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四章 仲間

エルフの里

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 漆黒の英雄。
 数年前突如として現れた、人類最強の冒険者。その実力は誰もが認めるものであるが、彼の戦いを見たことがあるものは非常に少ない。それは、彼が単独行動を好むからだ。
 颯爽とギルドに現れ、少なくない人数にパーティ申請をされるも全て蹴り、高ランクの依頼を受けて傷一つなく帰還する。達成報告をした後に彼がどこに帰るのかも、誰も知らない。

 そんな謎に包まれた男――性別すら正しいか不明だが――と共に行動している。その事実がミラを、どうしようもなく不思議な気分にさせた。

「俺様は……不憫だと思う」

 スイと、漆黒の英雄改めクロが話す内容は、この世界の亜人の扱いである。

「だからといって俺様に出来る事は多くない。恐らくだが、貴様が言った通り何らかの“呪い”が作用して、異常なまでに亜人が嫌悪されるのだろう。仮にそれが正しかったとしても、俺はそれを解く方法を知らぬ。勇者であるお前の方が相応しいだろう。現にお前の周りの者は呪いが解けている様に見える」

 クロはそう言って仮面越しにミラを見た。
 ミラとロイは二人が話す内容になんとかしがみ付いて理解しようとするが、口を挟めるほど余裕はない。
 ミラはまず、この世界が呪いに染まっていた事自体驚きなのだ。
 確かに今になって考えてみれば、過去の自分は異常なまでに亜人を嫌っていたと思う。しかし人族全員を汚染するほどの魔法があるだろうか。まさに呪いと呼ぶに相応しい。そんな力を誰かが有しているとしたら相当凄まじい――
 ミラはそこまで考えて、クロの言葉を思い出した。彼はリクハートの力が途方も無いと言った。そうか、スイはリクハート王を疑っているのか。
 確かにリクハートは怪しい。これも今更だが、何故今まで自分が王に忠実だったのか理解できない。彼は二百年前から存在しているのだ。彼こそ魔族、いや、魔人なのではないか。
 ミラがそこまで考えた時に、二人の会話は再開する。

「何故お前は呪いに侵されない」

「ふ、漆黒というのは何にも染まらぬ強き色なのだ」

「お前は何者だ」

「哲学的な問いだな。俺が何者か語る前にまず……」
「話にならんな」

「こら、スイ」

 ミラもスイと同じ事を思ったが、間違ってもそんな無礼な事は言えない。
 だが意外にもクロは、スイの無礼を気にしていない様だ。きっと器が大きい男なのだろうとミラは思う。

「とにかく、漸く森の入り口ね」

 ミラの言う通り、背の高い木が鬱蒼とする森へやって来た。
 迷いなく入るスイに続くロイはさっきから浮かない顔をしていた。

「……どうかしたの?」

 今は真上にある太陽が木漏れ日となって降り注ぐ森の中、ミラの問いにロイは顔を上げる。

「兄貴とクロさんの話だけど……一体誰が、何のために酷い呪いを掛けたんだろうな……」

 呟くように口に出された言葉に返事をする者がいなかったのは、答えがわかる者がいないからだ。
 確かにスイはリクハートを疑っているが、確証はない。そもそも呪いである事が事実かもわからないのだ。

「それを知る為にエルフの里へ向かっている」

 受けた依頼はそのついでであるが、スイはしっかり魔道具も使用していた。きちんと達成する事で、どこに潜んでいるかわからぬ敵に勘繰られたくないのだ。だから依頼を口実にここまで来れたのは嬉しい誤算である。
 スイがここに来るのは二度目だが、以前と何ら変わりは無いように思えた。小動物が多く、魔力を検知する魔道具は警報を鳴らさず。
 きっと魔物の大量発生及び襲撃はこの森は関係無いだろうとスイは予測していただけに、真剣に依頼に取り組んでいない。それよりも森の抜け方を探していた。クロをバカにした手前、自身も迷子になるのは避けたい。そう思っていた矢先だった。


「……何かいるな」

 クロの言葉を理解した後、スイも気付いた。まさか気配察知で先を越されるとは思わなかった。
 しかしそれに驚いている場合ではない。

「……貴様ら、何を探している」

 木の上から目の前に降り立ったのは、灰色の髪を肩まで無造作に伸ばした男だ。その頭には獣の耳が生え、向かい合っていてもフサフサの尻尾が見える。

「何故獣人がここに?いや、問われているのはこちらだったな。エルフの里に行きたい。案内して貰えるか?」

「なんだ怪しい男だな。何用だ?」

 第一印象を悪く言われて口を閉ざしてしまったクロ。彼の厨二病は治療の余地があるのかもしれない、とスイは思う。何事も自覚する事から始まる。

「話がしたいだけなんだ。……あれ?そうだよな、兄貴?」

 詳しく話をしていなかったスイのせいで返答に困るロイ。しかし無言で頷くスイを見てホッとし、獣人の相手に親近感を覚えたロイは再び口を開く。

「俺はロイ。あんたは何故ここに?多分、あんたの実力なら単独で獣人の里に避難する事も可能だろ?」

 ロイの判断は正しかった。この獣人は狼種族で、白虎であるロイと同じくらいに、生まれながらに持った力が強い。その上、長い間狩暮らしでもしてたのか、佇まいは猛者を感じさせる。
 それを即座に判断しての質問であったが、彼は呆れたように首を振る。

