国の王城はセレジスト帝国軍によって包囲された。圧倒的な軍事力を誇る巨大帝国の軍を前に我が国はなす術も無かった。俺たち王族は捕えられ、手枷足枷で拘束された挙句、謁見の間に集められた。

 何時もなら王である父が座る玉座には1人の青年が腰掛け、捕えられひざまずく俺たち王族を鋭い視線で射抜く。

「何故だ! 何故叔母上とディアーナを殺した!? この国が何故今まで我が帝国の属国にならずに済んでいたと思う? 叔母上とディアーナがいたからだ!!」

 玉座にて悲痛な声を上げる彼の名は、シュナイザー・セレジスト。
 セレジスト帝国の皇太子であり、学生時代、俺の同級生だった男だ。だが、1度辛辣な言葉を投げ掛けられた俺は、それ以来彼とは距離を置いていた。

「い…いえ…。貴方様の叔母上リアーナ様は…その…ご病気で「言い訳は結構だ!! 調べはついている!!」」

 震える声で弁明しようとした父の言葉をシュナイザーは遮った。

「叔母上も、ディアーナも、何も知らず、何の抵抗も出来ないまま、お前たちに苦しめられ無惨に殺されたのだ。お前たちに言い訳する機会など要らぬ!!」 

 彼は俺たち王族に向かって怒りに震えながら冷酷にそう言い放った。

 この後、俺たち家族は1人残らず中央広場にて衆人環視のもと公開処刑にされた。

 彼の言う通り、俺たちは一言の弁明する機会さえ与えられる事は無かった。

 広場で処刑を待つ俺の目の前に広がった景色…。

 それは、これから帝国の属国になると言うのに、それを歓迎し、歓喜に沸いた民達の姿だった。

 あぁ…我々この国の王族は、今までどれ程の蛮行を犯して来たのか……。

 民の心がこれ程迄に離れてしまうとは……。

 俺は絶望に苛まれながらこの世を去った。
 


 *****


 今日も殿下はおいでになっては下さらないのね……。

 今日は婚約者として月に一度設けられた殿下との茶会の日だった。王宮内の庭園に用意されたその席に最後に殿下が来て頂けたのはいつだっただろう…。もうそれすら思い出す事が出来ない。そのくせ約束の時間が過ぎて私が諦めて帰ると、必ず後日王家を通じて苦言が呈されるのだ。

『殿下を待たずさっさと帰ってしまうなんてどういうつもりだ』と。

 だから私は仕方なく此処にいる。

「お嬢様、もうそろそろ……」

 侍女のアンナが遠慮がちに声を掛ける。気がつくともう日は傾きかけていた。

「ええ、そうね…」

 私はゆっくりと席を立った。

 帰りの馬車の中、アンナは怒りを露わにさせる。

「殿下はあんまりです。毎回、毎回、これではお嬢様は見せ物ではありませんか!!」

 茶会の為の席は、何時も庭園内のガゼボに用意されていた。そこは王宮内から特に人目につき易い場所にある。私は月に1度こうして何時間もの間、人の目に晒されながら王太子殿下が来て頂くのをただひたすらに待ち続けなければならない。

 他人から見れば、これ程蔑ろにされながらも殿下を待ち続けるさぞ滑稽な婚約者に見えることだろう。

「今度のお相手はカシミール公爵家のロザリア様だそうですよ? お二人は大変仲睦まじいと噂になっております」

 アンナはまるで自分の事の様にプリプリ怒っている。その様子に笑みがこぼれる。彼女は母が父と駆け落ちした時、帝国から唯一着いて来てくれた侍女テレサの娘で、私にとっては姉の様な存在だ。王太子妃教育を受けている私は、自分の感情を面に出す事が出来ない。だから貴方が代わりに怒ってくれる事に私がどれほど救われているか……。

 私は仮面を貼り付けて今日も微笑む。

「ロザリア様と殿下は従姉弟同士ですもの…。仲が良いのは仕方が無いわ。」

「もう! またそんな事を言って!! お嬢様は人が良すぎます。 では、アメリア様はどうなるのです? マグノリア様は? お嬢様と言う長年の婚約者がありながら、他のご令嬢にうつつを抜かすなんて!! 殿下は只の浮気男ですよ!?」

「まぁ、アンナ、浮気男だなんて…。そんな失礼なこと…」

 私は軽くアンナを諌めた。

「大丈夫です! お嬢様以外の人前では思っていても言いませんから」

 アンナはそう言ってしたり顔をした。

「でもお嬢様、もういいのではないですか? お嬢様が殿下にこうして何時間も放って置かれている事は、もはや城にいる者なら誰もが知っています。ましてや旦那様は陛下の側近。失礼を承知で申しますが、もうそろそろお考えになられては如何ですか? 私はもう悔しくて悔しくて仕方が無いのです!」

 彼女の言いたい事はよく分かる。お父様から陛下に殿下との婚約の解消を願い出て貰えと言う事だろう。

 でも……。

「……殿下は私の初恋の人なの」

 私はアンナにそう告げた。

 

 
















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