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四章 仲間

異端児

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「ステラー!見てくれよ、武器を作った!」

 この世に生を与えられて十年になるステラは、呆れ混じりに微笑んだ。

「もー、ルシウス。貴方は魔法ももう少し勉強しなさい」

「お説教はいいから!見ててくれよ!」

 発展途上の里から少し離れて、ルシウスは手に持った木製の武器を投げた。
 くの字型のそれは風切り音を立てながら回転し、大きく弧を描いてルシウスの手元に戻ってきた。

「ほら!この前の打ちっ放しの弓矢は矢が無駄になったけど、この武器――ブーメランはきちんと戻ってくる!」

「……でもそれ、威力なさそうじゃない?障害物にぶつかったら、戻って来ないわけだし」

「…………」

 だがルシウスの発想を面白がった里の者は、大人も子供もこの武器を玩具として楽しんだ。
 これがブーメランの誕生である。



「ねえ、この里はこのまま……平和であり続けるのかしら?」

 ある日の昼下がり、ブーメランを投げてキャッキャと笑う子供と、お手本を見せる大人。そんな光景を眺めていたステラは、隣で木を削るルシウスに呟くように聞いた。

「さあな、でも俺が作った武器の中で、弓矢が一番殺傷能力が高い。今、森の隣に住むドワーフに鋭利な矢じりを大量生産してもらってる。これがあれば例え人族が押し寄せて来ても……」

「そういう事を言ってるんじゃないの!」

 何が気に食わなかったのだろうか、と首を傾げてから、再び木を削り出すルシウス。

 ステラは不安だった。もっと幼い頃は人族に会ったことがある。幸いにもその時は魔法に優れた父がいたお陰で、誰も血を見ずに済んだ。
 しかし当時の事をステラは一生忘れないだろう。
 敵意がこもった目を。
 蔑む言葉を。
 一体自分達が何をしたと言うのだろうか。
 理不尽だ。
 そんな理不尽な人族がのさばる地で、ルシウスは今まで生きていた。彼が里にやって来たのは一年前だ。
 それまで余程過酷な日々だったのだろう。そう考えると、ルシウスが人族と敵対する事しか考えられないのは仕方がないといえる。

「……はぁ」

「ため息を吐くと精霊が逃げるって言うぞ」

「それくらいで逃げる精霊様はいないわ…………ねえ、あれ、見える?」

 ステラが指差した方を見て、即座に遠視魔法を唱えるルシウス。彼は勉強をしないのに器用に魔力を操れた。

「人……いや、魔族?違う……エルフじゃないか?飛行魔法なんて、いいセンスしてやがるな」

 北西の空から真っ直ぐエルフの里へ飛んでくる少年は、やがて里の入り口に降り立つと、興味深げにあたりを見回し、やがて二人の元へ歩いて来た。

 彼はステラとルシウスよりも僅かに歳上に見えるが、エルフの歳は外見通りではない事が多い。
 ただ、彼はエルフなのだろうか。そんな疑問を、二人は抱いた。
 病的な程に白い肌。漆黒の髪は背中まで伸び、それを一本に結っている。更には瞳まで漆黒で、その闇を肌の白が引き立てている。
 ルシウスが彼をエルフと判断した理由は、黒い髪から少し見える尖った白い耳と、魔力の質もおおよそ、エルフのものに近いからだ。

「話がしやすそうな子がいてよかった。よろしく、私はリクハートだ」

「……ルシウスだ。こっちはステラ。避難して来たってワケじゃなさそうだな。何用だ?」

 一歩前に出てステラを庇うようにルシウスは立った。警戒中のルシウスは普段と比較にならないほど格好が良い。
 警戒されたリクハートは肩を竦める。彼の魔力量なら人族の村を一つ滅ぼすくらい、造作ないだろう。

「同じエルフだと思ったけど……君たちまで私を虐げるか」

 彼にとったら、コミュニケーションとして悲しい表情を取ったに過ぎないのだろう。しかしその一瞬で辺りは冷気に包まれ、足元の草花は霜に覆われる。

「……!そうじゃない!お前の魔力量を羨んだだけさ」

 寒くなったのに流れる冷や汗を感じながら、ルシウスは必死に弁解する。

「……そうか?そう言う君たちだって、そこらの大人より優れていそうだけど」

「世辞はいい。ところで、魔大陸の方から飛んで来たように見えたけど、合ってるか?」

 辺りの気温が戻った事に安堵し、爆弾を扱うようにリクハートの表情を窺いながら言葉を選ぶ。

「そうさ。こんな世界だから魔大陸にいた方が過ごしやすいんだ。そこで、エルフの里なるものが出来たって聞いたから見に来たんだ。ところで君たち、魔族に会った事は?」

「ないな……もっとも、人族から見たら亜人も魔族も変わらないんだろうし、俺もそう思うからな」

「言い得ているよ。人族は虐げる者、それ以外は虐げられる者。この世界にはその二種族しかいない」

 ルシアスは、彼がこれから何を言い出すか予想出来た。だから完全にステラの存在を無視する。巻き込まないためだ。
 そして、リクハートも最早ルシウスにしか興味はなく、その深淵を彷彿させる瞳で彼を貫く。

