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第27話
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「グリードマン伯爵家…。ご存知ですか?」
ジャックはニコラスに問いました。
「ええ、勿論です…」
「ご存知でしたら話は早い。私の父は訳あって廃嫡されましたが、グリードマン家の出身でしてね。今は祖父が細々と領地を切り盛りしておりますが…」
「…ええ…」
ニコラスは言葉少なに答え、視線を落としました。あと少しで50に差し掛かろうという年齢の彼は、ジャックの父親と側妃様の間に何があったのか知っていたのです。
本来、グリードマン家はビアリー家と同様、建国以来の名家と呼ばれる家柄でした。ですが陛下から疎まれた結果、今ではすっかり寂れてしまいました。彼の祖父は、それでも必死に領地と爵位を守って来たのです。
ジャックは話を続けます。
「祖父は既に老伯爵と呼ばれる年齢に差し掛かっておりましてね。その老伯爵に仕えている家令も、既にかなりの高齢なのですよ。その家令が、自分はもう年だ。誰かに仕事を手伝って貰いたい。そしてゆくゆくはその方に自分の仕事を譲りたい…。そう申しておりましてね…。ですから私は、誠に勝手ながら貴方に引き受けて頂けるなら、これ以上の適任者はいないと…そう考えたのですよ。勿論、侯爵家同様、貴方の補佐としてアレックスさんも一緒においで頂きたい」
ジャックはニコラスにそう説明しました。
恐らくこれは殿下のお考えなのでしょう。それでも私には、ニコラスにとってこれ以上ない程、魅力的な話に思えました。
今は嘗ての栄光を失っているとは言え、時代は変わります。近い将来、殿下が王位をお継ぎになれば、今の状況は1変するでしょうから…。
父も私と同じ事を考えたのでしょう。
「私はニコラスの力が活かせる、良い話しだと思うがな」
そうニコラスに告げました。
ですがニコラスは顔を曇らせました。
「旦那様の仰る通り、わたくし共に取りましてこんな有り難いお話はございません。私自身と致しましても出来る事ならばお受けさせて頂きたい。ですが、グリードマン伯爵は本当に私などで良いと仰っておられるのですか? 私は伯爵にお目にかかった事さえないのですが…。」
彼はそう言って言葉を濁しました。ニコラスの不安は分かります。恐らくこの提案に殿下が関わっている事は誰でも容易く想像できます。彼はこの提案を伯爵自身が了承してくれているのか…それが知りたいのだと思います。
「ええ、勿論ですよ。祖父に貴方とロザリア様の話をしたのです。そうしたら祖父は、もしそんな誠実な方に来て頂けるなら、こんな嬉しい事はないと…そう言っておりました」
ジャックの話を聞いたニコラスとアレックスは、2人で顔を見合わせ頷きました。
2人のその様子を見たジャックは話を続けます。
「ただ、先程もお話しさせて頂いた様に、裁判まであまり時間がありません。急がせる様で申し訳ないのですが、もしこの話をお受け頂けるのなら、貴方達には出来るだけ早くグリードマン家に移り住んで頂きたいのです」
「申し訳ないなんて仰らないで下さい。…。ええ、勿論分かっております。それでしたら、直ぐに準備を致します。何、身一つでこの屋敷にお世話になったのです。大した荷物もありません。何時でもお暇出来ますよ」
ニコラスは感慨深か気にそう答え、アレックスを見ました。
父のその視線を受け、アレックスも頷きます。
「では、宜しいのですね?」
ジャックはニコラスとアレックスに問い掛けました。
「ええ、宜しくお願い致します」
ニコラスとアレックスは揃って頭を下げました。
「良かった! こちらこそ宜しくお願いします」
ジャックは満面の笑みを浮かべました。
こうして翌日、身の回りの簡単な荷物だけを持って、ニコラスとアレックスはジャックの祖父の元へと向かう事になりました。
当日、ジャックは2人を迎えに来てくれました。
「寂しいですか? 貴方は随分とニコラスさんを慕っておいでのご様子でしたので…」
荷物を馬車に積み込むニコラスを見つめる私に、ジャックが声を掛けてきました。
「…ええ…」
私はそれだけ言うと俯きました。涙が溢れそうになったからです。
ニコラスは私の命の恩人です。
もしニコラスが侯爵邸に居なければ、私はあの日、誰にも看取られる事なくこの世を去っていたかも知れないのです。
そして、それ以降ずっと侯爵邸での私の生活を支え続けてくれました。
白い結婚の証明書が取れたのも、家族と連絡が取れたのも、全て彼のお陰です。彼がいるから今、私が此処にこうしていられるのです。
「大丈夫ですよ。少しの辛抱です。裁判が結審し貴方の身の回りが落ち付いたら、何時でも彼らに会いに来て下さい。祖父は貴方を歓迎すると思いますよ」
ジャックは優しくそう言ってくれました。
「…ありがとうございます。必ず伺います」
私が答えると、ジャックは「ええ、お待ちしております」と微笑んで、先に馬車に乗り込みました。
「では、ロザリア様。次は裁判所でお会いしましょう」
ニコラスに最後にそう声をかけられた時、私はもう我慢する事が出来ませんでした。
涙が次々と頬を伝います。
「永遠の別れではないのです。また、直ぐにお会い出来るのですから…」
ニコラスはそう言って私を宥めましたが、彼の目にも涙が光っていました。
その後、彼は馬車に乗り込み、我が家を後にしました。
