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第20話
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「クララには侯爵邸以外に行く場所がないんだ。だからせめて彼女の身の振り方が決まるまでの間だけ、待っては貰えないだろうか?」
ウィリアム様はまた、今度はクララの為に頭を下げました。
なる程。だから自分の居場所を必死に守ろうとした訳ですね。でもそんな事、私は知りません。
彼女はウィリアム様の父親に満足に食事も与えなかった人です。それが分かってもなお、そんな人を庇い続けるなんて…。私には信じられません。
「身の振り方って…。分かりましたわ。時間稼ぎはもう結構。それがウィリアム様の答えなんですね? 残念だわ。私としては最大限の譲歩をしたつもりだったのですけれど、ウィリアム様は平民になる道を選ばれるのですね? では父にはその旨、申し伝えますね。話はこれで終わりです。ご機嫌よう」
私がにっこり笑って席を立とうと腰を上げた時でした。
「待ってくれ!」
ウィリアム様が声を上げて、私を引き留めました。
「頼む。1週間…。いや3日で良いんだ。待ってくれないだろうか。母が亡くなってから、彼女は唯一私の側にいてくれた大切な人なんだ。頼む。この通りだ」
ウィリアム様は立ち上がり、テーブルに両手をついて頭を下げます。肩を震わせながら縋る様に頭を下げるその姿に、私の心は揺れました。
「どうしてそこまでクララの事が…」
大切なの? その言葉は最後まで声に出せませんでした。
「君もじゃないか!」
ウィリアム様が俯きながら叫んだからです。
「1人息子の私は、君の事を本当の妹みたいに思っていた…。でも…君も…私の側にいてくれなかったじゃないか…」
「………」
それは貴方がバネッサ様と幸せそうに寄り添う姿を見たくなかったから…。
だから私は貴方から距離を置いたの…。
私だってそう思いを伝えられたら…。でも彼の言う通り、そのせいで彼が1番誰かに側にいて欲しいと願った時、私が側にいてあげられなかったのは事実です。
そう…。その時、彼の側にいて彼を支えてくれたのはクララだったのです。
「……確かクララは刺繍が得意でしたよね?」
幼い頃、誕生日にクララからイニシャルを刺繍したハンカチを貰った事があります。
あの頃のクララは優しくて、私のことも可愛がってくれたました。
「……刺繍…? ああ…。」
ウィリアム様は何の事が分からない様でしたが、それでも私にそう答えました。
「そう。それなら良かったわ。ウィリアム様、ここではドレスや小物を作る他に、職人の育成もしようと考えているんです。もし、クララにその気があるのならここで雇い入れますが、どうでしょうか? そうすれば、彼女がこれから生きていく為に必要な手に職を付けられます。ただし、これだけは始めに言っておきます。こちらも慈善事業ではありません。もし、彼女が反抗的な態度を取ったり、職人として使い物にならない場合は、躊躇せず解雇します。それでも彼女がここで働きたいと言う覚悟があればの話しですが…」
*****
「不服そうね。何か言いたい事があれば言いなさいよ」
私はアレクに悪態を付きました。
「まさか、クララをここに雇い入れると仰るとは思いもしませんでした。しかも向こうから3日と言ったのに1週間も時間をあげるだなんて…」
アレクが頬杖をつきながら不服そうに顔を歪めます。
「まだ分からないわ。1週間のうちにクララ本人が此処に来ると言わなければ、それまでの事。私に雇われるのよ? 自分が一度は屋敷を追い出した女によ? 彼女は嫌でしょうね。それに1週間あげたのは、その間に手紙を読んだお父様が来てくれると思ったからよ」
「そうは言ってもそのクララって女、行くところが無いんでしょう? しかも、旦那様がいらしてお嬢様とウィリアム様がもし離縁なんて事になったら侯爵家は没落確定。それこそ、ウィリアム様にとっては、クララをここに寄越すしか道はないんじゃ無いですか? だってお嬢様の言葉に凄く喜んでいたじゃ無いですか? 嫌だな、俺。だって話を聞く限り、その人、性格悪そうなんですもん」
「あら、弱音を吐くの? これから沢山の職人達が此処に来るのよ。職人の人達って無口で気難しい人も多いの。そんな人達を束ねていくのが貴方の仕事でしょう? クララ1人に手を焼く様なら貴方も大した事無いわね」
私がアレクを挑発する様に笑うと、彼はまた、ぷっと吹き出した。
どうやら彼は笑い上戸の様だ。
「でも実際彼女は此処へ来るってお嬢様も思っているでしょう? 此処しか行く場所が無いんだから。本当に何処まで人が良いんだか…。結局はそうやってまた手を差し伸べてしまうんだ。侯爵家にもクララにも…」
「あら。でも私にもメリットはあるのよ? 侯爵邸を牛耳っているクララが居なくなれば侯爵邸は変わるわ。侯爵様も安心して暮らせる。私はクララに一刻も早く侯爵邸を出て行って欲しいだけよ!」
アレクの私を小馬鹿にした様な言葉に腹が立って反論すると、アレクはまたクスクス笑います。
「気付いてます? お嬢様はさっきからもう、侯爵邸に戻る前提で話をされていますよ」