「私は、近いうちに人族を殲滅する。アレは我が物顔でこの世界に蔓延る害悪そのものだ。……君にもそれを手伝って欲しい」

 そう、リクハートの様な提案をする亜人は、多くはないが偶にいる。だが、数も力も、知能もある人族に、少数の亜人族では勝ち目は無い。だから現状維持が良しとされて来たのだ。
 しかし彼の提案には、「もしかしたら」と思えてしまう。リクハートの魔力量ならば、彼の周りに集まる猛者がいれば、もしかしたら。
 リクハートは魔大陸で良い暮らしをしていると言う。魔族なら皆、人族の殲滅に協力するに違いない、とルシウスは予想する。人族は魔族を最も恐れている。それだけ魔族は強いのだろう。ならば彼と、彼らと手を組めば、あの忌まわしき人族を……。

 そこまで考えてしまったルシウスは、完全に忘れていたステラの気配を思い出した。
 そうだ、今自分が考えた未来の結末は、彼女が望むものではない。それだけだ。それだけを考えれば、答えが出るんだ。

「悪いな、俺は現状維持出来れば満足なんだ。この里を襲撃する奴がいればぶっ飛ばすけど、態々喧嘩を売りに行こうとは思わない。……まあ、どっちかっていうと、俺はリクハートを応援するぜ」

「……そうか、じゃあ、頑張るよ」

 意外にもあっさり引き下がるリクハートに、内心で安堵しながらルシウスは笑みを作った。

「偶にここに来てもいいかい?やっぱり、同じ種族がいると落ち着くし、ルシウスとも仲良くなれたら嬉しい」

 ルシウスは、ステラがリクハートにとって完全に興味の対象外になった事に再び安堵する。
 もしかしたらリクハートは悪い奴ではないのかもしれない。しかし、少しの感情の変化で魔力を暴走させてしまう様な爆弾を、ステラに近付けたくなかった。

「もちろんだ。今度会う時は飛行魔法でも教えてくれよ」


 こうしてルシウスは、嵐をやり過ごす様にリクハートを見送る。


 だが、その後リクハートは何度も里を訪れた。



「そういえばさ、里の皆んなは何で遊んでいるの?」

「あれはブーメランだ。俺が作った最強の武器……になる予定だった玩具だ」

 そしてルシウスもリクハートを自然に受け入れていた。

「へぇ……ちょっと試させてよ」

 ルシウスが持っていたブーメランを渡すと、リクハートは軽く投げた――ルシウスにはそう見えた。
 しかしリクハートが投げた物は恐ろしいスピードで正面の木にぶつかり、木片に変わって辺りに散り二度と帰って来なかった。

「くふっ、あっはっは!お前、魔法の腕前は世界一なのに、玩具の扱いは子供より下手くそなんだな!」

「……なんだか悔しいな。折角の武器を壊してゴメンよ」

 本気で悪そうに謝るリクハートに「いいさ」と笑ってみせるルシウス。
 遠くから眺めてたステラには、二人が仲の良い友達に見えた。リクハートの初対面時の恐さはもう殆ど無い。
 だが――

「うひひひ。ブーメランを使えないなんて、にーちゃん、本当はエルフじゃないんだろ?」

 里の幼い子供だった。しかし、子供だろうが言ってはいけない言葉はある。
 リクハートにはそれが多かった。

「ひぃいいぃっ!」

 手に持っていたブーメランが音を立てて粉微塵に破砕されて、子供は恐怖に慄く。
 さっきまで笑っていたルシウスでさえ、リクハートの黒い瞳を見て背筋を凍らせる。

「では、私は誰だろうね?」

 口元だけで作られた微笑みは無慈悲で冷徹だった。

 きっと彼の元来のものだろう。
 今更優しくなれ、などと言っても彼は変われない。
 それでも、ルシウスは言わなくてはいけない気がした。



「お前は俺の友リクハートだ」


「……ルシウス、君の事は大事に思う」

 彼は言ってから、黒い魔力を可視化させた。

に問う。私と、この世界の害悪を滅ぼさないか?」

「俺はそれを望まない」

「……残念だ。間も無く人族と魔族の全面戦争が始まる。ここまで及ぶかわからないけど……健闘を祈るよ」

 きっとリクハートは本気で寂しかったのだろう。ステラはそう思った。子供を恐がらせる様な奴だが、友情には真面目な人間なのかもしれない。

「ああ、俺の方こそ……」



 後日、里の子達の話で判明したのだが、里中のブーメラン全てが破壊されていたらしい。
 ルシウスはなんとなく、新しく作る気にもならなかったし、リクハートを怖がった子供達も望まなかった。

 ただ、ある日ルシウスの家の前に美しい木材が落ちていた。込められた膨大な魔力からして、誰の仕業かルシウスは直ぐに勘付いた。
 そもそも物にこれ程の魔力を込めるなど、どれ程緻密な操作で精密な作業を行わなくてはいけないのだろうかと、ルシウスは呆れと感心の混じった笑みを浮かべた。
 そしてそれを、ルシウスが作る最後のブーメランに加工した。


 暫く時間が経って、リクハートが言った通り、戦争が起こった。

 しかし、人族は殲滅されなかった。
 それどころか、リクハート自身が人族の王になっていた。

 何が起きたのだろうか。
 気にはなったが、ルシウスがリクハートと会う事は二度となかった。

 一つ、考えられる事があった。
 リクハートは自分と同じくらい強い魔族がいると言っていた。彼と二人なら人族なんて相手にならないとも。
 つまり、その魔族と問題でもあったのだろうか。そう考えなくては不自然で仕方ない。達成出来る事が成されていないのだから。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「それで、ルシウスは過去の友の現状を探りに王都まで出たのです。まあ……進展は無いようですし、彼はスイ様が勇者だと気付かなかったそうですから、無意味かもしれませんね……」

 手に持ったブーメランに視線を落としていたスイは、再びステラと目を合わせた。

「王城に入りリクハートと謁見する事は叶わんのか?王の旧友ならばセバスに言えば通してくれるかもしれん」

「ルシウスは怖いと言っていました」

 ステラは苦笑する。

「リクハートは変わってしまったと。この世界に何らかの魔力を流している、とも言っていました。それが何であるかは存じませんが」

「何の為に王都まで行ったのやら」

 スイの辛口な物言いに、ステラは悪そうに謝る。

「お役に立てずごめんなさい。しかしリクハートの魔力はそれだけ強大です。その上、何が彼を刺激するかわかりません。安易にリクハートに近付く事は、私としても賛成出来ないのです」

 スイは再び俯く。
 このブーメランの材料はリクハートが用意して、それをルシウスが加工した。まるで友情の証だ。
 しかしリクハートは、共に歩こうと差し伸べた手を、ルシウスに払われた。
 恨んでいるだろうか。
 それとも、もうルシウスには興味ないかもしれない。
 ルシウスの推測でしかないが、魔族の方の友人と何かあったのだろうか。
 それにしても友情など、スイにはよく理解出来なかった。
 誰かの為に、誰かの言葉で一喜一憂。面倒で仕方ない。
 結局、誰にも手を取って貰えなかったリクハートは孤独の王に成り上がった。
 何の為に。
 いや、セバスがいるから孤独ではないかもしれない。
 セバスは何者だろうか。
 どうにせよ、リクハートは孤高であると言えるだろう。誰にも到達出来ない境地に独り立っているのだから。
 それはつまり、スイが目指す場所にリクハートがいるという事か。
 ならば、リクハートはスイの正義なのだろうか。

「ステュ、その眼で人の心は視えるか?」

「いえ、何となく人が嘘を言ってるかわかったりもしますが、詳しい考えなどはダメです」

「スイ様、リクハートに会うおつもりですか?」

「いつかはそうなるだろう」

 ステラは心配そうな視線を向けるが、咎める言葉はなかった。

「いい忘れてました。ルシウスも人に化けるのが上手いのですが、息子も上手で、彼はサイガ村にいます」

 スイには心当たりがあった。

「……カフェ・レナルド」

「訪れたそうですね。レナルドからは、勇者様がいらしたと報告を受けてます。ルシウスよりもしっかり者なんですよ」

「まさか、コーヒー豆はこの辺りで採れているのか?」

 その後話は少し脱線し、ステラが転移魔法でコーヒー豆をサイガ村に送っている事をスイ達は知った。しかし、一度に転移出来る重さはカップ五十杯分程で、生物は送れない事も知った。

「もしかしたらスイが故郷へ帰るのに必要な魔法かもね……ステラ様、詳細を教えて頂けますか?」

「いや、後ででいい。暫くは帰れん」

 ミラはスイの言葉が嬉しく感じた。彼はこの世界の事を気にかけてくれているのだ。


「もし悩んだら、レナルドの所へ行って。彼は占星魔法に優れているの」

「……なるほど、俺の素性を当てたのは占いか」

「ご名答よ」


 スイは今までの話を噛み砕き、飲み込んだところで立ち上がった。

「うかうかしていられんな。世話になった。また来る」

「貴方っていつも唐突ね……」

 ミラが呆れたようにスイに続いて立ち上がり、ロイとステュもそれに続いた。

「ラス、ルス。湖まで勇者様達をご案内差し上げて。では、スイ様と皆様。またこうして会える事を楽しみにしています」

 スイが頷くと、ラスとルスが先導して一同は外へ出た。

 室内に残ったクロに、ステラは小さな声で言った。

「……どうやら話してないようですね」

「何のことやら」

「あら?ルシウスは貴方の事なら報告してくれましたよ?」

「俺は我が道を行く。取捨選択は自分で行う」

「貴方にはスイ様が必要です。スイ様にだって……」

「貴様が決める事じゃない」

 そう言い残してクロは出て行く。


「きっと彼も、あの子も、皆んなが何処かの鍵なんでしょうね……」

 そしてそれがどの扉を開くのか。
 未だ誰も知らない。
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