上 下
38 / 46

第38話

しおりを挟む
「いやぁ、しかし見事な手腕ですね~。アリエル様」

 商会の事務所、アレクの態とらしい声と拍手の音が響き渡ります。

「貴方、私の事、馬鹿にしてる?」

 私は不機嫌そうな顔をして、アレクを睨みつけました。

「そんな怖い顔しないで下さいよ。本当に俺は心から、貴方の事を称賛しているんですから。バネッサを心理的に追い詰める手腕、大したものです。しかし、バネッサも可哀想に…。貴方の読み通り、彼女はサイオスから本当の事を何も聞かされていなかったみたいですね。クララの話では今頃になってオロオロしているそうですよ?」

「ええ、彼女が私の前に現れた時から疑問に思っていたわ。何故彼女は今になって再びウィリアム様の元に現れたんだろうって。だってそうでしょう? 今の没落寸前の侯爵家に嫁いだ所で、彼女には何のメリットもないもの。ただ苦労するだけよ? きっとサイオスは彼女に侯爵家の負債はもう直ぐ全て無くなるとでも言って彼女を唆したのでしょう」

「そうですね」

 アレクは頷きました。

 私はウィリアム様に嫁いで来てからずっと、この作業場であげた収益を侯爵家の持つ負債の返済に充てていました。でもそれは本来は私の資産です。それに今回、父は残っていた侯爵家の負債を全て立て替えました。だから金融業者への負債の返済が終わっても、実際はその債権者が金融業者から我が家に変わっただけなのですが、彼女はそれを知らなかった様です。

 然も今回父は、ウィリアム様の提案で、その債権を全てオスマンサス公爵家に譲渡しました。相手は国1番の商会を経営する公爵家です。我が家の様な甘い相手ではありません。返済が滞った時点で、侯爵家は領地を取られ没落です。これから侯爵家は、また必死に負債を返済していくしか道は無いのです。つまりは私が嫁ぐ前に逆戻りしただけです。

 それだけではありません。私はウィリアム様との離縁を理由に、私の雇い入れた使用人達を全て希望に応じて我が家に雇い入れると申し出たのです。また、希望する者には紹介状を書くとも…。

 その結果、残ったのは数人のみ。あの人数では、屋敷を維持していくだけでも難しいでしょう。こちらも私が嫁ぐ前に逆戻りです。

 アレクの言う通り、バネッサ様は今頃、心理的にかなり追い詰められているはずです。

 こんなはずではなかったと…。

「でね、今回の事で私、可笑しな事に気づいたの」

「可笑しなこと…ですか?」

 アレクが問い返します。

「ええ。今、屋敷に残っている使用人なんだけどね。貴方が紹介してくれたあの4人。彼らはあれだけのスキルを持ちながら、全員まだ侯爵邸に残っているの。ねぇ、どうしてかしら? アレクは可笑しいと思わない?」

「……そんな事、私に仰られても…」

 アレクは言葉を濁しますが、構わず話を続けます。

「それにね。イリス、ジェシカの2人はオスマンサス商会に勤めていた。そしてカエラ。貴方の説明では貴族の屋敷で働いていたのよね? 何処の何と言う貴族? それからルイージ。確か、トラマールで人気のレストランを経営していたんだったわよね? なのに変なの。誰に聞いてもそんなレストラン知らないって言うのよ」

 私はにっこり笑ってアレクに問いかけます。

「ねぇ、可笑しいと思わない?」

「………何が仰りたいのか…」

 それでもアレクは言葉を濁して何も答えません。いえ、寧ろ笑みを浮かべてこちらを見ています。答える気が無いのです。

 私はそんな彼の態度に苛立ちを覚えながら、更に言葉を繋ぎます。

「今回、オスマンサスはトラマールの債権の譲渡先に名乗りをあげた。その時思ったの。オスマンサスの名を良く聞くなぁって。それでやっと思い出したの。オスマンサス公爵には嫡男ヴァレウス様の他にもう1人御子息がいらした事を…。調べてみたら名前はアレクサンダー様と言うんですって。とっても分かりやすいわよね? ねぇ、アレク。貴方、もしかしてアレクサンダー様なの?」

 アレクはやっと諦めた様に答えました。

「……本当はもう全て分かっているんでしょう?」と。

「ええ、確認しただけよ」

 私はまたにっこり微笑みます。

「怖いからその気持ちの悪い笑い方辞めてもらえます? そうですよ。私は父に頼まれて此処にいるんです。父にとって侯爵は昔からの親しい友人でね。侯爵家を没落から救いたい…父はそう言ったんですよ。伯爵も最初からご存知の事ですよ」

