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六章 魔王城

出逢い

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「本当に出会えて良かった。話したい事は沢山あるが……まず、皆んな。詫びと礼を言わせてくれ」

 父との再会を果たしたスイは、愚かな間違いを正してくれた仲間達に向き直った。

「よしてよ、スイが私達を仲間と認めてくれたなら、それだけで充分よ。仲間同士で助け合うのは当然ですもの」

 ミラの言葉に対して「良い仲間を持ったな」と囁くミチルと、頷くスイ。
 そしてまた、スイがミチルの仲間について尋ねようとした時、奥の扉が開け放たれる。

 扉の向こうにいる少女を誰もが見つめたが、彼女の真紅の瞳はただ一点、碧い瞳だけを見つめた。

 吸い込まれるような、
 巻き込まれるような、
 撹拌されて、
 それでも混じり合わない、
 複雑な感情の渦に肌の一部分だけが触れているような、そんな不思議な感覚に出逢ったスイは、何気無く、湖の精霊の言葉を思い出していた。


「ミチル。貴方、少し頭が良くないみたい」

 少女はスイから目を逸らし、滑らかな漆黒の髪を揺らしてミチルの方を向いて言った。

「一体どうして、私が逃げると思う?」

「――ぐっ、ま、マオ!?」

 腕を突き出し、掌を下に向けたマオは、苦しむミチルを冷たい目で見つめる。

「この大陸は勿論、貴方の事だってそれなりに大切に思っている。そんな私に逃げろなんて、痴れ言でしかない」

 床に押し付けられる身体を持ち上げるように耐えているミチルを見て、スイは「重力魔法か」と感心している。彼がいる場所だけ、重力が何倍にも膨れ上がっているようだ。

「わ、悪かったよ。でも、もう……覚悟を決めたから大丈夫だ」

 マオの魔法をレジストして立ち上がるミチルに、薄く笑いかけてから、少女は踵を返した。

「全員、歓迎する。話をしよう」

 ミチルを含む勇者一行は、マオに続いて玉座の間に入った。

 何もない空間から突然現れたソファとテーブルに驚きながらも、皆が席に着いた。

「さて、貴方達がこちら側に来てくれた事は感謝する。でも、いつまでも王城に戻らない勇者達なら、リクハートは敵対することになったと判断を下す筈。だから戻るなら早い方がいい。決断は今決めて。貴方達に怪物と殺し合う勇気はある?」

 彼女が話したのは、逃れられない現実。
 その無謀を誰もが理解していた。
 だが、それでも立ち向かおうとするのは、無菌室で消毒を続けられる様な世界を変えたいと願うから。
 誰もが誰かを守りたいのだ。

「安心しろ。もう誰も屈しない。だからこれからよろしく頼む」

 再び見つめ合う二人。
 スイの意思を感じとったのか、マオは口角を上げた。

「そう……貴方、ミチルの息子らしいけど、本当に似てる」

 幼い頃ずっと憧れていたのだから、そうだろうな、と自覚するスイとは逆に、ミチルは反対した。

「おいおい、俺はこんなに怠け者じゃないぞ。……しかしスイ、どうしてそんな怠惰な性格になっちまったんだ。転移の門をくぐった影響か?」

 あんたが居なくなったせいだ、とは言えずに、苦笑いを返しながら、“転移の門”という表現について考えていた。
 確かに魔法陣を通る感覚は、門をくぐる感覚に似ていた。
 それを通ったから、姿も、力も、変わったのだろう。それはどうやら、ミチルも同じようだ。
 では、同じ門をくぐって元の世界へ帰る時、自分はまた平凡な力、姿に戻るのだろうか。
 少しだけ、寂しい気がした。

「募る話は後にして、スイの仲間にも意思を問いたいのだけれど……いや、心配要らなそうね。皆、良い目をしてる」

 かなりの実力を秘めているであろうマオは全員を認めた。
 この全員が揃って、反逆者となる。
 中には非戦闘員のメリーも居るが、力を持たずにここに来てくれたその意志力には感謝するばかりだ。


