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第17話

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「2階は事務所と、従業員の居住スペースになっています。さぁ、2階へどうぞ。料理長に言って食事を用意して貰いましょう」

 そのアレクの言葉にいち早くエレンが反応しました。

「え! 料理長なんているんですか!?」

 エレンがそう思うのも無理はありません。料理長がいると言う事は、料理人が少なくとも複数人いると言う事です。ここは商会の支店です。貴族の屋敷でもレストランでも無いのです。

「ええ。此処にはもうすぐ、お父様が宝と呼ぶ職人達が来てくれるの。彼らはこれからここで、社交シーズンと呼ばれる掻き入れ時には自分達の仕事をして、手の空いた時には職人達の育成に当たってくれるのよ。だから私達は彼らが此処で快適に暮らせる様、万全の準備をして待っているの」

 私が説明すると、アレクがそれに続けます。

「それもこれも、全てこのトラマールの為だ。この地に金を落とす為、お嬢様が考え、旦那様は職人達に此処に越してくれるようにと頭を下げた。当然だが、そんな事をしても旦那様には何のメリットもない。旦那様にとっては王都に職人がいてくれた方が便利だからな。ここまで旦那様にして貰っておいて、お嬢様を蔑ろにするなんて、あの馬鹿には怒りがわくよ!」

 さっきまでは冷静を装っていましたが、実はアレクも相当怒っている様です。

「アレク、馬鹿って…。侯爵家の嫡男でお嬢様の旦那様なのよ…」

 エレン、アレクに注意してくれるのは嬉しいけれど、あれでもって…。貴方も大概、ウィリアム様を馬鹿にしているわよ?

「まぁ、でもプライド高そうですから、伯爵家の人間が侯爵家の自分より立場が上になるのが許せなかったんじゃないですか?
 気付きました? 屋敷も庭も、人の目に付くところだけはきちんと整備されていたでしょう? 体面だけは取り繕っていたんですよ」 

 マリサが冷静に分析します。

「そんな事しなくても、この領地を見たら、侯爵家に金がない事くらい領民は皆んな気付いているんだがな」

 今度はアレクが言います。もう皆んなウィリアム様の事を言いたい放題です。

 その姿を見て思います。私は両親にも彼らにも皆んなに迷惑を掛けているのだと…。だって両親があれ程反対したにも関わらず、彼らが言うに嫁いだのは私なのです。

 私の母は私を妊娠中、何度も流産しそうになったそうです。そしてその度に大量の出血をし、母子共に命の危険に晒されました。だから、私が無事に産まれて来た時、母は父と手を取り合って泣いたと以前母が話してくれました。

 その後、母は嫡男をと、もう一度子を宿す事を望みましたが父の猛反対に合ったそうです。

 『私達にはアリエルがいる。この子が居ればもう充分だ。君にもしもの事があったら、この子はどうするんだ』と…。

 父のこの言葉に、母は次の子を諦めたのだと言いました。

 そしてもう1人、子を望みながらも2人目を授かる事が出来なかった女性がいました。叔母です。叔母はもう1人…出来れば娘を…と望みながらも、授かる事が出来ませんでした。

 母が望む男の子を持つ叔母と、叔母が望む女の子を持つ母。従姉妹同士の2人は、それぞれを補う様に私とウィリアム様を可愛がりました。その為、まるで兄妹の様に共に育った5つ年上のウィリアム様は、私にとって兄の様な存在であり、私の事をいつも守ってくれる王子様の様な存在でもありました。私はそんなウィリアム様にいつからか恋心を抱く様になったのです。

 でもウィリアムはそうではありませんでした。私はいつまで経っても彼にとって、小さい手の掛かる妹だったのです。それだけではありません。子供から少女になる頃には現実が見え始めます。互いに家を継ぐ身。普通に考えれば叶う事のない恋です。諦めるしかないのだと…気持ちを伝える事もせず、私は思いを飲み込みました。

 そんな時、ウィリアム様に婚約者が出来ました。バネッサ様と仰るその女性は、とても美しい人でした。その頃から何時も私がいた筈の彼の隣には、バネッサ様がおられる様になりました。私を何時も守ってくれた手は、バネッサ様の肩を抱いています。そして、幼い頃からウィリアム様を見て来た私には直ぐに分かったのです。ウィリアム様がバネッサ様に恋している事を…。

 そんな2人を見ている事が辛くて、私は自分からウィリアム様と距離を取ったのです。でもずっと後悔していました。せめて気持ちだけでも伝えれば良かった。この時、自分の気持ちと向き合わず逃げた私は、初恋を終わらせる事が出来ずにずっと引きずっていたのです。

 だから今回、ウィリアム様から私宛に婚姻の申込みがあった時、私は過去の恋の残滓に縋り付いてしまったのです…。

 *****

 その後、私達はアレクの案内に従って店舗の2階へと移動しました。

 そこには沢山の部屋があり、アレクはその中の一室に私達を招き入れます。

「どうぞ。お嬢様の指示で作った、職人の為の居室です」

 案内されて部屋に入ったマリサとエレンは目を輝かせました。

 そこには、部屋の広さこそ侯爵邸には劣るものの、ベッドやテーブル、家具は全て洗練された高級な物が揃っていました。

「素敵! 侯爵家の部屋より余程豪華ですね。と、言うかあそこは最悪でしたが…」

 相変わらずエレンは辛辣です。たった1日でしたが、余程侯爵家での待遇が不満だった様です。

「気に入ってくれたなら良かったわ。アレク、素敵ね。私のイメージした通りの部屋だわ。ありがとう」

 私はアレクに礼を言いました。

「これから、直ぐにお父様に手紙を書くわ。悪いけどそれを届けて貰える?」

「畏まりました」

 アレクは頭を下げて了承を告げます。次に私はマリサとエレンに向き直りました。

「それからここには自由に使えるお風呂もあるし、食事も提供してくれる。お父様から返事が届くまでの間、悪いけど、2人には此処で生活して貰いたいのだけれど、構わないかしら?」

 マリサとエレンは顔を見合わせて頷き合います。

「ここなら何の不満もありません」

 2人は笑顔で声を揃えました。

 でも、これだけは言っておかなければなりません。私のせいで2人に迷惑を掛けたくはないのです。

「そう? 良かったわ。ただ、きっとこの後、私の手紙を受け取ったお父様は弁護士先生を連れて侯爵邸に乗り込むでしょう。そこでの話し合いに寄っては、私はまた、侯爵邸に戻らなければならないかも知れない…。でも、これ以上2人に迷惑はかけたくないの。だからもしそうなったら2人は私に遠慮しないで、伯爵邸に戻ってくれていいからね」

 私が声を掛けると、2人は声を荒げました。

「私達はお嬢様の侍女です! お嬢様の側にお仕えするのが私達の仕事です。お嬢様は私達から仕事を取り上げるのですか!? お嬢様がもし侯爵邸にお戻りになられるのなら、私達も戻ります!」

 2人はあんなに侯爵邸での待遇に不満を持っていたのに…。私は2人の気持ちが嬉しくて、涙が出そうになりました。

 そして…。

 私達のその様子を、アレクは黙って見ていたのです。

 
























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