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宰相 アルドベリク⑦
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思惑通りシルベールが王都から逃げ出した事で、私の仕事はやり易くなった。
まさに鬼の居ぬ間に何とやら…。
今までシルベールに傅いていた貴族達があっさりと手の平を返し、次々に彼にとって不利な証言を始めたのだ。
そんな事とは梅雨程も思わなかったのだろう。
『逃げるなら今しか無い。会議が終われば貴方達は拘束されるでしょう。捕まれば極刑は免れない』
私のその言葉を間に受け、イヴァンナと共に王都から逃げ出したシルベールは、道中、セオドリク様によって馬車を襲われ拘束された。
当初私は、利用価値のなくなったイヴァンナをシルベールが連れて逃げた事を怪訝に思っていたが、その後、彼らと共に王都を離れた妻子が捕まった事でその謎はあっさりと解決した。
イヴァンナはシルベールの養女だ。だから彼は彼女との養子関係を解消しようとしていたらしい。その上で、アルテーシア様を死に追いやった全ての責任をイヴァンナに1人に被せ、自分は無関係を装い連座を逃れるつもりだった様だ。
何とも悪知恵の働く人間だ。
確かにシルベールが逃げた段階ではまだ、王弟一家の死は事件として扱われていたし、それ以外の悪巧みに関しても関係者は殆ど既に亡くなっていて証拠は何も無かった。
側妃アイシス様やイーニアの件に関してもそうだ。エラルド陛下をシルベールが唆し、王家の掟を破ったと言う疑惑はあれど、当の陛下は既に亡くなっており、どちらから言い出したかと言う1番大切な事の証明は出来ない。
だから彼がイヴァンナを共に連れて王都を出たのは、彼女に余計な事を証言させないため、何処か目に付かない場所で自害に見せかけ殺め様と画策していたらしい。
つまりイヴァンナは、拘束された事で結果的に命を長らえさせたのだ。
セオドリク様からの報告では、イヴァンナは本当にシルベールに操られていただけで、彼女自身、詳しい事は何も知らされてはいなかったと言う。そして今の彼女は自分の行いを悔い、真摯に反省しているのだとも…。誰よりも彼女を憎んでいるはずの彼がそう言うのだ。それは恐らく本当なのだろう。
だが、だからと言って何だと言うのか…。
イヴァンナがエリスとアルテーシア様に行った残酷な行為の言い訳になどなり様はずも無い。
私にとってイヴァンナが狡猾で恐ろしい、憎むべき相手である事に変わりは無かった。
それから暫くしてシルベールと共に王都に到着したイヴァンナは、王都で取り調べを受け、それにも素直に応じ、反省の弁を述べていると言う。
その後、取り調べを終えた彼女は、驚いた事に私との面会を望んでいると言う。
それを聞いた私は、どの面を下げてと憤ったが、イヴァンナはこの後、処刑される身だ。悩んだ挙句、せめて最後の花向けとして彼女に会う事にした。
私が彼女に会う為にと案内されたのは地下牢だった。重罪を犯した者が処刑を待つ為に作られたその場所は、地下である為に薄暗く、当然の事だが明かり取りの窓もない。ただ蝋燭の炎だけがぼんやりとその場所を照らしていた。
ほんの少しの間居るだけで息が詰まりそうになるその場所に、イヴァンナはいた。彼女は居住まいを正し、瞳を閉じて、何かに祈る様な仕草をしている。そして入って来た私に気付くと瞳を開き此方に向き直ると、手を床に付いて深々と頭を下げた。
「お会いして頂けた事に感謝申し上げます」
彼女はそのままの姿勢でそう口にすると、軈て頭を上げ、私の事を真っ直ぐに見た。
私もそんな彼女を見据える。
何時も綺麗に結い上げられていた髪は、梳かれることさえなく乱れ、粗末な囚人服を纏っている。イヴァンナのその姿は、少し前まで王宮内で権勢を誇った彼女の姿とはかけ離れており、哀れみさえ感じられた。
「それで? 私に会いたいと言ったそうだな。どんな要件だ? 手短に話せ!」