「ん?おお、流石ポチだな」

 その時、虚空に微笑みかけたミチルを不審に思い、視線の先を追うと、「ポチ」と呼ぶには偉大すぎる魔物が現れた。転移してきたらしい。

『リクハートに勘付かれる前に避難させるべきと判断した。少年の友なのだろう?』

 驚いた事に、フェンリルは『名も無き村』から、アランとフーガを連れてきたのだ。彼らは背中に乗って楽しそうに手を振っていた――否、アランだけが楽しそうで、フーガは気疲れした様子だった。

「あ、フーガさん!お久しぶりです」

 再会を喜ぶステュは、大きな白狼の背から降りるフーガの元へ小走り。
 この城は、どの部屋も広いが、建てられた当初もこのように、大きな魔物が出入りしていたのだろうか。
 ぼんやりするスイの肩を叩いたのは、不機嫌なアランだった。

「スイもあの子みたいに、俺を歓迎してくれよ、まったく」

 ステュをチラリと見ながら不満をたらすアランだが、無邪気に笑っているステュとは性格が違うと、スイは目で訴え掛けた。自分の仲間や友が、皆がここに集まったことで、安心出来たのだ。
 仮初めの休息。
 それがスイの疲労感を押し上げて、いつもの様に、口を開くのも面倒にさせていた。

「ま、いいさ。さて、それより、皆んなで自己紹介をしないかい?俺なんか初めて会う人ばっかりだし、魔王様だってそうでしょう?」

「それもそう。夕食は豪勢なものを用意させるから、そこで歓迎パーティを開くけど、軽く挨拶くらい済ませておきたい」

「へえ……マオ、パーティなんか企画したのか……ずっと一人で引きこもってたのに、成長したな……」

「少し黙って」

 大人しく座っていた皆は、いつのまにか立ち上がり、各々自由に動いていた。
 それを重たくなっていく身体をソファに沈めながら眺めるスイ。

「ミチルさん、フェンリルにポチって名前は……どうなんでしょう……」

「ミラ姉、兄貴の父さんのセンスにケチを付けちゃいけないぜ。英雄さん、後で手合わせ宜しく頼む」

「ふ、受けて立とう」

「ミチルさんは人格がコロコロ変わるみたいですね……ところでフーガさん、アランさんとの生活、余程疲れたのですか?」

「かなりな……まあ、良い奴ではあるんだがな」

「なあ、マオさん。スイと魔大陸に来た時に、アンタの事少し聞いたよ。眠り姫だったんだってな。どうしてそんなに寝てたんだ?あと、ポチの毛並みめちゃくちゃ良いな」

『そろそろ我から手を離せ』

「可哀想に、ポチ。あと、別に寝てたわけじゃない。あそこの怠惰な勇者と一緒にしないで」

「嘘だ、マオは寝てた」

「ミチルは黙って」

 自分の事を呼ばれた気がしたけど、スイは微睡む。
 自身に毛布が掛けられた気がしたけど、これは夢だろうか、現だろうか。

「マオさま、初めまして、メリーと申します。メイドなので、食事の準備をお手伝いできたらと思います」

「働き者ね。是非お願いしたい、案内する」


「ふう、夕食まで時間もあるし、休もうか……って、もう寝てるのか」

 スモークガラスに映ったみたいな世界で、黒い影が近付いて来て。
 二人掛けのソファのもう片側が沈んだ。

 こんなに疲れたのは、いつ以来だろうか。
 こんなに幸福なのは、いつまでだろうか。

 いや、仮初めなんかで終わらせない。
 その決意は、胸の中で存在を強く主張していた。

 だからこれからは、今までの様な怠けた精神でいられない。

 強くならなくては。

 ただ、今だけは、

「ゆっくり休めよ、スイ」

 幸福に包まれていたかった。
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