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第38話
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「いやぁ、しかし見事な手腕ですね~。アリエル様」
商会の事務所、アレクの態とらしい声と拍手の音が響き渡ります。
「貴方、私の事、馬鹿にしてる?」
私は不機嫌そうな顔をして、アレクを睨みつけました。
「そんな怖い顔しないで下さいよ。本当に俺は心から、貴方の事を称賛しているんですから。バネッサを心理的に追い詰める手腕、大したものです。しかし、バネッサも可哀想に…。貴方の読み通り、彼女はサイオスから本当の事を何も聞かされていなかったみたいですね。クララの話では今頃になってオロオロしているそうですよ?」
「ええ、彼女が私の前に現れた時から疑問に思っていたわ。何故彼女は今になって再びウィリアム様の元に現れたんだろうって。だってそうでしょう? 今の没落寸前の侯爵家に嫁いだ所で、彼女には何のメリットもないもの。ただ苦労するだけよ? きっとサイオスは彼女に侯爵家の負債はもう直ぐ全て無くなるとでも言って彼女を唆したのでしょう」
「そうですね」
アレクは頷きました。
私はウィリアム様に嫁いで来てからずっと、この作業場であげた収益を侯爵家の持つ負債の返済に充てていました。でもそれは本来は私の資産です。それに今回、父は残っていた侯爵家の負債を全て立て替えました。だから金融業者への負債の返済が終わっても、実際はその債権者が金融業者から我が家に変わっただけなのですが、彼女はそれを知らなかった様です。
然も今回父は、ウィリアム様の提案で、その債権を全てオスマンサス公爵家に譲渡しました。相手は国1番の商会を経営する公爵家です。我が家の様な甘い相手ではありません。返済が滞った時点で、侯爵家は領地を取られ没落です。これから侯爵家は、また必死に負債を返済していくしか道は無いのです。つまりは私が嫁ぐ前に逆戻りしただけです。
それだけではありません。私はウィリアム様との離縁を理由に、私の雇い入れた使用人達を全て希望に応じて我が家に雇い入れると申し出たのです。また、希望する者には紹介状を書くとも…。
その結果、残ったのは数人のみ。あの人数では、屋敷を維持していくだけでも難しいでしょう。こちらも私が嫁ぐ前に逆戻りです。
アレクの言う通り、バネッサ様は今頃、心理的にかなり追い詰められているはずです。
こんなはずではなかったと…。
「でね、今回の事で私、可笑しな事に気づいたの」
「可笑しなこと…ですか?」
アレクが問い返します。
「ええ。今、屋敷に残っている使用人なんだけどね。貴方が紹介してくれたあの4人。彼らはあれだけのスキルを持ちながら、全員まだ侯爵邸に残っているの。ねぇ、どうしてかしら? アレクは可笑しいと思わない?」
「……そんな事、私に仰られても…」
アレクは言葉を濁しますが、構わず話を続けます。
「それにね。イリス、ジェシカの2人はオスマンサス商会に勤めていた。そしてカエラ。貴方の説明では貴族の屋敷で働いていたのよね? 何処の何と言う貴族? それからルイージ。確か、トラマールで人気のレストランを経営していたんだったわよね? なのに変なの。誰に聞いてもそんなレストラン知らないって言うのよ」
私はにっこり笑ってアレクに問いかけます。
「ねぇ、可笑しいと思わない?」
「………何が仰りたいのか…」
それでもアレクは言葉を濁して何も答えません。いえ、寧ろ笑みを浮かべてこちらを見ています。答える気が無いのです。
私はそんな彼の態度に苛立ちを覚えながら、更に言葉を繋ぎます。
「今回、オスマンサスはトラマールの債権の譲渡先に名乗りをあげた。その時思ったの。オスマンサスの名を良く聞くなぁって。それでやっと思い出したの。オスマンサス公爵には嫡男ヴァレウス様の他にもう1人御子息がいらした事を…。調べてみたら名前はアレクサンダー様と言うんですって。とっても分かりやすいわよね? ねぇ、アレク。貴方、もしかしてアレクサンダー様なの?」
アレクはやっと諦めた様に答えました。
「……本当はもう全て分かっているんでしょう?」と。
「ええ、確認しただけよ」
私はまたにっこり微笑みます。
「怖いからその気持ちの悪い笑い方辞めてもらえます? そうですよ。私は父に頼まれて此処にいるんです。父にとって侯爵は昔からの親しい友人でね。侯爵家を没落から救いたい…父はそう言ったんですよ。伯爵も最初からご存知の事ですよ」
「そうでしょうね。でなければ貴方を私に付けるはずないもの。って言うか失礼ね。気持ち悪いって何よ!」
「…っ! あはははっ」
アレクは私の言葉が壺に入ったのか、急に声を上げて笑い出しました。本当に失礼な人です。
「それで? 正体がバレた俺は首ですか?」
アレクは真顔で問い掛けます。
「まさか! 公爵家のご子息に申し訳無いと思っただけよ。貴方がいてくれるならうちは大歓迎よ!ただ一つだけお願いがあるの…」
私が手を合わせると彼は怪訝な表情を浮かべました。
「で? 今度は何をすれば良いのですか?」
「クララの事を守って欲しいの。彼女、無理して危険な事をしそうなんですもの。あの4人も貴方の手のものなんでしょう? だったら彼女に協力してあげて」
「ああ、クララはこの商会の大切な従業員でもありますからね。勿論、最初からそのつもりですよ」
アレクはそう答えにっこり微笑みました。
「貴方の笑顔も充分胡散臭いし、気持ち悪いわよ」
私はその笑顔を見て呟きました。
「失礼な!」
そう言ってアレクはまた笑い出しました。
商会の事務所、アレクの態とらしい声と拍手の音が響き渡ります。
「貴方、私の事、馬鹿にしてる?」
私は不機嫌そうな顔をして、アレクを睨みつけました。
「そんな怖い顔しないで下さいよ。本当に俺は心から、貴方の事を称賛しているんですから。バネッサを心理的に追い詰める手腕、大したものです。しかし、バネッサも可哀想に…。貴方の読み通り、彼女はサイオスから本当の事を何も聞かされていなかったみたいですね。クララの話では今頃になってオロオロしているそうですよ?」
「ええ、彼女が私の前に現れた時から疑問に思っていたわ。何故彼女は今になって再びウィリアム様の元に現れたんだろうって。だってそうでしょう? 今の没落寸前の侯爵家に嫁いだ所で、彼女には何のメリットもないもの。ただ苦労するだけよ? きっとサイオスは彼女に侯爵家の負債はもう直ぐ全て無くなるとでも言って彼女を唆したのでしょう」
「そうですね」
アレクは頷きました。
私はウィリアム様に嫁いで来てからずっと、この作業場であげた収益を侯爵家の持つ負債の返済に充てていました。でもそれは本来は私の資産です。それに今回、父は残っていた侯爵家の負債を全て立て替えました。だから金融業者への負債の返済が終わっても、実際はその債権者が金融業者から我が家に変わっただけなのですが、彼女はそれを知らなかった様です。
然も今回父は、ウィリアム様の提案で、その債権を全てオスマンサス公爵家に譲渡しました。相手は国1番の商会を経営する公爵家です。我が家の様な甘い相手ではありません。返済が滞った時点で、侯爵家は領地を取られ没落です。これから侯爵家は、また必死に負債を返済していくしか道は無いのです。つまりは私が嫁ぐ前に逆戻りしただけです。
それだけではありません。私はウィリアム様との離縁を理由に、私の雇い入れた使用人達を全て希望に応じて我が家に雇い入れると申し出たのです。また、希望する者には紹介状を書くとも…。
その結果、残ったのは数人のみ。あの人数では、屋敷を維持していくだけでも難しいでしょう。こちらも私が嫁ぐ前に逆戻りです。
アレクの言う通り、バネッサ様は今頃、心理的にかなり追い詰められているはずです。
こんなはずではなかったと…。
「でね、今回の事で私、可笑しな事に気づいたの」
「可笑しなこと…ですか?」
アレクが問い返します。
「ええ。今、屋敷に残っている使用人なんだけどね。貴方が紹介してくれたあの4人。彼らはあれだけのスキルを持ちながら、全員まだ侯爵邸に残っているの。ねぇ、どうしてかしら? アレクは可笑しいと思わない?」
「……そんな事、私に仰られても…」
アレクは言葉を濁しますが、構わず話を続けます。
「それにね。イリス、ジェシカの2人はオスマンサス商会に勤めていた。そしてカエラ。貴方の説明では貴族の屋敷で働いていたのよね? 何処の何と言う貴族? それからルイージ。確か、トラマールで人気のレストランを経営していたんだったわよね? なのに変なの。誰に聞いてもそんなレストラン知らないって言うのよ」
私はにっこり笑ってアレクに問いかけます。
「ねぇ、可笑しいと思わない?」
「………何が仰りたいのか…」
それでもアレクは言葉を濁して何も答えません。いえ、寧ろ笑みを浮かべてこちらを見ています。答える気が無いのです。
私はそんな彼の態度に苛立ちを覚えながら、更に言葉を繋ぎます。
「今回、オスマンサスはトラマールの債権の譲渡先に名乗りをあげた。その時思ったの。オスマンサスの名を良く聞くなぁって。それでやっと思い出したの。オスマンサス公爵には嫡男ヴァレウス様の他にもう1人御子息がいらした事を…。調べてみたら名前はアレクサンダー様と言うんですって。とっても分かりやすいわよね? ねぇ、アレク。貴方、もしかしてアレクサンダー様なの?」
アレクはやっと諦めた様に答えました。
「……本当はもう全て分かっているんでしょう?」と。
「ええ、確認しただけよ」
私はまたにっこり微笑みます。
「怖いからその気持ちの悪い笑い方辞めてもらえます? そうですよ。私は父に頼まれて此処にいるんです。父にとって侯爵は昔からの親しい友人でね。侯爵家を没落から救いたい…父はそう言ったんですよ。伯爵も最初からご存知の事ですよ」
「そうでしょうね。でなければ貴方を私に付けるはずないもの。って言うか失礼ね。気持ち悪いって何よ!」
「…っ! あはははっ」
アレクは私の言葉が壺に入ったのか、急に声を上げて笑い出しました。本当に失礼な人です。
「それで? 正体がバレた俺は首ですか?」
アレクは真顔で問い掛けます。
「まさか! 公爵家のご子息に申し訳無いと思っただけよ。貴方がいてくれるならうちは大歓迎よ!ただ一つだけお願いがあるの…」
私が手を合わせると彼は怪訝な表情を浮かべました。
「で? 今度は何をすれば良いのですか?」
「クララの事を守って欲しいの。彼女、無理して危険な事をしそうなんですもの。あの4人も貴方の手のものなんでしょう? だったら彼女に協力してあげて」
「ああ、クララはこの商会の大切な従業員でもありますからね。勿論、最初からそのつもりですよ」
アレクはそう答えにっこり微笑みました。
「貴方の笑顔も充分胡散臭いし、気持ち悪いわよ」
私はその笑顔を見て呟きました。
「失礼な!」
そう言ってアレクはまた笑い出しました。
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