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第27話
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その日私は、父と共に新たな取引先への挨拶に向かっていました。
マダムペリエ。王妃様や王太子妃殿下のドレスも手掛ける国1番の有名デザイナーです。
「先日納めさせて頂いたベールの縫製を、丁寧な仕事だととても褒めて下さってね。私も鼻が高かったよ。それでね、これからは繁忙期のドレスの受注のうち、何点かをうちに任せて下さると仰っているんだ」
父は満面の笑みを見せました。それはそうでしょう。マダムペリエのドレスは全て1点もののオートクチュール。その為、頂ける工賃も破格です。しかもその顧客は王家を始めとした高位の貴族ばかり。その中には他国の高位貴族も含まれます。その方達と上手く顔繋ぎ出来れば、新たな商機が生まれるかも知れないのです。
「マダムペリエのドレスを作れるなんて、願っても叶うものではないんだよ。彼女の店には社交シーズンともなるとドレスの注文が殺到してね。仕方なく捌き切れない物に関しては断っておられたそうだ。その内の何点かを我々の商会に任せていただけるんだよ。こんな誇らしい事はない。お前が今まで頑張って来た職人の育成が形になって現れたんだ」
興奮気味に何度も同じ話しをする父の姿を見て、私まで嬉しくなりました。
少しは親孝行できたのかしらと…。
店に到着した私達を、マダムペリエ自らが出迎えて下さいました。父は私を彼女に紹介します。
「娘のアリエルです。彼女は私の1人娘でしてね。今、我が商会の縫製部門は、彼女が全ての責任を持ってやってくれているんですよ」と。
「まぁ、そうでしたの。では、アリエル様、これから宜しくお願いしますね」
マダムはそう言って笑顔を見せました。
「こちらこそ、マダムのデザインするドレスを任せて頂けるなんて大変光栄に思います。私共の商会を選んで頂き、本当にありがとうございます」
こうして私達は互いに挨拶を済ませると、早速商談を始めました。
話し合いは順調に進み、商談も終わりに近づいた頃、マダムが思いついた様に私に告げました。
「そう言えば、アリエル様はトラマール侯爵家に嫁がれたそうね? アリエル様のお母様と亡くなったトラマール侯爵夫人は従姉妹同士だとお伺いしたわ。わたくしね、侯爵夫人には何度かドレスの注文を頂いて作らせて頂きましたのよ。その時お話しさせて頂いたら、とても話が合ってね。それからは親しくお付き合いさせて頂いておりましたの。本当に素敵な方で、亡くなったとお聞きした時は、わたくしも悲しい思いを致しましたわ」
そう言って、マダムペリエは何か言いたそうに私を見つめました。でも、結局最後まで彼女が私に何かを伝える事はありませんでした。
帰りの馬車の中、そのマダムの私を見つめる瞳がずっと気にはなっていました。
でもそれを覆す程の出来事が起こり、その自問は記憶の底に押しやられてしまったのです。
この後、父と共に侯爵邸に到着した私を待っていたのは、思いもよらない報告でした。
サイオスが私達を見るなり駆け寄って来たのです。
「アリエル様! 伯爵様! 旦那様が…旦那様が倒れられました。心臓発作を起こされたそうです。医師の話しですと、今夜が峠だと…」
そう私達に報告するサイオスの体は震えています。彼は長い間ずっと義父様に仕え、義父様が自我を失われてからはずっと側で守り続けて来たのです。
「今夜が峠…」
屋敷を出る時、義父様は「行って参ります」そう声を掛けた私に微笑んで下さったのです。それなのに…。私は信じられない思いで一杯でした。
直ぐに私と父は義父様の部屋へと向かいました。義理父の側には医師が付き添い、懸命に治療に当たって下さっています。
父がサイオスに尋ねます。
「ウィリアム様はどうした?」
「お出かけになられております」
サイオスは短く答えました。でもその瞳には怒りが見て取れました。
「出かけている? こんな夜遅くにか?」
父は怪訝な表情を浮かべました。
黙って俯き、答え辛そうにしているサイオスの代わりに私が答えます。
「最近ウィリアム様は良くお出かけになり、戻られない日もあるのです…」
「何だと? あの男は自分の立場が分かっているのか!! こんな時間まで遊び歩きよって!」
父はウィリアム様への怒りを露わにしました。
それから、私、父、サイオスは義父様に付き添っていました。
深夜になってもウィリアム様は帰って来ません。知らせ様にも何処に行くのか行き先も告げずに出掛けたそうです。
彼は仮にも侯爵位を持つ高位貴族です。屋敷の誰も行き先も知らないなど、あり得ない事です。
父は苛立ちを隠そうともしませんでした。
すると、寝言のように義父様が何かを呟きました。
私は義父様の手を握ります。
「義父様、何ですか? しっかりなさって下さい」
私がそう呼び掛けると、義父様は私の手を握り返しました。そして悔しそうに顔を歪めながら呟く様に小さな声で仰ったのです。
「彼女の事は許さない」と…。
義父様のその声は、とても小さくて…。でも義父様の強い意志が籠っていたのか、私にも父にもサイオスにもしっかり聞き取れました。
