41 / 51
六章 魔王城
仲間の意味
しおりを挟むスイだってわかっていた。
いつからだろう。
気が付いたら、彼が大切な人だと意識していた。
或いは、出会った最初の時からかもしれない。
それでも自分は勇者だからと、責任感に乗っ取られたみたいな思考で動き続けた。
――だって、しょうがないじゃないか。
優れた頭脳は様々な事に勘付いていた。
きっと、こうして剣を交える事だって予見していた。だから意識的に、考えないように、知らないふりをした。
それでもこうして顔を向き合わせてしまえば、様々な感情が溢れ出てくる。
若くなったな。
どうしてここにいる。
俺の事に気付いていたのだろう。
だが、たった一つも言葉に出来ずに、また、彼の事も言葉以外の材料で判断していた。
俺に剣を向けたな。
今のは避けなければ死んでいたぞ。
まだ剣を拾うんだな。
だからそれが父の――幼きスイが最も憧れた人の――答えだと知れて、唯一無二の正解なのだと思えた。
――俺も彼も間違っていない。皆が救われる唯一の方法なんだ。
スイは自分を殺して、勇者になった。
ステュに止められた時は、思わず何かが決壊してしまいそうだった。
それでも、偉大なる父――いや、魔王は、勇者の信念を貫き通せと言った。
世界を救えるのは勇者しかいない。
仲間を守れるのは勇者だけで。
平和を築くのは勇者の義務なのだ。
そうだ、もう迷わない。
走り出した漆黒を迎え討とう。
「さようなら、勇敢な魔王」
無の境地、正しく達人の域に達したスイの剣は、魔力解放を伴った身体能力の高さも相まって、最早誰にも止められないかと思われた。
これが運命。
正常な時の流れは、誰にも覆す事などできない。
スイはもう、敵を見ていない。
世界に動かされる身体は剣を握り。
その剣が振り抜かれた先で誰かを斬ったとしたら、そいつは死ぬ運命だったという事。
神速の剣は、裁断を下すかの様に振り下ろされる。
そして遂に、下された。
永遠の様で一瞬の様な、硬直した空気を切り裂くかの如く鋭い音を響かせて、剣は床に突き刺さった。
誰も捉えていなかった。
何故なのか。
それはロイが剣でいなした所為だった。
「やめろって言ってんだろ馬鹿野郎!」
衝撃。
弟のマサを幻視した。
こんなに幼い少年に、自分は守られたのか。
守られた?
一体何を?
ロイの向こう側を見れば、同じようにして、ミラが手に持った長杖でミチルの剣を止めていた。
「貴方達が戦う理由が、一体どこにあると言うんですか!」
ミラも叫ぶ。
馬鹿を言うな。
貴様達を守る為に戦っているのだろう。
スイの慢心を見透かしたように、ロイは言う。
「俺達が守られる対象だって勘違いしてるなら、今ここで訂正してくれ。俺たちはアンタと一緒に戦いたいんだ」
守るべき存在だった彼が、強い瞳でスイを見つめる。
「だから、戦うべき相手を間違えないでくれよ」
「……間違い?」
――俺が何を間違った?
全てを守る為に、たった一つの選択を、今まさに成し遂げようとしていたのに。
邪魔をしたのは誰だ?