翌日。私とアレクの予想は思ったよりも早く当たりました。ウィリアム様に付き添われ、クララが此処にやって来たのです。
ウィリアム様はまた、今度はクララの為に頭を下げました。
なる程。だから自分の居場所を必死に守ろうとした訳ですね。でもそんな事、私は知りません。
彼女はウィリアム様の父親に満足に食事も与えなかった人です。それが分かってもなお、そんな人を庇い続けるなんて…。私には信じられません。
「身の振り方って…。分かりましたわ。時間稼ぎはもう結構。それがウィリアム様の答えなんですね? 残念だわ。私としては最大限の譲歩をしたつもりだったのですけれど、ウィリアム様は平民になる道を選ばれるのですね? では父にはその旨、申し伝えますね。話はこれで終わりです。ご機嫌よう」
私がにっこり笑って席を立とうと腰を上げた時でした。
「待ってくれ!」
ウィリアム様が声を上げて、私を引き留めました。
「頼む。1週間…。いや3日で良いんだ。待ってくれないだろうか。母が亡くなってから、彼女は唯一私の側にいてくれた大切な人なんだ。頼む。この通りだ」
ウィリアム様は立ち上がり、テーブルに両手をついて頭を下げます。肩を震わせながら縋る様に頭を下げるその姿に、私の心は揺れました。
「どうしてそこまでクララの事が…」
大切なの? その言葉は最後まで声に出せませんでした。
「君もじゃないか!」
ウィリアム様が俯きながら叫んだからです。
「1人息子の私は、君の事を本当の妹みたいに思っていた…。でも…君も…私の側にいてくれなかったじゃないか…」
「………」
それは貴方がバネッサ様と幸せそうに寄り添う姿を見たくなかったから…。
だから私は貴方から距離を置いたの…。
私だってそう思いを伝えられたら…。でも彼の言う通り、そのせいで彼が1番誰かに側にいて欲しいと願った時、私が側にいてあげられなかったのは事実です。
そう…。その時、彼の側にいて彼を支えてくれたのはクララだったのです。
「……確かクララは刺繍が得意でしたよね?」
幼い頃、誕生日にクララからイニシャルを刺繍したハンカチを貰った事があります。
あの頃のクララは優しくて、私のことも可愛がってくれたました。
「……刺繍…? ああ…。」
ウィリアム様は何の事が分からない様でしたが、それでも私にそう答えました。
「そう。それなら良かったわ。ウィリアム様、ここではドレスや小物を作る他に、職人の育成もしようと考えているんです。もし、クララにその気があるのならここで雇い入れますが、どうでしょうか? そうすれば、彼女がこれから生きていく為に必要な手に職を付けられます。ただし、これだけは始めに言っておきます。こちらも慈善事業ではありません。もし、彼女が反抗的な態度を取ったり、職人として使い物にならない場合は、躊躇せず解雇します。それでも彼女がここで働きたいと言う覚悟があればの話しですが…」
*****
「不服そうね。何か言いたい事があれば言いなさいよ」
私はアレクに悪態を付きました。
「まさか、クララをここに雇い入れると仰るとは思いもしませんでした。しかも向こうから3日と言ったのに1週間も時間をあげるだなんて…」
アレクが頬杖をつきながら不服そうに顔を歪めます。
「まだ分からないわ。1週間のうちにクララ本人が此処に来ると言わなければ、それまでの事。私に雇われるのよ? 自分が一度は屋敷を追い出した女によ? 彼女は嫌でしょうね。それに1週間あげたのは、その間に手紙を読んだお父様が来てくれると思ったからよ」
「そうは言ってもそのクララって女、行くところが無いんでしょう? しかも、旦那様がいらしてお嬢様とウィリアム様がもし離縁なんて事になったら侯爵家は没落確定。それこそ、ウィリアム様にとっては、クララをここに寄越すしか道はないんじゃ無いですか? だってお嬢様の言葉に凄く喜んでいたじゃ無いですか? 嫌だな、俺。だって話を聞く限り、その人、性格悪そうなんですもん」
「あら、弱音を吐くの? これから沢山の職人達が此処に来るのよ。職人の人達って無口で気難しい人も多いの。そんな人達を束ねていくのが貴方の仕事でしょう? クララ1人に手を焼く様なら貴方も大した事無いわね」
私がアレクを挑発する様に笑うと、彼はまた、ぷっと吹き出した。
どうやら彼は笑い上戸の様だ。
「でも実際彼女は此処へ来るってお嬢様も思っているでしょう? 此処しか行く場所が無いんだから。本当に何処まで人が良いんだか…。結局はそうやってまた手を差し伸べてしまうんだ。侯爵家にもクララにも…」
「あら。でも私にもメリットはあるのよ? 侯爵邸を牛耳っているクララが居なくなれば侯爵邸は変わるわ。侯爵様も安心して暮らせる。私はクララに一刻も早く侯爵邸を出て行って欲しいだけよ!」
アレクの私を小馬鹿にした様な言葉に腹が立って反論すると、アレクはまたクスクス笑います。
「気付いてます? お嬢様はさっきからもう、侯爵邸に戻る前提で話をされていますよ」
翌日。私とアレクの予想は思ったよりも早く当たりました。ウィリアム様に付き添われ、クララが此処にやって来たのです。
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