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第36話

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「しかし皮肉なものですね。サイオスが侯爵家の資金を回収したせいで、金が無くなった2人はウィリアム様から再度金を巻き上げる事を思いついたなんて…」

 私とアレクはまたも商会の事務室で話をしています。

 私が侯爵家に嫁いでから5年の歳月をかけたこの作業場は、順調に職人も育ち、新たな産業としてこのトラマールに根付いて来ています。例え離縁したとしても、私にとってこの場所は、手塩に掛けて育てた大切な子供の様なものなのです。

 あの後、ウィリアム様はバネッサに、洗いざらい話すなら命だけは助けてやると取引を持ち掛けたそうです。その結果、彼女の証言から違法業者は捕まり、その男がバネッサのお腹の子の本当の父親だった事が分かりました。

 妊娠を知ったバネッサは裏商売の人間の子としてより、侯爵家の子として子供を育てたいと考えたのです。そう言う面では彼女も母親だったと言う事でしょう。

「ウィリアム様はサイオスの命も救おうとしたみたい。でも、サイオス自身がそれを頑なに拒んだんですって。自分が弟を殺めた。そんな自分に生きる資格はない。罪を償いたい。彼はそう言ったそうよ。サイオスは自分が殺人犯として裁かれる事で、過去の彼の父の仕打ちもまた殺人だと、世間に知らしめたかったんじゃないかしら…」

「……そうですね。自白剤を使う、使わないの線引きは犯罪者と言えども曖昧ですからね。何処まで彼の思いが通じるのか…。それにこの話は侯爵家にとっても醜聞でしょうに…」

「ええ、それでもウィリアム様は可能な範囲で世間に公表すると決めたらしいわ。自分の罪と向き合い、サイオスの名誉を少しでも守るために…」

「そうですか…。ウィリアム様は茨の道を歩くと決められたのですね。ただ、間違いなく、自白剤の使用についての一石を投じるでしょう。ずっと基準が曖昧でしたからね。彼には頑張って欲しいものです…」

 アレクはそう言って目を伏せました。

 結局、担当医の証言で義父様があれ程痩せておられた事も、自白剤による副作用だった事が分かったのです。自白剤はそれ程に恐ろしい薬品だったのです。

「…ねぇ、アレク…。生きて償うのと死んで償うの。本当はどっちが苦しいんだろうね…。それでも…この処罰が正しかったのかどうか、ウィリアム様はずっと悩んでおられるわ」

「さぁ、どうでしょうね…。ただ、サイオスに限って言えば、彼の望みは叶ったのではないでしょうか? だからずっと黙秘を貫いて、最期に全てを語ったんではないですか? ウィリアム様と貴方が揃ったあのタイミングで…」

「そう…貴方にはそう見えていたのね…」

「ええ…。クララが言っていましたよ。侯爵夫妻は貴方がウィリアム様に嫁いでくれるのを本当に心から願われていたと。そして貴方は、侯爵家が困窮している事を知りながら、嫁いで来てくれた。サイオスは貴方の事をずっと希望の光だと言っていたと…」

「…希望の光…。サイオスがそんな風に思っていてくれたなんて…」

 サイオスの気持ちを考えると涙が溢れそうになりました。彼はずっと母親への理不尽な扱いに対する恨みと、自分の身内である侯爵家の人達への想いの間で苦しんで来たのでしょう。

 憎しみと愛情…その狭間で…。

「貴方は彼の思いを受け、このトラマールを活性化させたではないですか?」

 私の涙を見たアレクがそう言って私を励ましてくれます。彼にはずっと支えられてきました。

「まだまだ以前には程遠いわ…。それに全てを公表する今、これからどうなるかも分からない…」

「貴方は自己評価が低すぎるんですよ。貴方は頑張った。サイオスが金を回収してくれたお陰で負債もなくなった。父も侯爵家はもう大丈夫だと言っていますよ? 貴方はもう少し自分に自信を持つべきだ」

「公爵様が? それにしてもどうしたの? 貴方らしくもない。今日は嫌に持ち上げるわね」

 私が涙を声で揶揄うと、彼は困った様な笑みを浮かべました。

「やはり分かりますか? 実は商会を辞めなければならなくなりました。」

「え! 商会を辞める!! どうして!?」

 驚きの余り、一瞬で涙が吹き飛びました。

「実は父が持っている伯爵位を譲り受ける事になったのです。侯爵家はもう大丈夫だから戻って来いと父に言われたのです。何でもこれからは王太子妃様にお仕えするそうです」

「……そう、王太子妃様に…」

 私は戸惑いを隠せません。

「私が居なくなったら寂しいですか?」

 アレクはそんな私を伺う様な目で見つめます。

「そりぁ、寂しいに決まってるじゃない…」

 私の答えにアレクはまるで子供の様に目を輝かせました。

「本当ですか!?」

 そして頬を緩ませます。

「だったら1つ提案があるんですけど…」

 彼はいきなり跪き、私の手をとりまささた。

「これからも俺の側にずっといてくれませんか?」

「え?」

 一瞬、思考が停止しました。

「いや…ですか?」

 何も答えない私をアレクが上目使いに見つめます。

「…それってもしかして…」

 余りの急展開に思考が追いつきません。

「自分で言うのも何ですが、俺、お得物件ですよ?」

 そんな事は彼に言われなくとも分かっています。公爵家の次男で爵位持ちです。だからこそ思います。

「出戻りの私なんかじゃなくても、貴方なら他にもっと良い人がいるわよ」

「……そうですね。それにこれから俺は王太子妃様にお仕えするんだ。宮中にはきっと綺麗な女性も沢山いるでしょう」

 彼は笑いながらあっさり頷きました。本当にムカつく奴です。

「そうね。それに私なんかじゃ公爵様がお許しにならないわ!」

 私は精一杯の強がりを言いました。彼が居なくなる。そう聞いて初めて、私は自分の気持ちに気付いたのです。

 以前ウィリアム様は言いました。

『私と別れたら彼と一緒になるのかい?』と…。そして何故そんな事を聞くのかと問う私に言いました。

『君が彼をとても信頼している様に見えたから』

 そう…。周りは気付いていたのに私だけが気付いていなかったのです。

 アレクはずっと、側にいてくれる…。そう思っていたから…。

 すると…

「父には既に許しを得ています。俺は仕事が早いですから」

 彼は胸を張って告げました。

「それに俺は、貴方じゃなきゃダメなんです。貴方の中途半端に気が強い所も、無駄に行動力がある所も俺は好きなんだ。それに好きでもない相手に5年間も仕えたりしませんよ? 俺、これでも公爵家の人間ですよ?」 

 そう言って微笑んで、彼は直ぐに真剣な顔で私を見つめながら言ってくれました。

「今度ははぐらかさないできちんと言います。俺と結婚して下さい」と…。

「…私も…貴方と離れたくありません…」

 それがこの時の私に言える精一杯の答えでした…。

       おしまい

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 小説を読んでいると、偶に自白剤が出てきます。その中には今回の私の作品と同じ様に、自我を失う設定のものも…。その時思ったのです。

 毒薬を使ったら罪になります。ではこの場合の自白剤は?

 罪人だからいいの?その場合の罪の線引きは? 

 そんな発想から思いついた作品です。

 最後まで読んで頂きありがとうございました🙇

 感謝です♪  そして次回作を今、執筆中です。こちら、この作品のアレクが出てきます。アレクが仕える事になった王太子妃の話です。もしよろしければまた暇つぶしにでもご覧下さい。   まるまる


            

 






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