上 下
20 / 46

第20話

しおりを挟む
「クララには侯爵邸以外に行く場所がないんだ。だからせめて彼女の身の振り方が決まるまでの間だけ、待っては貰えないだろうか?」

 ウィリアム様はまた、今度はクララの為に頭を下げました。

 なる程。だから自分のを必死に守ろうとした訳ですね。でもそんな事、私は知りません。

 彼女はウィリアム様の父親に満足に食事も与えなかった人です。それが分かってもなお、そんな人を庇い続けるなんて…。私には信じられません。

「身の振り方って…。分かりましたわ。時間稼ぎはもう結構。それがウィリアム様の答えなんですね? 残念だわ。私としては最大限の譲歩をしたつもりだったのですけれど、ウィリアム様は平民になる道を選ばれるのですね? では父にはその旨、申し伝えますね。話はこれで終わりです。ご機嫌よう」

 私がにっこり笑って席を立とうと腰を上げた時でした。

「待ってくれ!」

 ウィリアム様が声を上げて、私を引き留めました。

「頼む。1週間…。いや3日で良いんだ。待ってくれないだろうか。母が亡くなってから、彼女は唯一私の側にいてくれた大切な人なんだ。頼む。この通りだ」

 ウィリアム様は立ち上がり、テーブルに両手をついて頭を下げます。肩を震わせながら縋る様に頭を下げるその姿に、私の心は揺れました。

「どうしてそこまでクララの事が…」

 大切なの? その言葉は最後まで声に出せませんでした。

「君もじゃないか!」

 ウィリアム様が俯きながら叫んだからです。

「1人息子の私は、君の事を本当の妹みたいに思っていた…。でも…君も…私の側にいてくれなかったじゃないか…」

「………」

 それは貴方がバネッサ様と幸せそうに寄り添う姿を見たくなかったから…。

 だから私は貴方から距離を置いたの…。

 私だってそう思いを伝えられたら…。でも彼の言う通り、そのせいで彼が1番誰かに側にいて欲しいと願った時、私が側にいてあげられなかったのは事実です。

 そう…。その時、彼の側にいて彼を支えてくれたのはクララだったのです。

「……確かクララは刺繍が得意でしたよね?」

 幼い頃、誕生日にクララからイニシャルを刺繍したハンカチを貰った事があります。

 あの頃のクララは優しくて、私のことも可愛がってくれたました。

「……刺繍…? ああ…。」

 ウィリアム様は何の事が分からない様でしたが、それでも私にそう答えました。

「そう。それなら良かったわ。ウィリアム様、ここではドレスや小物を作る他に、職人の育成もしようと考えているんです。もし、クララにその気があるのならここで雇い入れますが、どうでしょうか? そうすれば、彼女がこれから生きていく為に必要なを付けられます。ただし、これだけは始めに言っておきます。こちらも慈善事業ではありません。もし、彼女が反抗的な態度を取ったり、職人として使い物にならない場合は、躊躇せず解雇します。それでも彼女がここで働きたいと言う覚悟があればの話しですが…」

 *****

「不服そうね。何か言いたい事があれば言いなさいよ」

 私はアレクに悪態を付きました。

「まさか、クララをここに雇い入れると仰るとは思いもしませんでした。しかも向こうから3日と言ったのに1週間も時間をあげるだなんて…」

 アレクが頬杖をつきながら不服そうに顔を歪めます。

「まだ分からないわ。1週間のうちにクララ本人が此処に来ると言わなければ、それまでの事。私に雇われるのよ? 自分が一度は屋敷を追い出した女によ? 彼女は嫌でしょうね。それに1週間あげたのは、その間に手紙を読んだお父様が来てくれると思ったからよ」

「そうは言ってもそのクララって女、行くところが無いんでしょう? しかも、旦那様がいらしてお嬢様とウィリアム様がもし離縁なんて事になったら侯爵家は没落確定。それこそ、ウィリアム様にとっては、クララをここに寄越すしか道はないんじゃ無いですか? だってお嬢様の言葉に凄く喜んでいたじゃ無いですか? 嫌だな、俺。だって話を聞く限り、その人、性格悪そうなんですもん」

「あら、弱音を吐くの? これから沢山の職人達が此処に来るのよ。職人の人達って無口で気難しい人も多いの。そんな人達を束ねていくのが貴方の仕事でしょう? クララ1人に手を焼く様なら貴方も大した事無いわね」

 私がアレクを挑発する様に笑うと、彼はまた、ぷっと吹き出した。

 どうやら彼は笑い上戸の様だ。

「でも実際彼女は此処へ来るってお嬢様も思っているでしょう? 此処しか行く場所が無いんだから。本当に何処まで人が良いんだか…。結局はそうやってまた手を差し伸べてしまうんだ。侯爵家にもクララにも…」

「あら。でも私にもメリットはあるのよ? 侯爵邸を牛耳っているクララが居なくなれば侯爵邸は変わるわ。侯爵様も安心して暮らせる。私はクララに一刻も早く侯爵邸を出て行って欲しいだけよ!」

 アレクの私を小馬鹿にした様な言葉に腹が立って反論すると、アレクはまたクスクス笑います。

「気付いてます? お嬢様はさっきからもう、侯爵邸に戻る前提で話をされていますよ」

 翌日。私とアレクの予想は思ったよりも早く当たりました。ウィリアム様に付き添われ、クララが此処にやって来たのです。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。

たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。 わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。 ううん、もう見るのも嫌だった。 結婚して1年を過ぎた。 政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。 なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。 見ようとしない。 わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。 義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。 わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。 そして彼は側室を迎えた。 拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。 ただそれがオリエに伝わることは…… とても設定はゆるいお話です。 短編から長編へ変更しました。 すみません

騎士の妻ではいられない

Rj
恋愛
騎士の娘として育ったリンダは騎士とは結婚しないと決めていた。しかし幼馴染みで騎士のイーサンと結婚したリンダ。結婚した日に新郎は非常召集され、新婦のリンダは結婚を祝う宴に一人残された。二年目の結婚記念日に戻らない夫を待つリンダはもう騎士の妻ではいられないと心を決める。 全23話。 2024/1/29 全体的な加筆修正をしました。話の内容に変わりはありません。 イーサンが主人公の続編『騎士の妻でいてほしい 』(https://www.alphapolis.co.jp/novel/96163257/36727666)があります。

【完結】孕まないから離縁?喜んで!

ユユ
恋愛
嫁いだ先はとてもケチな伯爵家だった。 領地が隣で子爵の父が断れなかった。 結婚3年。義母に呼び出された。 3年も経つのに孕まない私は女ではないらしい。 石女を養いたくないそうだ。 夫は何も言わない。 その日のうちに書類に署名をして王都に向かった。 私は自由の身になったのだ。 * 作り話です * キチ姑います

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

処理中です...