28 / 46
第28話
しおりを挟む
結局、ウィリアム様が屋敷に戻ったのは翌日の昼過ぎでした。馬車を降り、機嫌良く鼻歌を歌いながらエントランスに入って来た彼に進んで話し掛ける者など誰もいません。使用人達は皆、彼から目を逸らします。
使用人達のその様子に違和感を感じたのでしょう。
「何かあったのか?」
ウィリアム様が偶々そこを通りかかったマリサに話しかけます。そこで漸く、マリサが彼に口を開きました。
「大旦那様がお亡くなりになったのですよ!」
マリサは怒りを含んだ声音でウィリアム様にそう告げました。
「何だって!」
彼は余程驚いたのか大声を上げました。
使用人からウィリアム様が戻ったと報告を受けエントランスへと向かった私は、そんな彼の様子をただ茫然と眺めていました。
「やっと戻ったのか」
私の後ろから父が話し掛けます。
「ええ…。全く情けない事です…。父親が亡くなったと言うのにそれも知らず、偉くご機嫌で戻って来られましたが、昨夜は一体、何処で何をしていたんだか…」
私がそう言うと、父は私に同情した様な顔を向けました。
すると、私達に気付いたのか、ウィリアム様がこちらに向かって駆けて来ます。成人した高位貴族だと言うのにエントランスを走るその姿はまるで子供の様です。私はそんなウィリアム様の姿に呆れながらも、昔この侯爵邸で共に過ごした日々を思い出していました。
『アリエル!』そう私の名前を呼んで駆け寄り、手を繋いで一緒にこの侯爵邸の庭園を散歩したあの日を。あの頃、この侯爵邸は幸せに包まれていました。それがどうしてこんな事になってしまったのか…。
目が涙で霞みます。
「アリエル」
彼が私の名を呼びます。あの頃私を呼んだのとは、全く違う声音で。
「父上が亡くなったなんて…悪い冗談だよな?」
ウィリアム様は悲痛な面持ちで縋る様に私に問いかけました。
「いいえ…本当です。医師の話しですと、急性の心臓発作だそうです。手を尽くして頂きましたが明け方、眠るようにお亡くなりになりました。」
私が途中、涙が溢れそうになるのを必死になって堪えるながら告げると、ウィリアム様は頭を抱えます。
「そんな…。昨日私が会った時はお元気そうだったのに…」
「え? 義父様に合われたのですか!?」
驚きでした。ウィリアム様は侯爵家の今の現状を招き、叔母を自死に追い込んだ義父様を憎み、ずっと顔を見る事さえしなかったのに…。
「ああ…。出掛ける前に少し話をしたんだ」
「…話し…ですか? 何を話されたのです?」
「ああ…。まぁ、大した話をした訳ではないし、父上は相変わらず何も言葉は発せられ無かったよ」
ウィリアム様はそうはぐらかし、詳しくは話してはくださいませんでした。
「……そうですか? でも、最期にそうやって義父様とお話しできたのは良かったですね」
やはり親子だから、虫が知らせたのでしょうか。叔母様が未だ生きておられる時は本当に仲の良い親子だったのです。
その時ウィリアム様が悲しそうに呟きました。
「最期…。ではやはり父上は本当に亡くなったのか…。そんな…何故だ…。これで私の家族は本当に誰も居なくなってしまった…」
彼のその言葉を聞いた時、私は悟ったのです。
そうか…。私は彼にとって家族では無いんだ。
ウィリアム様に嫁いで4年。私は侯爵家の負う負債を返す為必死になって働いてきました。それでも…
私ではどれだけ頑張っても彼の家族にはなれないんだ…と。
「アリエル、大丈夫か?」
そんな私の気持ちに気付いたのでしょう。父がそう言って私の肩に手を置きます。
私は父に向かって頷きました。堪えていた涙が溢れます。
でも、それに気付いたウィリアム様が私に暴言を吐きました。
「お前が何を泣く!? 泣きたいのは私の方だ! 母上が亡くなり、父上も亡くなった。大体、お前がついていながら父上をみすみす死なせるなど、どう言う事だ! この役立たずが!」
流石にこれには父も黙ってはいません。
「何と言うことを…。貴方こそ、行き先もつけず一体何処へ行っていたのです!? アリエルは連絡もつかない貴方の代わりに一睡もせずに侯爵様に付き添っていたんだ! その間、貴方は一体何をしていたんだ!!」
父の怒声がエントランスに響き渡りました。これに気付いた周りの使用人達も一斉にウィリアム様に厳しい目を向けます。その中から代表する様にサイオスが一歩前に歩み出ました。
「ウィリアム様! いい加減にして下さい! 旦那様の死に目にも立ち会わなかった貴方が、奥様を役立たずなどとどの口が言うのです! 大体、こんな時間まで帰って来ず、貴方は旦那様に申し訳ないとは思われないのですか!? 」
普段は冷静なサイオスまでもが私を庇ってウィリアム様に苦言を呈します。
「何だと! 貴様! 主人に向かってその口の利き方は何だ!!」
ウィリアム様も負けじとサイオスに声を荒げます。
ですが、サイオスはウィリアム様にきっぱりと言い切ったのです。
