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四章 仲間

湖の精霊

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「ステューシーは生まれた時ここにいたんだね?」
「もしかして精霊様の娘さん?」

 ラスとルスに案内されてやってきた湖は、ステューシーが生まれた場所。しかし何故精霊が話題に出てくるのか、ミラが不思議に思うと、二人は説明してくれた。

「ここは愛の精霊が住むと言われる湖です」
「言われてるだけで、会ったことがある人を私達は知りませんが」

「その精霊は斧を落とせば出て来るんじゃないか?」

「ふっ」

 スイの意味不明な発言に一人笑ったのはクロだった。

「……それで、何故ここに案内したんだ?」

 スイの発言もクロの笑いのツボもわからないと、首を傾げた皆の視線を払うようにクロは問う。

「それは勿論、勇者様がいらっしゃるからですよ」
「精霊様は勇者様の力になって下さいます」

「でも、会えないならしょーがないだろ?」

 ロイの言葉はもっともで、双子も「そこなんです」と考え込む。

 スイは自分の為に時間を潰すのは良くないと思い、湖を覗き込む。
 この水を全て蒸発させれば精霊に会えるだろうか。
 しかし、精霊に会ったところでどうなるというのだろうか。
 スイはそれよりもリクハートに会いたかった。
 孤高の王に、そこから見える景色を問いたかった。

 思考の海に沈んでいたスイは、この後物理的に沈む事になる。


 ミラが、悪巧みをするような笑みを交わす双子に気付いた時にはもう遅かった。

「「えい!」」
「「「なっ!」」」

「……」

 スイの背中を押す双子と、その暴挙に驚く仲間達。
 双子が悪戯エルフだと知らなかったスイは無防備に湖に落ちていき、無言のまま音を立てて水面に衝突し、飲まれていく。


 後で叱る必要があるな、とスイは呑気な事を考えながら沈んで行く。
 この世界の水中では浮力は働かないのか、と少しだけ疑問に思ったが、そもそもこの水が特殊なものであると直ぐに気が付いた。
 温かい。
 息苦しくない。
 身体の不自由も感じない。
 それでも身を預け、ただ沈んで行く。
 どこまで沈むのか。
 心地良さに身を委ねて地面より低い所に向かっているのだから、きっと堕ちると言うのが正しいのだろう。
 それでも構わない。
 自分はいつだって楽な方へ向かっていた。
 それこそ俺の生き方だと、スイは揺らぎない怠惰を再確認した。


「ふふ、変わった事をお考えになるのね」

「貴様が精霊か」

「ねえ、君ってば無礼が過ぎるよ。僕でもこの方には遠慮しちゃうのに」

「お前まで出て来るな」

 漸く止まった場所には慈悲深い笑みを浮かべた神々しい女性がいた。
 隣にはいつの間にか聖剣の精霊。スイは彼に酷い事を言うが、言葉程嫌ってはいない。寧ろ精霊は皆話しやすいな、と居心地の良さを感じていた。

「勇者スイ。貴方はこの世界における自身の存在理由がわかっていますね?」

「知るかそんなもん」

 しかし彼女の言葉に対しては、不快感を抱いた。
 自分の存在理由なんてない。
 何かをやらなくてはいけない、なんて考えがスイは嫌いだった。
 ただ死ぬまで生きる。
 それが人生。
 価値も意味もなく、無駄であるだけ。

 ただ、最近は少しだけ、周りの者に流されているが。

「彼は欠落勇者なんです。許してやって下さい」

 スイの言葉に対しても、聖剣の精霊の言葉に対しても微笑むだけの彼女は、やがて口を開いた。

「貴方が着ているローブは、聖剣と共に召喚された鎧よりも、貴方を確実に守るでしょう」

 スイが召喚時に着ていた鎧はずっとポーチの中に仕舞ってある。多くの魔力を有しており、身を守る心強い防具である事は間違いないのだが。

「それは元の所持者のお陰です。彼女はそのローブに愛着を持っておりました。そして彼女が貴方にローブを渡す時も、彼女は愛情を込めて渡しました。道具とは愛を受ける程に成長するのです」