その後、義父様はそれだけを私達に言い残し、静かに息を引き取られました。
マダムペリエ。王妃様や王太子妃殿下のドレスも手掛ける国1番の有名デザイナーです。
「先日納めさせて頂いたベールの縫製を、丁寧な仕事だととても褒めて下さってね。私も鼻が高かったよ。それでね、これからは繁忙期のドレスの受注のうち、何点かをうちに任せて下さると仰っているんだ」
父は満面の笑みを見せました。それはそうでしょう。マダムペリエのドレスは全て1点もののオートクチュール。その為、頂ける工賃も破格です。しかもその顧客は王家を始めとした高位の貴族ばかり。その中には他国の高位貴族も含まれます。その方達と上手く顔繋ぎ出来れば、新たな商機が生まれるかも知れないのです。
「マダムペリエのドレスを作れるなんて、願っても叶うものではないんだよ。彼女の店には社交シーズンともなるとドレスの注文が殺到してね。仕方なく捌き切れない物に関しては断っておられたそうだ。その内の何点かを我々の商会に任せていただけるんだよ。こんな誇らしい事はない。お前が今まで頑張って来た職人の育成が形になって現れたんだ」
興奮気味に何度も同じ話しをする父の姿を見て、私まで嬉しくなりました。
少しは親孝行できたのかしらと…。
店に到着した私達を、マダムペリエ自らが出迎えて下さいました。父は私を彼女に紹介します。
「娘のアリエルです。彼女は私の1人娘でしてね。今、我が商会の縫製部門は、彼女が全ての責任を持ってやってくれているんですよ」と。
「まぁ、そうでしたの。では、アリエル様、これから宜しくお願いしますね」
マダムはそう言って笑顔を見せました。
「こちらこそ、マダムのデザインするドレスを任せて頂けるなんて大変光栄に思います。私共の商会を選んで頂き、本当にありがとうございます」
こうして私達は互いに挨拶を済ませると、早速商談を始めました。
話し合いは順調に進み、商談も終わりに近づいた頃、マダムが思いついた様に私に告げました。
「そう言えば、アリエル様はトラマール侯爵家に嫁がれたそうね? アリエル様のお母様と亡くなったトラマール侯爵夫人は従姉妹同士だとお伺いしたわ。わたくしね、侯爵夫人には何度かドレスの注文を頂いて作らせて頂きましたのよ。その時お話しさせて頂いたら、とても話が合ってね。それからは親しくお付き合いさせて頂いておりましたの。本当に素敵な方で、亡くなったとお聞きした時は、わたくしも悲しい思いを致しましたわ」
そう言って、マダムペリエは何か言いたそうに私を見つめました。でも、結局最後まで彼女が私に何かを伝える事はありませんでした。
帰りの馬車の中、そのマダムの私を見つめる瞳がずっと気にはなっていました。
でもそれを覆す程の出来事が起こり、その自問は記憶の底に押しやられてしまったのです。
この後、父と共に侯爵邸に到着した私を待っていたのは、思いもよらない報告でした。
サイオスが私達を見るなり駆け寄って来たのです。
「アリエル様! 伯爵様! 旦那様が…旦那様が倒れられました。心臓発作を起こされたそうです。医師の話しですと、今夜が峠だと…」
そう私達に報告するサイオスの体は震えています。彼は長い間ずっと義父様に仕え、義父様が自我を失われてからはずっと側で守り続けて来たのです。
「今夜が峠…」
屋敷を出る時、義父様は「行って参ります」そう声を掛けた私に微笑んで下さったのです。それなのに…。私は信じられない思いで一杯でした。
直ぐに私と父は義父様の部屋へと向かいました。義理父の側には医師が付き添い、懸命に治療に当たって下さっています。
父がサイオスに尋ねます。
「ウィリアム様はどうした?」
「お出かけになられております」
サイオスは短く答えました。でもその瞳には怒りが見て取れました。
「出かけている? こんな夜遅くにか?」
父は怪訝な表情を浮かべました。
黙って俯き、答え辛そうにしているサイオスの代わりに私が答えます。
「最近ウィリアム様は良くお出かけになり、戻られない日もあるのです…」
「何だと? あの男は自分の立場が分かっているのか!! こんな時間まで遊び歩きよって!」
父はウィリアム様への怒りを露わにしました。
それから、私、父、サイオスは義父様に付き添っていました。
深夜になってもウィリアム様は帰って来ません。知らせ様にも何処に行くのか行き先も告げずに出掛けたそうです。
彼は仮にも侯爵位を持つ高位貴族です。屋敷の誰も行き先も知らないなど、あり得ない事です。
父は苛立ちを隠そうともしませんでした。
すると、寝言のように義父様が何かを呟きました。
私は義父様の手を握ります。
「義父様、何ですか? しっかりなさって下さい」
私がそう呼び掛けると、義父様は私の手を握り返しました。そして悔しそうに顔を歪めながら呟く様に小さな声で仰ったのです。
「彼女の事は許さない」と…。
義父様のその声は、とても小さくて…。でも義父様の強い意志が籠っていたのか、私にも父にもサイオスにもしっかり聞き取れました。
その後、義父様はそれだけを私達に言い残し、静かに息を引き取られました。
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