私がそう命じると、彼女は視線を床に落とした。
「実は命乞いをしたいと思いまして…」
私は彼女のその言葉を聞いて、体の中に怒りが沸々と湧き上がって来るのを感じた。
「何? 命乞いだと?」
明らかに怒っているのだと、そう感情を言葉に乗せて問いかけた私に、彼女は臆する事なく「はい。命乞いです」ともう一度、言葉に出して頷いた。
「は! 真摯に反省していると聞いていたが勘違いだった様だな。お前には罪を償おうと言う気はないのか!」
私が声を荒げるとイヴァンナは落とした視線を再び上げ、私を真っ直ぐに見た。
「償う? ではこの国は私とジュリアスにどんな償いをしてくれるのですか?」
「ジュリアス?」
私は彼女の言葉の中に、ジュリアスの名が出て来た事に困惑した。
「その表情…。やはりそうなのですね? 貴方は全てが終わった後、彼の命も人知れず奪うつもりでいる。そうなのでしょう?」
今度はイヴァンナの言葉に怒りが含まれる。私は牢の中にいる圧倒的な弱者であるはずの彼女に追い詰められている様な…そんな錯覚に襲われた。
そしてこの時私は漸く気づいた。彼女が命乞いしたいのは自分では無く、ジュリアスなのだと。
「セオドリク様は仰いました。我が国はジュリアスの命まで奪うつもりはないと。その時は何も思いませんでした。でも、取り調べを受け、この牢で過ごすうちに彼のあの時の言葉が無性に気になり始めたのです。我が国は…。ではロマーナはどうなのかと。彼はこうも言いました。その資格のない者が王であった事が知れれば、王家の正当性が失われてしまうと。そう考えて気付いたのです。この国は不都合な事実を隠蔽する為に、ジュリアスの命を奪おうとしているのでは無いかと。違いますか!?」
彼女は鋭い視線を向け、私をそう問い質した。
「………」
私は彼女の怒りに触れ、何も言葉を発する事が出来なかった。それが事実だったからだ。
「やはりそうなのですね。自分達にとって都合の悪い人間を秘密裏に殺す。貴方達のしようとしている事は、シルベールや私のした事と何が違うと言うのですか!?」
彼女はそんな私に更に詰め寄った。
まさに鬼の居ぬ間に何とやら…。
今までシルベールに傅いていた貴族達があっさりと手の平を返し、次々に彼にとって不利な証言を始めたのだ。
そんな事とは梅雨程も思わなかったのだろう。
『逃げるなら今しか無い。会議が終われば貴方達は拘束されるでしょう。捕まれば極刑は免れない』
私のその言葉を間に受け、イヴァンナと共に王都から逃げ出したシルベールは、道中、セオドリク様によって馬車を襲われ拘束された。
当初私は、利用価値のなくなったイヴァンナをシルベールが連れて逃げた事を怪訝に思っていたが、その後、彼らと共に王都を離れた妻子が捕まった事でその謎はあっさりと解決した。
イヴァンナはシルベールの養女だ。だから彼は彼女との養子関係を解消しようとしていたらしい。その上で、アルテーシア様を死に追いやった全ての責任をイヴァンナに1人に被せ、自分は無関係を装い連座を逃れるつもりだった様だ。
何とも悪知恵の働く人間だ。
確かにシルベールが逃げた段階ではまだ、王弟一家の死は事件として扱われていたし、それ以外の悪巧みに関しても関係者は殆ど既に亡くなっていて証拠は何も無かった。
側妃アイシス様やイーニアの件に関してもそうだ。エラルド陛下をシルベールが唆し、王家の掟を破ったと言う疑惑はあれど、当の陛下は既に亡くなっており、どちらから言い出したかと言う1番大切な事の証明は出来ない。
だから彼がイヴァンナを共に連れて王都を出たのは、彼女に余計な事を証言させないため、何処か目に付かない場所で自害に見せかけ殺め様と画策していたらしい。
つまりイヴァンナは、拘束された事で結果的に命を長らえさせたのだ。
セオドリク様からの報告では、イヴァンナは本当にシルベールに操られていただけで、彼女自身、詳しい事は何も知らされてはいなかったと言う。そして今の彼女は自分の行いを悔い、真摯に反省しているのだとも…。誰よりも彼女を憎んでいるはずの彼がそう言うのだ。それは恐らく本当なのだろう。
だが、だからと言って何だと言うのか…。
イヴァンナがエリスとアルテーシア様に行った残酷な行為の言い訳になどなり様はずも無い。
私にとってイヴァンナが狡猾で恐ろしい、憎むべき相手である事に変わりは無かった。
それから暫くしてシルベールと共に王都に到着したイヴァンナは、王都で取り調べを受け、それにも素直に応じ、反省の弁を述べていると言う。
その後、取り調べを終えた彼女は、驚いた事に私との面会を望んでいると言う。
それを聞いた私は、どの面を下げてと憤ったが、イヴァンナはこの後、処刑される身だ。悩んだ挙句、せめて最後の花向けとして彼女に会う事にした。
私が彼女に会う為にと案内されたのは地下牢だった。重罪を犯した者が処刑を待つ為に作られたその場所は、地下である為に薄暗く、当然の事だが明かり取りの窓もない。ただ蝋燭の炎だけがぼんやりとその場所を照らしていた。
ほんの少しの間居るだけで息が詰まりそうになるその場所に、イヴァンナはいた。彼女は居住まいを正し、瞳を閉じて、何かに祈る様な仕草をしている。そして入って来た私に気付くと瞳を開き此方に向き直ると、手を床に付いて深々と頭を下げた。
「お会いして頂けた事に感謝申し上げます」
彼女はそのままの姿勢でそう口にすると、軈て頭を上げ、私の事を真っ直ぐに見た。
私もそんな彼女を見据える。
何時も綺麗に結い上げられていた髪は、梳かれることさえなく乱れ、粗末な囚人服を纏っている。イヴァンナのその姿は、少し前まで王宮内で権勢を誇った彼女の姿とはかけ離れており、哀れみさえ感じられた。
「それで? 私に会いたいと言ったそうだな。どんな要件だ? 手短に話せ!」
私がそう命じると、彼女は視線を床に落とした。
「実は命乞いをしたいと思いまして…」
私は彼女のその言葉を聞いて、体の中に怒りが沸々と湧き上がって来るのを感じた。
「何? 命乞いだと?」
明らかに怒っているのだと、そう感情を言葉に乗せて問いかけた私に、彼女は臆する事なく「はい。命乞いです」ともう一度、言葉に出して頷いた。
「は! 真摯に反省していると聞いていたが勘違いだった様だな。お前には罪を償おうと言う気はないのか!」
私が声を荒げるとイヴァンナは落とした視線を再び上げ、私を真っ直ぐに見た。
「償う? ではこの国は私とジュリアスにどんな償いをしてくれるのですか?」
「ジュリアス?」
私は彼女の言葉の中に、ジュリアスの名が出て来た事に困惑した。
「その表情…。やはりそうなのですね? 貴方は全てが終わった後、彼の命も人知れず奪うつもりでいる。そうなのでしょう?」
今度はイヴァンナの言葉に怒りが含まれる。私は牢の中にいる圧倒的な弱者であるはずの彼女に追い詰められている様な…そんな錯覚に襲われた。
そしてこの時私は漸く気づいた。彼女が命乞いしたいのは自分では無く、ジュリアスなのだと。
「セオドリク様は仰いました。我が国はジュリアスの命まで奪うつもりはないと。その時は何も思いませんでした。でも、取り調べを受け、この牢で過ごすうちに彼のあの時の言葉が無性に気になり始めたのです。我が国は…。ではロマーナはどうなのかと。彼はこうも言いました。その資格のない者が王であった事が知れれば、王家の正当性が失われてしまうと。そう考えて気付いたのです。この国は不都合な事実を隠蔽する為に、ジュリアスの命を奪おうとしているのでは無いかと。違いますか!?」
彼女は鋭い視線を向け、私をそう問い質した。
「………」
私は彼女の怒りに触れ、何も言葉を発する事が出来なかった。それが事実だったからだ。
「やはりそうなのですね。自分達にとって都合の悪い人間を秘密裏に殺す。貴方達のしようとしている事は、シルベールや私のした事と何が違うと言うのですか!?」
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