「間違ってなんかいない!」
スイの中で、何かが決壊した。
「自分の力も測れん奴が、理想ばかりを口にするな!出来ない事を目指す愚か者に、一体何が守れると言うんだ!」
この場にいる誰もが、初めて見るスイの感情。
「全てを守らなくてはならない勇者が、どうして無責任な道を選べると思う!?失敗したら全てが終わるんだ!」
表層で取り繕った、不真面目な怠惰なスイ。
その奥底にいる正義の少年が、悲壮に満ちた表情で、今は訴えている。
「誰もが救われる手段が……たったこれだけなんだ。わからないのか?俺も含めて、この世界の生物は皆、箱庭の中で生かされているだけなんだ」
だから自分に出来ることは、箱庭の清掃や、害虫駆除、それだけなのだ。
そして、何より――
「何より……アンタが出した答えが……これなんだろう?」
サファイアブルーの瞳は悲哀の色を際立たせて、ミチルを突き刺した。
ずっと、幼い頃から憧れていた父の正義。
スイのヒーローはまさにスイの道徳観を育んだ本人だ。
そんな彼が出した答えを、どうして否定できるというのだ。
「わからないわ。全くわからない。貴方達が親子だった事もわからなかったし、どうして再会を喜ぶ事が出来ないのかもわからない。それに、聡明なスイが、どうして簡単な答えに行き着かないのかもわかりません」
武器を下ろしたミチルを確認してから、ミラも武器を仕舞う。
スイを振り向きながら、偶にミチルに視線を送りながら、話をした。
「でもね、思い返せば不確定な事ばかりだったんです。初めてスイが召喚された時だって、貴方が真面目に働いてくれるのかもわからなかったし。怠惰な性格の裏で何をしようとしてるのかも、誰もわからなかった。デヴィスさんもそう言っていたわ」
思い出したように小さく笑った後、ミラは少しだけ寂しそうにした。
「でも、ここにいる“仲間”を見て。私達はこの世界の真実すらわからなかったのに、貴方に着いて行くにつれて、やっと自分の頭で物事を考えられるようになったみたい。全て貴方が教えてくれたのよ。……だから今度は私達が貴方に教えてあげたい」
スイは知らなかった。
自分に対する、ミラの評価を。
「この世界の人々は、貴方が思ってるほど弱くはないわ。全てを一人で守ろうとしないで下さい。それではリクハートと同じ答えしか出ないわ」
スイは少し目を見開いた。
冷たくなって凝り固まっていた頭が、ミラの言葉によって解されていくようだった。
「仲間って言うのはね、お互いに助け合う関係の事を言うのよ。私達は貴方を助けたいし、貴方の幸せを願っているわ。ねえ、皆んなを幸せにしようとする勇者が、自分の幸せを犠牲にするなんて間違っているものね?」
スイの剣を止めたロイとステュも、いつもそばに居たメリーも、ミラの言葉に頷いた。
「それと、私達が一番わからない事は、どうして奔放なスイが、たった一つの事を出来ないと決め付けてしまうのか、ということよ。孤高という存在は極めて強大だけども、皆んなを繋ぐ絆っていうものも人を強くするって事、スイは知ってましたか?」
スイはいつかの暗闇を思い出していた。
大切な人との絆を見失った時、大きな傷を負ったあの日を。
そうか、大きいのは悲しみだけではないのだ。
この関係が自分に与える影響というのは無視できない。
それくらい強大なのだ。
その繋がりに、漸く目を向けたスイは、自覚した。
――自分が守りたかったのは、この強い絆だったのだ。
その絆は、繋がれた先で、相手も守ろうとしてくれている。
だから強固になる。
今、スイには幾つもの絆を見る事が出来た。
その中で最も古くて強い繋がりを、今手繰り寄せる。
「どうか仲間達を頼って、何も考えずに、自分の望みを口にしてください」
何も考えずに。
勇者以前に。
フェンリルが言ってくれた事を思い出した。
『少年の我儘なら、大人が叶えてくれる』
許されるだろうか。
十五歳の息子として、父に願いを告げる事。
滲んでいる視界に、昔見た光景が蘇る。
『お父さんは正義のヒーローだからな。スイが呼べばいつでも助けに行くぞ』
幼い頃、買い物中に迷子になった時だったか。
知らない地下の道で、知らない大人に視線を向けられ、恐ろしい思いをしていた時だった。
その場から逃げるように走って人気のない場所に行き、感情のままに泣き喚いていた時だった。
突然抱き上げられ、目を開くと、何度も呼び続けた父の姿。
その時感じた温もりは、安心感と心強さを伴って、スイの胸にいつまでも残っていた。
また、心強い言葉で慰めてくれるだろうか。
また、優しい言葉で安心させてくれるだろうか。
「……とう……さん……俺を……俺たちを……助けて……」
皆が危険に晒されるとか、愚かな反逆だとか、否定的な言葉が幾つか浮かんだが、震えるスイの身体を抱きしめたのは、いつかの温もりだった。
「――っすまない!俺が……間違っていたんだ!もう、決して離さない……!当たり前だ、俺が全てまとめて救ってやる!絶対に……二度と悲しませるもんか……!」
単純でいて複雑な道を、遠回りしながら怯えながら、踏み外しそうになる道を仲間に支えられながら。
何度も出会った二人は、漸く再会を果たした。
0
お気に入りに追加
56
あなたにおすすめの小説
いい子ちゃんなんて嫌いだわ
F.conoe
ファンタジー
異世界召喚され、聖女として厚遇されたが
聖女じゃなかったと手のひら返しをされた。
おまけだと思われていたあの子が聖女だという。いい子で優しい聖女さま。
どうしてあなたは、もっと早く名乗らなかったの。
それが優しさだと思ったの?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
2回目の人生は異世界で
黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした
高鉢 健太
ファンタジー
ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。
ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。
もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。
とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
悪役令嬢カテリーナでございます。
くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ……
気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。
どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。
40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。
ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。
40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる