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第28話

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 結局、ウィリアム様が屋敷に戻ったのは翌日の昼過ぎでした。馬車を降り、機嫌良く鼻歌を歌いながらエントランスに入って来た彼に進んで話し掛ける者など誰もいません。使用人達は皆、彼から目を逸らします。

 使用人達のその様子に違和感を感じたのでしょう。

「何かあったのか?」

 ウィリアム様が偶々そこを通りかかったマリサに話しかけます。そこで漸く、マリサが彼に口を開きました。

「大旦那様がお亡くなりになったのですよ!」

 マリサは怒りを含んだ声音でウィリアム様にそう告げました。

「何だって!」

 彼は余程驚いたのか大声を上げました。

 使用人からウィリアム様が戻ったと報告を受けエントランスへと向かった私は、そんな彼の様子をただ茫然と眺めていました。

「やっと戻ったのか」

 私の後ろから父が話し掛けます。

「ええ…。全く情けない事です…。父親が亡くなったと言うのにそれも知らず、偉くご機嫌で戻って来られましたが、昨夜は一体、何処で何をしていたんだか…」

 私がそう言うと、父は私に同情した様な顔を向けました。

 すると、私達に気付いたのか、ウィリアム様がこちらに向かって駆けて来ます。成人した高位貴族だと言うのにエントランスを走るその姿はまるで子供の様です。私はそんなウィリアム様の姿に呆れながらも、昔この侯爵邸で共に過ごした日々を思い出していました。

『アリエル!』そう私の名前を呼んで駆け寄り、手を繋いで一緒にこの侯爵邸の庭園を散歩したあの日を。あの頃、この侯爵邸は幸せに包まれていました。それがどうしてこんな事になってしまったのか…。

 目が涙で霞みます。

 「アリエル」

 彼が私の名を呼びます。あの頃私を呼んだのとは、全く違う声音で。

 「父上が亡くなったなんて…悪い冗談だよな?」

 ウィリアム様は悲痛な面持ちで縋る様に私に問いかけました。

「いいえ…本当です。医師の話しですと、急性の心臓発作だそうです。手を尽くして頂きましたが明け方、眠るようにお亡くなりになりました。」

 私が途中、涙が溢れそうになるのを必死になって堪えるながら告げると、ウィリアム様は頭を抱えます。

「そんな…。昨日私が会った時はお元気そうだったのに…」

「え? 義父様に合われたのですか!?」

 驚きでした。ウィリアム様は侯爵家の今の現状を招き、叔母を自死に追い込んだ義父様を憎み、ずっと顔を見る事さえしなかったのに…。

「ああ…。出掛ける前に少し話をしたんだ」

「…話し…ですか? 何を話されたのです?」

「ああ…。まぁ、大した話をした訳ではないし、父上は相変わらず何も言葉は発せられ無かったよ」

 ウィリアム様はそうはぐらかし、詳しくは話してはくださいませんでした。

「……そうですか? でも、最期にそうやって義父様とお話しできたのは良かったですね」

 やはり親子だから、虫が知らせたのでしょうか。叔母様が未だ生きておられる時は本当に仲の良い親子だったのです。

 その時ウィリアム様が悲しそうに呟きました。

「最期…。ではやはり父上は本当に亡くなったのか…。そんな…何故だ…。これで私の家族は本当に誰も居なくなってしまった…」

 彼のその言葉を聞いた時、私は悟ったのです。

 そうか…。私は彼にとって家族では無いんだ。

 ウィリアム様に嫁いで4年。私は侯爵家の負う負債を返す為必死になって働いてきました。それでも…

 私ではどれだけ頑張っても彼の家族にはなれないんだ…と。

「アリエル、大丈夫か?」

 そんな私の気持ちに気付いたのでしょう。父がそう言って私の肩に手を置きます。

 私は父に向かって頷きました。堪えていた涙が溢れます。

 でも、それに気付いたウィリアム様が私に暴言を吐きました。

「お前が何を泣く!? 泣きたいのは私の方だ! 母上が亡くなり、父上も亡くなった。大体、お前がついていながら父上をみすみす死なせるなど、どう言う事だ! この役立たずが!」

 流石にこれには父も黙ってはいません。

「何と言うことを…。貴方こそ、行き先もつけず一体何処へ行っていたのです!? アリエルは連絡もつかない貴方の代わりに一睡もせずに侯爵様に付き添っていたんだ! その間、貴方は一体何をしていたんだ!!」

 父の怒声がエントランスに響き渡りました。これに気付いた周りの使用人達も一斉にウィリアム様に厳しい目を向けます。その中から代表する様にサイオスが一歩前に歩み出ました。

「ウィリアム様! いい加減にして下さい! 旦那様の死に目にも立ち会わなかった貴方が、奥様を役立たずなどとどの口が言うのです! 大体、こんな時間まで帰って来ず、貴方は旦那様に申し訳ないとは思われないのですか!? 」

 普段は冷静なサイオスまでもが私を庇ってウィリアム様に苦言を呈します。

「何だと! 貴様! 主人に向かってその口の利き方は何だ!!」

 ウィリアム様も負けじとサイオスに声を荒げます。

 ですが、サイオスはウィリアム様にきっぱりと言い切ったのです。

「私の主人は亡き旦那様お一人です。私は貴方の事を主人だなんて思った事は一度もありません! 心配なさらなくて結構。旦那様亡き今、私は貴方になど仕えるつもりはありません! 旦那様の葬儀が終われば、私はこの屋敷をお暇いたします!」

 この3日後、義父様の葬儀がしめやかに取り行われました。そして、私の説得に頷く事なく、サイオスは彼が発した言葉の通り、この侯爵邸を去ったのです。





























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