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第7話
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手入れ一つされていない庭は雑草が高く生い茂り、まるで森のよう…。
侯爵家の自慢だった美しい細工を施した噴水は、雑草によって覆い隠され、その場所すら分からない。
私は記憶に残る侯爵邸との余りの違いに、ただ呆然とその場に立ち尽くしていました。
唯一、侯爵邸の建物だけが昔のままの姿で其処にあったのです。
「驚いただろう? 何年も手入れが出来ないまま放っておいたら、とうとうこんな事になってしまったよ。草ってこんなに高くまで伸びるんだな」
ウィリアム様は諦めた様に笑いながら、自虐的に仰います。
「さあ、屋敷に入ろうか。君の部屋へ案内するよ」
ウィリアム様にそう誘われ屋敷の中に入りましたが、誰の出迎えもありません。思わず周りを見渡します。ウィリアム様はそれを気にする素振りもなく廊下を進まれます。
「あの、使用人達は皆何をしているのですか? 荷物を運んで頂ける方はいらっしゃいますか?」
咄嗟に出た疑問でした。私は今日この侯爵家に嫁いで来たのです。当然ですが、父が持たせてくれた荷物が馬車に積み込まれていました。
「ああ…。この家にはもう生活を維持するための必要最低限の使用人しか残されてはいないんだよ。何せ金が無くて、給金が払えないからね。だからこの家では、全て自分の事は自分でしなければいけないんだ。ああ、でも君には伯爵が付けてくれた侍女がいたね? 彼女達の給金は伯爵家が支払ってくれるらしいから、彼女達に任せれば良いんじゃない?」
確かに私には父が付けてくれた侍女が2人おります。マリサとエレンです。
それでも…。咄嗟に口をついた言葉でした。
「え? 女性の彼女達が荷物を運ぶのですか?」
「そりゃあ、他には誰もいないからね」
それに対して、ウィリアム様はさも当然の事の様に仰います。ふと疑問に感じました。
「…それではウィリアム様も…。ウィリアム様もご自分の事は、全てご自分でされているのですか?」
「ああ、そうだよ。それがどうかした?」
私は言葉を失いました。
「没落寸前の家なんてきっと皆こんなものだよ。それでも、貴族で居続ける為に、領地と爵位を必死になって守っているんだ。…でも…そうだな。もし、君だけに侍女がいて良心が痛むって言うなら、他に仕事を一つお願いしてもいいかな?」
ウィリアム様はこの時、まるで今思い付いたかの様に仰ったのです。
「仕事ですか…? 私に出来る事でしょうか?」
不安がる私にウィリアム様はにっこり笑って言ったのです。
「何、簡単な事だよ。君には父の面倒を見て欲しいんだ。前にも話した通り、父には何も悪い所なんて無いんだ。ただちょっと部屋に閉じこもっているだけさ。それなのに介護用の特別なメイドを雇わなければならない。勿体ないだろ? もし君が引き受けてくれたら助かるんだが…。それに君なら君の侍女達にだって助けて貰えるだろ?」と。
そう言われて仕舞えば反論なんて出来ませんでした。今考えれば、私にだけ侍女がいる…。その事実が私から逃げ道を塞いだのです。
「分かりました…」
私が答えるとウィリアム様は私の手を握り締めました。
「そうか。やってくれるか。助かるよ。これで1人分の人件費が浮く。実はね、介護用のメイドは割高で困っていたんだよ。あ! 丁度君の侍女達が荷物を馬車から降ろして来た様だね。では、部屋に向かおうか。こっちだよ」
ウィリアム様は私の手を引いて廊下を進みます。その後ろをマリサとエレンが重いトランクを両手に抱え、必死に付いて来ます。本当に誰も手伝ってくれる人はいなさそうです。途中ふと廊下の隅に目をやると、埃が溜まっていました。
この大きな屋敷の中には、一体何人の使用人がいるのだろうか…。
家礼や執事はいるのだろうか? 料理人は? メイドや侍女は何人くらい居るのだろう?
この時、まだ何も分からなかった私は、これからの生活を考え不安に襲われたのです。
侯爵家の自慢だった美しい細工を施した噴水は、雑草によって覆い隠され、その場所すら分からない。
私は記憶に残る侯爵邸との余りの違いに、ただ呆然とその場に立ち尽くしていました。
唯一、侯爵邸の建物だけが昔のままの姿で其処にあったのです。
「驚いただろう? 何年も手入れが出来ないまま放っておいたら、とうとうこんな事になってしまったよ。草ってこんなに高くまで伸びるんだな」
ウィリアム様は諦めた様に笑いながら、自虐的に仰います。
「さあ、屋敷に入ろうか。君の部屋へ案内するよ」
ウィリアム様にそう誘われ屋敷の中に入りましたが、誰の出迎えもありません。思わず周りを見渡します。ウィリアム様はそれを気にする素振りもなく廊下を進まれます。
「あの、使用人達は皆何をしているのですか? 荷物を運んで頂ける方はいらっしゃいますか?」
咄嗟に出た疑問でした。私は今日この侯爵家に嫁いで来たのです。当然ですが、父が持たせてくれた荷物が馬車に積み込まれていました。
「ああ…。この家にはもう生活を維持するための必要最低限の使用人しか残されてはいないんだよ。何せ金が無くて、給金が払えないからね。だからこの家では、全て自分の事は自分でしなければいけないんだ。ああ、でも君には伯爵が付けてくれた侍女がいたね? 彼女達の給金は伯爵家が支払ってくれるらしいから、彼女達に任せれば良いんじゃない?」
確かに私には父が付けてくれた侍女が2人おります。マリサとエレンです。
それでも…。咄嗟に口をついた言葉でした。
「え? 女性の彼女達が荷物を運ぶのですか?」
「そりゃあ、他には誰もいないからね」
それに対して、ウィリアム様はさも当然の事の様に仰います。ふと疑問に感じました。
「…それではウィリアム様も…。ウィリアム様もご自分の事は、全てご自分でされているのですか?」
「ああ、そうだよ。それがどうかした?」
私は言葉を失いました。
「没落寸前の家なんてきっと皆こんなものだよ。それでも、貴族で居続ける為に、領地と爵位を必死になって守っているんだ。…でも…そうだな。もし、君だけに侍女がいて良心が痛むって言うなら、他に仕事を一つお願いしてもいいかな?」
ウィリアム様はこの時、まるで今思い付いたかの様に仰ったのです。
「仕事ですか…? 私に出来る事でしょうか?」
不安がる私にウィリアム様はにっこり笑って言ったのです。
「何、簡単な事だよ。君には父の面倒を見て欲しいんだ。前にも話した通り、父には何も悪い所なんて無いんだ。ただちょっと部屋に閉じこもっているだけさ。それなのに介護用の特別なメイドを雇わなければならない。勿体ないだろ? もし君が引き受けてくれたら助かるんだが…。それに君なら君の侍女達にだって助けて貰えるだろ?」と。
そう言われて仕舞えば反論なんて出来ませんでした。今考えれば、私にだけ侍女がいる…。その事実が私から逃げ道を塞いだのです。
「分かりました…」
私が答えるとウィリアム様は私の手を握り締めました。
「そうか。やってくれるか。助かるよ。これで1人分の人件費が浮く。実はね、介護用のメイドは割高で困っていたんだよ。あ! 丁度君の侍女達が荷物を馬車から降ろして来た様だね。では、部屋に向かおうか。こっちだよ」
ウィリアム様は私の手を引いて廊下を進みます。その後ろをマリサとエレンが重いトランクを両手に抱え、必死に付いて来ます。本当に誰も手伝ってくれる人はいなさそうです。途中ふと廊下の隅に目をやると、埃が溜まっていました。
この大きな屋敷の中には、一体何人の使用人がいるのだろうか…。
家礼や執事はいるのだろうか? 料理人は? メイドや侍女は何人くらい居るのだろう?
この時、まだ何も分からなかった私は、これからの生活を考え不安に襲われたのです。
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