「私の主人は亡き旦那様お一人です。私は貴方の事を主人だなんて思った事は一度もありません! 心配なさらなくて結構。旦那様亡き今、私は貴方になど仕えるつもりはありません! 旦那様の葬儀が終われば、私はこの屋敷をお暇いたします!」
この3日後、義父様の葬儀がしめやかに取り行われました。そして、私の説得に頷く事なく、サイオスは彼が発した言葉の通り、この侯爵邸を去ったのです。
使用人達のその様子に違和感を感じたのでしょう。
「何かあったのか?」
ウィリアム様が偶々そこを通りかかったマリサに話しかけます。そこで漸く、マリサが彼に口を開きました。
「大旦那様がお亡くなりになったのですよ!」
マリサは怒りを含んだ声音でウィリアム様にそう告げました。
「何だって!」
彼は余程驚いたのか大声を上げました。
使用人からウィリアム様が戻ったと報告を受けエントランスへと向かった私は、そんな彼の様子をただ茫然と眺めていました。
「やっと戻ったのか」
私の後ろから父が話し掛けます。
「ええ…。全く情けない事です…。父親が亡くなったと言うのにそれも知らず、偉くご機嫌で戻って来られましたが、昨夜は一体、何処で何をしていたんだか…」
私がそう言うと、父は私に同情した様な顔を向けました。
すると、私達に気付いたのか、ウィリアム様がこちらに向かって駆けて来ます。成人した高位貴族だと言うのにエントランスを走るその姿はまるで子供の様です。私はそんなウィリアム様の姿に呆れながらも、昔この侯爵邸で共に過ごした日々を思い出していました。
『アリエル!』そう私の名前を呼んで駆け寄り、手を繋いで一緒にこの侯爵邸の庭園を散歩したあの日を。あの頃、この侯爵邸は幸せに包まれていました。それがどうしてこんな事になってしまったのか…。
目が涙で霞みます。
「アリエル」
彼が私の名を呼びます。あの頃私を呼んだのとは、全く違う声音で。
「父上が亡くなったなんて…悪い冗談だよな?」
ウィリアム様は悲痛な面持ちで縋る様に私に問いかけました。
「いいえ…本当です。医師の話しですと、急性の心臓発作だそうです。手を尽くして頂きましたが明け方、眠るようにお亡くなりになりました。」
私が途中、涙が溢れそうになるのを必死になって堪えるながら告げると、ウィリアム様は頭を抱えます。
「そんな…。昨日私が会った時はお元気そうだったのに…」
「え? 義父様に合われたのですか!?」
驚きでした。ウィリアム様は侯爵家の今の現状を招き、叔母を自死に追い込んだ義父様を憎み、ずっと顔を見る事さえしなかったのに…。
「ああ…。出掛ける前に少し話をしたんだ」
「…話し…ですか? 何を話されたのです?」
「ああ…。まぁ、大した話をした訳ではないし、父上は相変わらず何も言葉は発せられ無かったよ」
ウィリアム様はそうはぐらかし、詳しくは話してはくださいませんでした。
「……そうですか? でも、最期にそうやって義父様とお話しできたのは良かったですね」
やはり親子だから、虫が知らせたのでしょうか。叔母様が未だ生きておられる時は本当に仲の良い親子だったのです。
その時ウィリアム様が悲しそうに呟きました。
「最期…。ではやはり父上は本当に亡くなったのか…。そんな…何故だ…。これで私の家族は本当に誰も居なくなってしまった…」
彼のその言葉を聞いた時、私は悟ったのです。
そうか…。私は彼にとって家族では無いんだ。
ウィリアム様に嫁いで4年。私は侯爵家の負う負債を返す為必死になって働いてきました。それでも…
私ではどれだけ頑張っても彼の家族にはなれないんだ…と。
「アリエル、大丈夫か?」
そんな私の気持ちに気付いたのでしょう。父がそう言って私の肩に手を置きます。
私は父に向かって頷きました。堪えていた涙が溢れます。
でも、それに気付いたウィリアム様が私に暴言を吐きました。
「お前が何を泣く!? 泣きたいのは私の方だ! 母上が亡くなり、父上も亡くなった。大体、お前がついていながら父上をみすみす死なせるなど、どう言う事だ! この役立たずが!」
流石にこれには父も黙ってはいません。
「何と言うことを…。貴方こそ、行き先もつけず一体何処へ行っていたのです!? アリエルは連絡もつかない貴方の代わりに一睡もせずに侯爵様に付き添っていたんだ! その間、貴方は一体何をしていたんだ!!」
父の怒声がエントランスに響き渡りました。これに気付いた周りの使用人達も一斉にウィリアム様に厳しい目を向けます。その中から代表する様にサイオスが一歩前に歩み出ました。
「ウィリアム様! いい加減にして下さい! 旦那様の死に目にも立ち会わなかった貴方が、奥様を役立たずなどとどの口が言うのです! 大体、こんな時間まで帰って来ず、貴方は旦那様に申し訳ないとは思われないのですか!? 」
普段は冷静なサイオスまでもが私を庇ってウィリアム様に苦言を呈します。