「そうでしょうね。でなければ貴方を私に付けるはずないもの。って言うか失礼ね。気持ち悪いって何よ!」

「…っ! あはははっ」

 アレクは私の言葉が壺に入ったのか、急に声を上げて笑い出しました。本当に失礼な人です。

「それで? 正体がバレた俺は首ですか?」

 アレクは真顔で問い掛けます。

「まさか! 公爵家のご子息に申し訳無いと思っただけよ。貴方がいてくれるならうちは大歓迎よ!ただ一つだけお願いがあるの…」

 私が手を合わせると彼は怪訝な表情を浮かべました。

「で? 今度は何をすれば良いのですか?」

「クララの事を守って欲しいの。彼女、無理して危険な事をしそうなんですもの。あの4人も貴方のなんでしょう? だったら彼女に協力してあげて」

「ああ、クララはこの商会の大切な従業員でもありますからね。勿論、最初からそのつもりですよ」

 アレクはそう答えにっこり微笑みました。

「貴方の笑顔も充分胡散臭いし、気持ち悪いわよ」

 私はその笑顔を見て呟きました。

「失礼な!」

 そう言ってアレクはまた笑い出しました。







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

もう、愛はいりませんから

さくたろう
恋愛
 ローザリア王国公爵令嬢ルクレティア・フォルセティに、ある日突然、未来の記憶が蘇った。  王子リーヴァイの愛する人を殺害しようとした罪により投獄され、兄に差し出された毒を煽り死んだ記憶だ。それが未来の出来事だと確信したルクレティアは、そんな未来に怯えるが、その記憶のおかしさに気がつき、謎を探ることにする。そうしてやがて、ある人のひたむきな愛を知ることになる。

自分勝手な側妃を見習えとおっしゃったのですから、わたくしの望む未来を手にすると決めました。

Mayoi
恋愛
国王キングズリーの寵愛を受ける側妃メラニー。 二人から見下される正妃クローディア。 正妃として国王に苦言を呈すれば嫉妬だと言われ、逆に側妃を見習うように言わる始末。 国王であるキングズリーがそう言ったのだからクローディアも決心する。 クローディアは自らの望む未来を手にすべく、密かに手を回す。

大好きだったあなたはもう、嫌悪と恐怖の対象でしかありません。

ふまさ
恋愛
「──お前のこと、本当はずっと嫌いだったよ」 「……ジャスパー?」 「いっつもいっつも。金魚の糞みたいにおれの後をついてきてさ。鬱陶しいったらなかった。お前が公爵令嬢じゃなかったら、おれが嫡男だったら、絶対に相手になんかしなかった」  マリーの目が絶望に見開かれる。ジャスパーとは小さな頃からの付き合いだったが、いつだってジャスパーは優しかった。なのに。 「楽な暮らしができるから、仕方なく優しくしてやってただけなのに。余計なことしやがって。おれの不貞行為をお前が親に言い付けでもしたら、どうなるか。ったく」  続けて吐かれた科白に、マリーは愕然とした。 「こうなった以上、殺すしかないじゃないか。面倒かけさせやがって」  

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

【完結】孕まないから離縁?喜んで!

ユユ
恋愛
嫁いだ先はとてもケチな伯爵家だった。 領地が隣で子爵の父が断れなかった。 結婚3年。義母に呼び出された。 3年も経つのに孕まない私は女ではないらしい。 石女を養いたくないそうだ。 夫は何も言わない。 その日のうちに書類に署名をして王都に向かった。 私は自由の身になったのだ。 * 作り話です * キチ姑います

【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」  私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。  なのに……彼は。 「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」  私のため。  そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。    このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?  否。  そのような恥を晒す気は無い。 「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」  側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。  今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。 「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」  これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。  華々しく、私の人生を謳歌しよう。  全ては、廃妃となるために。    ◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです!

私をもう愛していないなら。

水垣するめ
恋愛
 その衝撃的な場面を見たのは、何気ない日の夕方だった。  空は赤く染まって、街の建物を照らしていた。  私は実家の伯爵家からの呼び出しを受けて、その帰路についている時だった。  街中を、私の夫であるアイクが歩いていた。  見知った女性と一緒に。  私の友人である、男爵家ジェーン・バーカーと。 「え?」  思わず私は声をあげた。  なぜ二人が一緒に歩いているのだろう。  二人に接点は無いはずだ。  会ったのだって、私がジェーンをお茶会で家に呼んだ時に、一度顔を合わせただけだ。  それが、何故?  ジェーンと歩くアイクは、どこかいつもよりも楽しげな表情を浮かべてながら、ジェーンと言葉を交わしていた。  結婚してから一年経って、次第に見なくなった顔だ。  私の胸の内に不安が湧いてくる。 (駄目よ。簡単に夫を疑うなんて。きっと二人はいつの間にか友人になっただけ──)  その瞬間。  二人は手を繋いで。  キスをした。 「──」  言葉にならない声が漏れた。  胸の中の不安は確かな形となって、目の前に現れた。  ──アイクは浮気していた。

【完結】婚約相手は私を愛してくれてはいますが病弱の幼馴染を大事にするので、私も婚約者のことを改めて考えてみることにします

よどら文鳥
恋愛
 私とバズドド様は政略結婚へ向けての婚約関係でありながら、恋愛結婚だとも思っています。それほどに愛し合っているのです。  このことは私たちが通う学園でも有名な話ではありますが、私に応援と同情をいただいてしまいます。この婚約を良く思ってはいないのでしょう。  ですが、バズドド様の幼馴染が遠くの地から王都へ帰ってきてからというもの、私たちの恋仲関係も変化してきました。  ある日、馬車内での出来事をきっかけに、私は本当にバズドド様のことを愛しているのか真剣に考えることになります。  その結果、私の考え方が大きく変わることになりました。

処理中です...