「しかし俺はメリーもこのローブも愛していない」
「……それ、絶対に本人に言っちゃいけないよ」

 愛の精霊はまた微笑んだ。まるで子供の戯言を聞き流すような態度でスイはムッとした。

「そして愛を受けて成長するのは道具だけではありません。人も一緒です」

「つまらん道徳の授業なら聞き飽きた」

 スイの不躾な態度を受けても精霊は話し続ける。

「勇者スイ。貴方は近々、愛する者と出逢います。それが貴方の力を高める事でしょう」

「力を持った所で、俺は戦いを好まん」

 精霊は微笑んだ。一体どれだけ笑うのだとスイは思うが、そういえばずっとこんな表情だったかもしれない。

「勇者の剣は貴方だけ。彼の意思を汲み、彼が望む世界を切り拓くのよ……例えそれが……」

 後半の言葉はスイには聞こえなかったが、聖剣の精霊は神妙な顔で頷いた。

「沈む事を拒まない者は滅多にいません。ここまで来た貴方は出逢うべくして出逢ったのです。地上まで送ります。魔力の流れをよく感じていて下さい」

 愛の精霊はそう言うと、魔力を操り、スイの足元に魔法陣を展開した。聖剣の精霊はいつの間にか消えていたため、一人分の大きさの魔法陣は、スイの全身を囲って、その身体ごと消失した。





「あ、兄貴は泳げないのか!?いつまでたっても上がってこないぞ!」

「ね、ねえ、ラス。まずいかな?」
「うん……ルス、覚悟したほうがいい」

「わ、私が探しに行きます!」

「ステュ、ダメよ!スイならきっと平気よ……」


 木に寄りかかり、慌てふためく者達を眺めながら、クロは言った。

「貴様も意地が悪い。そろそろ姿を見せてやったらどうだ」

 たった今この場に現れたスイは、先程の現象が転移だと認識し、何度も魔力の流れを思い出し、復習していた。

「……湖の底で何を聞いてきたんだ?」


「なんて事はない。助言と言うのかもしれんが、それを聞いた所で俺の未来が変わるわけでもないし。ただ、新しい魔法を教えられたくらいか」

「そうか」と言ってから、クロは歩き出す。湖とは反対の方向だ。

「帰るのか?」

「ああ。存外、面白い話が聞けた。満足だ」

「お前は……」

 スイにしては珍しく、言葉が思いつかなかった。
 つまり喋る必要もないのに、彼を引き止めたのだ。
 だがそれは失敗に終わり、クロは森の中へ姿を消して行く。


 一人残されたスイはゆっくり仲間の元へ歩いて行く。
 わだかまりのように残った寂寥感を胸に秘めたまま――





 ラスとルスと別れた勇者一行はエドンシティに向かった。だが、その前に会うべき者がいた。

「フーガさん!私、実は……」

 淋しい生活の中で唯一の話相手だったフーガと別れるステュは、寂しそうに口を開いたが、それを制したのはフーガではなくスイだった。

「フーガ。お前に任務を与える」
「なぜ俺がお前に……」
「黙れ。名も無き村に行ってアランという少年を守れ。今まで通り一人で身を隠しながらアランを見守るのでも良いし、アランと共に暮らすのも良い。ステュが通信魔法を教わったから、定期的に情報を寄越せ。いいな」

「め、メチャクチャ過ぎる……」

 ミラは呆然とするが、フーガは意外とスイの言葉をしっかり受け止めていた。

「何故俺なんだ」

「ステュが寂しがるからだ。それ以外にお前である必要など、身体の強さしかない」

「ふっ、世辞も言えんとは……わかった、馬鹿正直な勇者の任務を受けよう。変わり行く人族を見るのもまた面白いかもしれんしな」

 フーガは正直だと言ったが、スイは一つ隠している事があった。
 それはフーガが孤独に押し潰されないかという不安だった。
 しかしそれを話せばフーガは「余計な世話だ」と強がったかもしれない為、スイはフーガを煽った。

「ステュ、よかったな。通信魔法陣を繋いでおけ」

「はい!」

 通信魔法は、魔法陣を交わした者同士で通信が可能になる。今のところエルフしか使えないが、エルフを介せば多種族でも通信出来る。

「さあ、美味いものを食べに行こう」

 フーガは一人、名も無き村に向かい、スイ達はエドンシティに向かうのだった。


 ――――――――――――――


 夕暮れ時、エドンシティの冒険者ギルドは常に無いほど騒然としていた。

「お、おい!やめろって!勇者様の連れだ!いくら亜人でも……」
「なんで亜人なんかが街にいんだよ!」


「あ、あの、いらっしゃいませ……どんなご用で……」

「Sランク依頼を達成した。異常は見られなかった。魔道具を確認すればわかるだろう」

 スイが見せた依頼書を受け取り、受付嬢は急いで奥へ入って行った。

 ロイとステュは、自分たちを悪く言う声を聞きながら胸を痛める。
 勇者の仲間になる事を決意はしたが、当然ながら他の人族の当たりは強い。彼らがロイ達に手を出さない事の方が奇跡のようであった。