「何だと! 貴様! 主人に向かってその口の利き方は何だ!!」
ウィリアム様も負けじとサイオスに声を荒げます。
ですが、サイオスはウィリアム様にきっぱりと言い切ったのです。
「私の主人は亡き旦那様お一人です。私は貴方の事を主人だなんて思った事は一度もありません! 心配なさらなくて結構。旦那様亡き今、私は貴方になど仕えるつもりはありません! 旦那様の葬儀が終われば、私はこの屋敷をお暇いたします!」
この3日後、義父様の葬儀がしめやかに取り行われました。そして、私の説得に頷く事なく、サイオスは彼が発した言葉の通り、この侯爵邸を去ったのです。
472
お気に入りに追加
1,329
あなたにおすすめの小説
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。
たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。
わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。
ううん、もう見るのも嫌だった。
結婚して1年を過ぎた。
政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。
なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。
見ようとしない。
わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。
義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。
わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。
そして彼は側室を迎えた。
拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。
ただそれがオリエに伝わることは……
とても設定はゆるいお話です。
短編から長編へ変更しました。
すみません
騎士の妻ではいられない
Rj
恋愛
騎士の娘として育ったリンダは騎士とは結婚しないと決めていた。しかし幼馴染みで騎士のイーサンと結婚したリンダ。結婚した日に新郎は非常召集され、新婦のリンダは結婚を祝う宴に一人残された。二年目の結婚記念日に戻らない夫を待つリンダはもう騎士の妻ではいられないと心を決める。
全23話。
2024/1/29 全体的な加筆修正をしました。話の内容に変わりはありません。
イーサンが主人公の続編『騎士の妻でいてほしい 』(https://www.alphapolis.co.jp/novel/96163257/36727666)があります。
【完結】孕まないから離縁?喜んで!
ユユ
恋愛
嫁いだ先はとてもケチな伯爵家だった。
領地が隣で子爵の父が断れなかった。
結婚3年。義母に呼び出された。
3年も経つのに孕まない私は女ではないらしい。
石女を養いたくないそうだ。
夫は何も言わない。
その日のうちに書類に署名をして王都に向かった。
私は自由の身になったのだ。
* 作り話です
* キチ姑います
【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!
ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、
1年以内に妊娠そして出産。
跡継ぎを産んで女主人以上の
役割を果たしていたし、
円満だと思っていた。
夫の本音を聞くまでは。
そして息子が他人に思えた。
いてもいなくてもいい存在?萎んだ花?
分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。
* 作り話です
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない
ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。
既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。
未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。
後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。
欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。
* 作り話です
* そんなに長くしない予定です
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる