怠惰な勇者〜異世界救いはメンドクサイ

木下美月

文字の大きさ
上 下
27 / 51
四章 仲間

エルフの里

しおりを挟む
 
 漆黒の英雄。
 数年前突如として現れた、人類最強の冒険者。その実力は誰もが認めるものであるが、彼の戦いを見たことがあるものは非常に少ない。それは、彼が単独行動を好むからだ。
 颯爽とギルドに現れ、少なくない人数にパーティ申請をされるも全て蹴り、高ランクの依頼を受けて傷一つなく帰還する。達成報告をした後に彼がどこに帰るのかも、誰も知らない。

 そんな謎に包まれた男――性別すら正しいか不明だが――と共に行動している。その事実がミラを、どうしようもなく不思議な気分にさせた。

「俺様は……不憫だと思う」

 スイと、漆黒の英雄改めクロが話す内容は、この世界の亜人の扱いである。

「だからといって俺様に出来る事は多くない。恐らくだが、貴様が言った通り何らかの“呪い”が作用して、異常なまでに亜人が嫌悪されるのだろう。仮にそれが正しかったとしても、俺はそれを解く方法を知らぬ。勇者であるお前の方が相応しいだろう。現にお前の周りの者は呪いが解けている様に見える」

 クロはそう言って仮面越しにミラを見た。
 ミラとロイは二人が話す内容になんとかしがみ付いて理解しようとするが、口を挟めるほど余裕はない。
 ミラはまず、この世界が呪いに染まっていた事自体驚きなのだ。
 確かに今になって考えてみれば、過去の自分は異常なまでに亜人を嫌っていたと思う。しかし人族全員を汚染するほどの魔法があるだろうか。まさに呪いと呼ぶに相応しい。そんな力を誰かが有しているとしたら相当凄まじい――
 ミラはそこまで考えて、クロの言葉を思い出した。彼はリクハートの力が途方も無いと言った。そうか、スイはリクハート王を疑っているのか。
 確かにリクハートは怪しい。これも今更だが、何故今まで自分が王に忠実だったのか理解できない。彼は二百年前から存在しているのだ。彼こそ魔族、いや、魔人なのではないか。
 ミラがそこまで考えた時に、二人の会話は再開する。

「何故お前は呪いに侵されない」

「ふ、漆黒というのは何にも染まらぬ強き色なのだ」

「お前は何者だ」

「哲学的な問いだな。俺が何者か語る前にまず……」
「話にならんな」

「こら、スイ」

 ミラもスイと同じ事を思ったが、間違ってもそんな無礼な事は言えない。
 だが意外にもクロは、スイの無礼を気にしていない様だ。きっと器が大きい男なのだろうとミラは思う。

「とにかく、漸く森の入り口ね」

 ミラの言う通り、背の高い木が鬱蒼とする森へやって来た。
 迷いなく入るスイに続くロイはさっきから浮かない顔をしていた。

「……どうかしたの?」

 今は真上にある太陽が木漏れ日となって降り注ぐ森の中、ミラの問いにロイは顔を上げる。

「兄貴とクロさんの話だけど……一体誰が、何のために酷い呪いを掛けたんだろうな……」

 呟くように口に出された言葉に返事をする者がいなかったのは、答えがわかる者がいないからだ。
 確かにスイはリクハートを疑っているが、確証はない。そもそも呪いである事が事実かもわからないのだ。

「それを知る為にエルフの里へ向かっている」

 受けた依頼はそのついでであるが、スイはしっかり魔道具も使用していた。きちんと達成する事で、どこに潜んでいるかわからぬ敵に勘繰られたくないのだ。だから依頼を口実にここまで来れたのは嬉しい誤算である。
 スイがここに来るのは二度目だが、以前と何ら変わりは無いように思えた。小動物が多く、魔力を検知する魔道具は警報を鳴らさず。
 きっと魔物の大量発生及び襲撃はこの森は関係無いだろうとスイは予測していただけに、真剣に依頼に取り組んでいない。それよりも森の抜け方を探していた。クロをバカにした手前、自身も迷子になるのは避けたい。そう思っていた矢先だった。


「……何かいるな」

 クロの言葉を理解した後、スイも気付いた。まさか気配察知で先を越されるとは思わなかった。
 しかしそれに驚いている場合ではない。

「……貴様ら、何を探している」

 木の上から目の前に降り立ったのは、灰色の髪を肩まで無造作に伸ばした男だ。その頭には獣の耳が生え、向かい合っていてもフサフサの尻尾が見える。

「何故獣人がここに?いや、問われているのはこちらだったな。エルフの里に行きたい。案内して貰えるか?」

「なんだ怪しい男だな。何用だ?」

 第一印象を悪く言われて口を閉ざしてしまったクロ。彼の厨二病は治療の余地があるのかもしれない、とスイは思う。何事も自覚する事から始まる。

「話がしたいだけなんだ。……あれ?そうだよな、兄貴?」

 詳しく話をしていなかったスイのせいで返答に困るロイ。しかし無言で頷くスイを見てホッとし、獣人の相手に親近感を覚えたロイは再び口を開く。

「俺はロイ。あんたは何故ここに?多分、あんたの実力なら単独で獣人の里に避難する事も可能だろ?」

 ロイの判断は正しかった。この獣人は狼種族で、白虎であるロイと同じくらいに、生まれながらに持った力が強い。その上、長い間狩暮らしでもしてたのか、佇まいは猛者を感じさせる。
 それを即座に判断しての質問であったが、彼は呆れたように首を振る。

「俺はフーガ。そもそも俺は群れる必要がない。同族と仲良しこよしする程ガキじゃねえ。エルフ族に許可を貰った上でこの森に住んでいるからな。危険な人族は惑いを恐れて来ないし、食にも困らない。……まあ、そのせいでエルフからの依頼は断れないんだけどな」

 そう言うと、フーガは二本指をこめかみに当てて黙った。
 何処かで見たポーズだ、とスイは思ったが、それよりも言いたい事があった。

「「まさに一匹狼」」

 同じ言葉を発したのはクロだった。もしかしたら気が合うのかもしれない。しかしスイは彼の格好を再確認してから、その考えを否定する。自分にはあんな格好は恥ずかしくて出来ないと思ったのだ。

「……そう、人族が二人、獣族が一人、それと……不審人物一人だな」

 何処かと通信を取り始めたのだろうか、フーガは見えない何かに話しかけている。勇者一行はただそれを待つ。

「え?金髪碧眼……ああ、そうだ。え?ゆ、勇者?」

 少し驚くフーガにスイは大仰に歩み寄り、腕を組んで偉そうに言った。

「いかにも。俺が勇者だ」

「あ、あんたラスとルスと会った事があったのか?」

「うむ」

「「先に言え!」」

 今度はミラとフーガがハモる。

「俺が口を開く手間を省くために、物事が勝手に進行する可能性に賭けたのだが、上手くいかんな」

 ミラとフーガにジト目を向けられ、クロですらも表情はわからないがスイに視線を向けていた。ただ一つ、ロイの視線だけは尊敬の色に染まっていたため、スイの中に罪悪感は生まれない。尊敬の理由は、効率的な体力配分である。

「……とにかく、だ。このまま真っ直ぐ行け。幻惑魔法は解かれる」

「なるほど……惑いの原理は魔法だったのね……でも不思議な魔法だわ。人族はその可能性にも行き着いていないもの」

 ミラの言う通り、人族の知識では幻惑魔法も、通信魔法も生み出されていない。まだ見ぬエルフはどれほど力を秘めているのか、ミラは戦慄した。
 しかし門番を任されているであろうフーガに通されたのだし、スイもエルフに会った事があると言う。それならば諍いの心配は不要かとミラは結論付けた。



「……ステューシー」

 先に進む一行から遅れてのんびり歩くスイは去り際に、フーガの静かな声を聞いた。いや、クロにも聞こえていたが、彼は敢えて聞き逃した。

「厄介事は御免だぞ」

 念を押すがフーガは口を止めない。

「里外れに住んでいる憐れな少女だ。どうか救ってやって欲しい」

「お前に出来る」

 スイの投げやりな後押しは無駄であり、フーガはため息を吐く。

「俺では彼女の力を生かせない。お前に必要なものだ」

「……会わねばわからん」

 スイの心が揺らいだ所で、遥か前方からミラが手を振った。早く来いという事である。

「勇者を置いていくとはけしからん……フーガ、孤独は楽しいか?」

「最高だ」

「飲まれるなよ」

 そう言い残し、スイは歩き出す。
 彼とその少女とはどんな関係か、スイには想像がつかなかったが、一匹狼が気にかけるくらいには良い奴なんだろうとスイは考える。
 しかし心配したのは、仮にスイがステューシーを助けたとして、残されたフーガは深く暗い孤独に陥るのでは無いかという事。
 それはいつかの自分みたいに――



「やっほー!お久しぶりです!」
「やっほー!来る頃だと思ってました!」

「わわっ、ほ、本当にエルフだ」

 ロイが驚くのも無理はない。獣族と違い、目撃情報がごく少ないエルフが気軽に里の外まで人族を迎えに来たのだから。

「久しいな、ラルス」

「むむっ!ラスと」
「ルスなのです!」
「でも、繋げてもいいです」
「今日は初めましての方が多いですね」
「でも、この不審者様は父様の報告にあった……」
「ああ、なるほどです」
「ともかく、案内しますよ」

 ハイテンポな双子は、人数が多い勇者パーティよりも多くの言葉を交わしながら前を歩く。スイにとってそれは、少ない言葉で多くの答えが返ってくる様なもので、大変楽である。