私はニコラスの乗った馬車が、見えなくなるまで彼を見送ったのです…。
ジャックはニコラスに問いました。
「ええ、勿論です…」
「ご存知でしたら話は早い。私の父は訳あって廃嫡されましたが、グリードマン家の出身でしてね。今は祖父が細々と領地を切り盛りしておりますが…」
「…ええ…」
ニコラスは言葉少なに答え、視線を落としました。あと少しで50に差し掛かろうという年齢の彼は、ジャックの父親と側妃様の間に何があったのか知っていたのです。
本来、グリードマン家はビアリー家と同様、建国以来の名家と呼ばれる家柄でした。ですが陛下から疎まれた結果、今ではすっかり寂れてしまいました。彼の祖父は、それでも必死に領地と爵位を守って来たのです。
ジャックは話を続けます。
「祖父は既に老伯爵と呼ばれる年齢に差し掛かっておりましてね。その老伯爵に仕えている家令も、既にかなりの高齢なのですよ。その家令が、自分はもう年だ。誰かに仕事を手伝って貰いたい。そしてゆくゆくはその方に自分の仕事を譲りたい…。そう申しておりましてね…。ですから私は、誠に勝手ながら貴方に引き受けて頂けるなら、これ以上の適任者はいないと…そう考えたのですよ。勿論、侯爵家同様、貴方の補佐としてアレックスさんも一緒においで頂きたい」
ジャックはニコラスにそう説明しました。
恐らくこれは殿下のお考えなのでしょう。それでも私には、ニコラスにとってこれ以上ない程、魅力的な話に思えました。
今は嘗ての栄光を失っているとは言え、時代は変わります。近い将来、殿下が王位をお継ぎになれば、今の状況は1変するでしょうから…。
父も私と同じ事を考えたのでしょう。
「私はニコラスの力が活かせる、良い話しだと思うがな」
そうニコラスに告げました。
ですがニコラスは顔を曇らせました。
「旦那様の仰る通り、わたくし共に取りましてこんな有り難いお話はございません。私自身と致しましても出来る事ならばお受けさせて頂きたい。ですが、グリードマン伯爵は本当に私などで良いと仰っておられるのですか? 私は伯爵にお目にかかった事さえないのですが…。」
彼はそう言って言葉を濁しました。ニコラスの不安は分かります。恐らくこの提案に殿下が関わっている事は誰でも容易く想像できます。彼はこの提案を伯爵自身が了承してくれているのか…それが知りたいのだと思います。
「ええ、勿論ですよ。祖父に貴方とロザリア様の話をしたのです。そうしたら祖父は、もしそんな誠実な方に来て頂けるなら、こんな嬉しい事はないと…そう言っておりました」
ジャックの話を聞いたニコラスとアレックスは、2人で顔を見合わせ頷きました。
2人のその様子を見たジャックは話を続けます。
「ただ、先程もお話しさせて頂いた様に、裁判まであまり時間がありません。急がせる様で申し訳ないのですが、もしこの話をお受け頂けるのなら、貴方達には出来るだけ早くグリードマン家に移り住んで頂きたいのです」
「申し訳ないなんて仰らないで下さい。…。ええ、勿論分かっております。それでしたら、直ぐに準備を致します。何、身一つでこの屋敷にお世話になったのです。大した荷物もありません。何時でもお暇出来ますよ」
ニコラスは感慨深か気にそう答え、アレックスを見ました。
父のその視線を受け、アレックスも頷きます。
「では、宜しいのですね?」
ジャックはニコラスとアレックスに問い掛けました。
「ええ、宜しくお願い致します」
ニコラスとアレックスは揃って頭を下げました。
「良かった! こちらこそ宜しくお願いします」
ジャックは満面の笑みを浮かべました。
こうして翌日、身の回りの簡単な荷物だけを持って、ニコラスとアレックスはジャックの祖父の元へと向かう事になりました。
当日、ジャックは2人を迎えに来てくれました。
「寂しいですか? 貴方は随分とニコラスさんを慕っておいでのご様子でしたので…」
荷物を馬車に積み込むニコラスを見つめる私に、ジャックが声を掛けてきました。
「…ええ…」
私はそれだけ言うと俯きました。涙が溢れそうになったからです。
ニコラスは私の命の恩人です。
もしニコラスが侯爵邸に居なければ、私はあの日、誰にも看取られる事なくこの世を去っていたかも知れないのです。
そして、それ以降ずっと侯爵邸での私の生活を支え続けてくれました。
白い結婚の証明書が取れたのも、家族と連絡が取れたのも、全て彼のお陰です。彼がいるから今、私が此処にこうしていられるのです。
「大丈夫ですよ。少しの辛抱です。裁判が結審し貴方の身の回りが落ち付いたら、何時でも彼らに会いに来て下さい。祖父は貴方を歓迎すると思いますよ」
ジャックは優しくそう言ってくれました。
「…ありがとうございます。必ず伺います」
私が答えると、ジャックは「ええ、お待ちしております」と微笑んで、先に馬車に乗り込みました。
「では、ロザリア様。次は裁判所でお会いしましょう」
ニコラスに最後にそう声をかけられた時、私はもう我慢する事が出来ませんでした。
涙が次々と頬を伝います。
「永遠の別れではないのです。また、直ぐにお会い出来るのですから…」
ニコラスはそう言って私を宥めましたが、彼の目にも涙が光っていました。
その後、彼は馬車に乗り込み、我が家を後にしました。
私はニコラスの乗った馬車が、見えなくなるまで彼を見送ったのです…。
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