「二人とも、汚い言葉はあまり聞くな」

 しかし、奇跡とは些細なことで崩れる。
 スイの冒険者達に対する冒涜の様な言葉はギルド内によく通り(スイが敢えて聞こえる様に喋ったとミラは思った)、それがきっかけとなり、何人もの冒険者が立ち上がる。

「てめぇ、勇者だからって図に乗るなよ。汚ねえのはどっちだってんだ」

「ふっ、それすらわからんとは救いようが無い」

 ミラはどうしてスイは問題事を起こす時は楽しそうなんだ、と心底疑問に思った。
 スイは笑っていたのだ。あの面倒臭がりのスイが。

「んだとてめぇ!!」

「兄貴!」「スイ様!」

 庇われた二人の亜人は、今まさに殴られようとしているスイを心配して声を上げる。
 勿論、しがない冒険者の暴力を許す勇者では無い。

 バチッと音を立てて拳を阻むのはスイが作り出した結界で、殴りかかった冒険者は痛みに蹲る。

「いいか、いつだって先手を打つのは貴様らだった。彼らが手を出していなくても。歴史を見てもそれは明らかだ。そして穢れた学習能力により、いくら手を出しても自分たちが痛めつけられる可能性は無いと判断し、貴様らは彼らを見る度に襲い掛かる。さて、平和を望み他者を傷付けまいと必死に耐える彼らをいたぶる事が貴様らの言う“人族の誇り”なのか?」


「「ぶっ殺してやる!」」


 ステラが言った言霊とは、こんな場面でも効果を発揮する様で、スイの言葉が刺さったのだろう、冒険者達は皆顔を真っ赤にしてスイに襲いかかる。勿論誰も勇者に触れる事は出来ない。
 間も無く、ギルドマスターが来る頃には、この場に立っているのは勇者一同だけになる。

「っっ!!」

 彼女も亜人を見て身構える。だが、その後ろの惨劇を目の当たりにし、自身もそこに蹲る一人になる未来を予想したのか、激しく胸を打つ鼓動をそのままに平静を装う。

「依頼を達成してくれた様だね。報告の通り、魔道具にも異常は見られなかった。報酬は出しとく。だが、あまり暴れないでほしい」

「俺は一歩も動いていない。襲い掛かってきたのは奴らだ。……おい、そうだろう?」

 スイは足を痙攣させて地面に転がっている冒険者の一人を蹴飛ばす。

「ひっ、そ、そうです!勇者様の結界に飛び込んでいったのは俺たちです!」

 ギルドマスターは顔をしかめて、「それは悪かった」と言い残し去って行く。首を突っ込んで仕事を増やすのはゴメンだ、という姿勢だ。
 そんな彼女を見送り、報酬を受け取ったスイは一人でさっさとギルドから出る。
 ミラ達は少し戸惑ってからスイの後を追う。
 スイはいつも、ミラでは真意のわからない行動を起こしていたが、今回は少し度が過ぎていた。



(妙だな、これが精神補助だろうか)


 そしてスイも、自分がわからなかった。
 確か街に入る前は、独創魔法オリジナルの精神衛生を保つ魔法を周囲に広げようとしていた。これが王都のギルドでも役立った為、今回もこれで乗り切ろうと思っていた。
 しかし、いざここに入ってみると、別の方法が浮かんだ。

 圧倒的な力で全てを跪かせる事。

 確かにそれは楽な方法で、自分らしいと思った。
 しかし、同じ人間に対してあそこまでやったのは初めてだ。
 スイはあの場にいた冒険者の全てを、痛めつけたのだ。それも皆が蹲る程。
 平和な日本人の精神を捨てきれなかったスイではあり得ない事だ。
 闇魔法を取得した影響だろうか。
 もしかして魔人化が進行しているのか。
 わからない。

 だがこの変化は、幼き頃に憧れた父とは正反対に向かっている事をスイは察していた。
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