「すごい……美しい魔力ね……」

「美しい女性に褒められると悪い気はしませんね」
「お姉さんも特殊魔法が使える様に頑張ったらいいです」

 首を傾げるミラに得意げに話す双子。彼女らの話に耳を貸すスイだが、ふと何処かからか視線を感じた。

「特殊魔法とは、さっきお見せした通信や幻惑、それから空間魔法などがありますね」
「空間魔法は転移などが主な使用法でしょうか」
「ただ、空間魔法を使える者は里の中でも……」
「こら、またお喋りが過ぎるって怒られるよ」
「そうでした」

 間もなく、木が減り、いくつかの小屋が集まった場所が見えて来た。柵が無いのは幻惑魔法で他者の侵入を未然に防いでいるから必要ないのか。そこがエルフの里である事は誰もが理解したが、スイは里外れ、少し離れた場所に建つ小屋を見つけた。


「……ラルス。なぜ一軒だけ隔離されているんだ?」

「ん?ファテマさんのお家ですね」
「あの人は一人がお好きだそうで」
「でももう一人住んでるって噂だけど」
「そっとしておくのが優しさです」
「あんまり人前に出てくる人じゃないしね」

 スイは何となく隣のクロを見た。仮面が邪魔で彼の表情は窺えなかったが、何を思っただろうか。

「…………」

 フーガの話も、スイの視線にも気付いているだろう。彼は感覚が鋭いのだから。それでも無言という事は、この件は任せる、と言われている様だった。


「めんどっちぃな……先に行っててくれ」

「え?どうかしたの?」


「ではあの大きな木の下の立派なお家に来て下さい」
「立派って言っても、他とそんなに変わりませんが」

「わかった。ミラ、得意のギャグで場を作っておいてくれ」

「え!?私ギャグなんてないわよ!」

 立ち止まったスイはそのまま里の中央に向かう仲間達を見送る。
 クロの口元が微かに笑ったように見えたのは、気のせいではないだろう。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

異世界で料理を振る舞ったら、何故か巫女認定されましたけども——只今人生最大のモテ期到来中ですが!?——(改)

九日
ファンタジー
*注意書あり 女神すら想定外の事故で命を落としてしまったえみ。 死か転生か選ばせてもらい、異世界へと転生を果たす。 が、そこは日本と比べてはるかに食レベルの低い世界だった。 食べることが大好きなえみは耐えられる訳もなく、自分が食レベルを上げることを心に決める。 美味しいご飯が食べたいだけなのに、何故か自分の思っていることとは違う方向へ事態は動いていってしまって…… 何の変哲もない元女子大生の食レベル向上奮闘記——— *別サイト投稿に際し大幅に加筆修正した改訂版です。番外編追加してます。

元勇者パーティーの雑用係だけど、実は最強だった〜無能と罵られ追放されたので、真の実力を隠してスローライフします〜

一ノ瀬 彩音
ファンタジー
元勇者パーティーで雑用係をしていたが、追放されてしまった。 しかし彼は本当は最強でしかも、真の実力を隠していた! 今は辺境の小さな村でひっそりと暮らしている。 そうしていると……? ※第3回HJ小説大賞一次通過作品です!

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

異世界に行って転生者を助ける仕事に就きました

仙人掌(さぼてん)
ファンタジー
若くして死ぬと異世界転生する…。 まさか自分がそうなるとは思わなかった。 しかしチートはもらえなかった。 特殊な環境に生まれる事もなく、そこそこ大きな街の平民として生まれ、特殊な能力や膨大な魔力を持つことも無かった。 地球で生きた記憶のおかげで人よりは魔法は上手く使えるし特に苦労はしていない。 学校こそ行けなかったが平凡にくらしていた。 ある日、初めて同じ日本の記憶がある人とであった。 なんやかんやありその人の紹介で、異世界に転生、転移した日本人を助ける仕事につくことになりました。

放置された公爵令嬢が幸せになるまで

こうじ
ファンタジー
アイネス・カンラダは物心ついた時から家族に放置されていた。両親の顔も知らないし兄や妹がいる事は知っているが顔も話した事もない。ずっと離れで暮らし自分の事は自分でやっている。そんな日々を過ごしていた彼女が幸せになる話。

黒刀煌めく夜

蕾々虎々
ファンタジー
遥か過去に書いた記憶が薄っすらとあるTHE・厨二な異能高校生が世界の敵と戦うローファンタジー。 内容は確認してませんが、とてもライトノベル。 自分を第一読者にして気になる表現周りだけ校正しながら、若気の至りを晒していきます。 短編よりちょっと多い程度続きます。 元文章が気になる変態な方がいればpixivに残ってます。

【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!

チャららA12・山もり
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。 お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。

処理中です...