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第30話

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 翌日の朝、何時も通りの時間にウィリアム様を起こしに行ったエレンが、倒れている彼を見つけました。

 テーブルの上にはご丁寧に遺書も置かれています。

 [私はもう直ぐアリエルに捨てられます。彼女は私と離縁し、この屋敷を出て行くと言うのです。アリエルが居なくなり、ガーネット家に見捨てられたら、私はもう1人で生きて行く事は出来ません。だから毒を飲んで死ぬ事にしました。さようなら  ウィリアム]

 「毒!?」

 「兎に角、早く医師を!」

 私達は大慌てで医師を呼びました。

「命に別状はありません。毒は口に含んで直ぐに吐き出されたのでしょう。それに、その後、水を口に含んでうがいされたようです。その結果、体内に毒は殆ど入っていません。数時間もすれば目覚めるでしょう」

 ウィリアム様の処置を終えた医師が淡々と語ります。

「はい? うがいをした?」

 思わず声がでます。

「何だ、それは!? 何の為にそんな事を…? 偽装と言う事か?」

「それは何とも…。彼が何のためにこんな行動をしたのか…。それは目覚めたら、彼に聞いて下さい。それが一番正確な答えでしょう。ただ一般的に言えば、彼が本当に死ぬ気があったと思うかと問われますと、私なら疑問がありますとお答えしますが…」

 父の問いに、医師は困った様にそう告げました。

「死ぬ気は無かった…。つまり脅しか? まさか、彼がこんな愚かな事をしでかすとはな…」

 父はそう言って頭を抱えました。

「もともとこの子に死ぬ勇気なんてありませんよ!」

 母は声を荒げます。

「だがな。彼は厄介だよ。こんな事をしでかしたんだ。彼には次に何をするか分からん怖さがある。今回は偶々エレンが見つけてくれたから事なきを得たが、他の者が見つけていたら大変な騒ぎになる所だ。最悪の場合、我が家が侯爵家を乗っ取る為に、彼を追い詰め、毒を煽る様に仕向けたとでも誰かに触れ回られたら大変な事になる所だった…」

「そんな…。そんな事! 事実無根も良い所です! もしそうなっても嘘だと訴えれば良いのです。第一アリエルは彼との離縁を求めているのですよ? 何故それが我が家が侯爵家を乗っ取る事に繋がるのです!」

「だが実際に、もし今、彼が死ねば侯爵家はアリエルのものだ! 侯爵様が亡くなったこのタイミングでそんな事をウィリアム様本人が言えば、皆、それを信じるだろうさ」

「そんな馬鹿な…」

 母はそう言いますが、実際には父の言う通りでしょう…。貴族社会は恐ろしい。何時も噂の種を探しているのです。

 それが醜聞に塗れていればいる程、彼らは面白可笑しく話を広めていきます。そして、一度でも流れた噂を覆すのはとても難しい事です。まして、我が家は商会を経営しているのです。

 これ以上両親に迷惑はかけられない…。

 私はそう思いました。

 ウィリアム様は自分の命さえ、私達家族を脅す道具に使ったのです。

 全てはお金のために…。

 だとしたら、なんて狡猾な…。

 幼い頃のウィリアム様の笑顔を思い出しました。

 彼はこんな人だったのだろうか…と。

 それは私と同じく、幼い頃からウィリアム様を知る母も同じだった様です。

「もし本当なら、この子がこんな恐ろしい事を考えつくなんて、私には信じられないわ。昔は素直で優しい子だったのよ。まるで人が変わってしまったかのようね…」

 その母の言葉を聞いた父が考え込みます。

 そして…

「もしかしたら、裏で彼を操っている人物がいるのかも知れんな。少し調べてみるか。アリエル、すまないが、この家でもう少し頑張れるか?」

 そう言い出したのです。

「もう迷惑かけたくないから、元からそのつもりだった…」

 私の答えに父は寂しそうに私の頭を撫でました。

「お前は私達の大切な1人娘だ。迷惑を掛けるなんてそんな寂しい事はいわないてくれ。だがね、アリエル。私は伯爵家の当主なんだよ。もし、誰かが彼を操り、何かの目的を持って私達に害をなそうとしているなら、私はきちんと調べ、その者を排除しなければならない。だからね、その者を安心させて炙り出す為に、もう少しだけ我慢してくれるかい?」

「はい…」

 私は頷きました。

 それから暫くして目を覚ましたウィリアム様は、「何故こんな事をしたのか?」と言う父からの問いに答えました。

「絶望したんだ…。父が亡くなり、私が子供の頃からこの家に仕えてくれていたサイオスも居なくなった。その上アリエルまでいなくなったら私は本当に1人だ。借金もあるのに、これから先どうしたらいいのか分からなくなって、気付いたら、毒を煽っていた。でもこれを飲み込んだら本当に死んでしまう。そう思ったら急に怖くなったんだ」

 ウィリアム様はそう説明しました。

「気付いたら…? なら、その毒はどうやって手に入れたんですか? 毒なんて予め用意していなければ、直ぐに手元にあるものではないですよね?」

 父が尋ねると、途端にウィリアム様はしどろもどろになります。

「…それは…以前、友人に貰ったんだ」

「ほう。毒をくれる友人とはどんな人物ですか? 私もお会いしたいのでご紹介いただけますかな?」

 父がウィリアム様を追い詰めていきます。

「もう昔の事で忘れた!」

 ウィリアム様は叫びました。

「ウィリアム様、これだけは申し上げます。貴方がどんな毒を飲んだのか私達は知らない。ですが、毒は人を殺せる危険物です。きちんと許可を取った業者以外が持つ事は法で禁じられているのです。それが分かった上で仰っていますか?」

 父は問い質します。そんな父にウィリアム様はガタガタ震えました。

 それでも相手を庇っているのでしょう。決して相手の名前を告げる事はありませんでした。裏を返せば、その相手はそれ程彼にとって大切な人なのでしょう。

 ですが、そのウィリアム様の様子を見て父は確信した様でした。

 ウィリアム様の後ろには、彼を自在に操る事が出来る黒幕がいると…。




















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