「俺はフーガ。そもそも俺は群れる必要がない。同族と仲良しこよしする程ガキじゃねえ。エルフ族に許可を貰った上でこの森に住んでいるからな。危険な人族は惑いを恐れて来ないし、食にも困らない。……まあ、そのせいでエルフからの依頼は断れないんだけどな」

 そう言うと、フーガは二本指をこめかみに当てて黙った。
 何処かで見たポーズだ、とスイは思ったが、それよりも言いたい事があった。

「「まさに一匹狼」」

 同じ言葉を発したのはクロだった。もしかしたら気が合うのかもしれない。しかしスイは彼の格好を再確認してから、その考えを否定する。自分にはあんな格好は恥ずかしくて出来ないと思ったのだ。

「……そう、人族が二人、獣族が一人、それと……不審人物一人だな」

 何処かと通信を取り始めたのだろうか、フーガは見えない何かに話しかけている。勇者一行はただそれを待つ。

「え?金髪碧眼……ああ、そうだ。え?ゆ、勇者?」

 少し驚くフーガにスイは大仰に歩み寄り、腕を組んで偉そうに言った。

「いかにも。俺が勇者だ」

「あ、あんたラスとルスと会った事があったのか?」

「うむ」

「「先に言え!」」

 今度はミラとフーガがハモる。

「俺が口を開く手間を省くために、物事が勝手に進行する可能性に賭けたのだが、上手くいかんな」

 ミラとフーガにジト目を向けられ、クロですらも表情はわからないがスイに視線を向けていた。ただ一つ、ロイの視線だけは尊敬の色に染まっていたため、スイの中に罪悪感は生まれない。尊敬の理由は、効率的な体力配分である。

「……とにかく、だ。このまま真っ直ぐ行け。幻惑魔法は解かれる」

「なるほど……惑いの原理は魔法だったのね……でも不思議な魔法だわ。人族はその可能性にも行き着いていないもの」

 ミラの言う通り、人族の知識では幻惑魔法も、通信魔法も生み出されていない。まだ見ぬエルフはどれほど力を秘めているのか、ミラは戦慄した。
 しかし門番を任されているであろうフーガに通されたのだし、スイもエルフに会った事があると言う。それならば諍いの心配は不要かとミラは結論付けた。



「……ステューシー」

 先に進む一行から遅れてのんびり歩くスイは去り際に、フーガの静かな声を聞いた。いや、クロにも聞こえていたが、彼は敢えて聞き逃した。

「厄介事は御免だぞ」

 念を押すがフーガは口を止めない。

「里外れに住んでいる憐れな少女だ。どうか救ってやって欲しい」

「お前に出来る」

 スイの投げやりな後押しは無駄であり、フーガはため息を吐く。

「俺では彼女の力を生かせない。お前に必要なものだ」

「……会わねばわからん」

 スイの心が揺らいだ所で、遥か前方からミラが手を振った。早く来いという事である。

「勇者を置いていくとはけしからん……フーガ、孤独は楽しいか?」

「最高だ」

「飲まれるなよ」

 そう言い残し、スイは歩き出す。
 彼とその少女とはどんな関係か、スイには想像がつかなかったが、一匹狼が気にかけるくらいには良い奴なんだろうとスイは考える。
 しかし心配したのは、仮にスイがステューシーを助けたとして、残されたフーガは深く暗い孤独に陥るのでは無いかという事。
 それはいつかの自分みたいに――



「やっほー!お久しぶりです!」
「やっほー!来る頃だと思ってました!」

「わわっ、ほ、本当にエルフだ」

 ロイが驚くのも無理はない。獣族と違い、目撃情報がごく少ないエルフが気軽に里の外まで人族を迎えに来たのだから。

「久しいな、ラルス」

「むむっ!ラスと」
「ルスなのです!」
「でも、繋げてもいいです」
「今日は初めましての方が多いですね」
「でも、この不審者様は父様の報告にあった……」
「ああ、なるほどです」
「ともかく、案内しますよ」

 ハイテンポな双子は、人数が多い勇者パーティよりも多くの言葉を交わしながら前を歩く。スイにとってそれは、少ない言葉で多くの答えが返ってくる様なもので、大変楽である。

「すごい……美しい魔力ね……」

「美しい女性に褒められると悪い気はしませんね」
「お姉さんも特殊魔法が使える様に頑張ったらいいです」

 首を傾げるミラに得意げに話す双子。彼女らの話に耳を貸すスイだが、ふと何処かからか視線を感じた。

「特殊魔法とは、さっきお見せした通信や幻惑、それから空間魔法などがありますね」
「空間魔法は転移などが主な使用法でしょうか」
「ただ、空間魔法を使える者は里の中でも……」
「こら、またお喋りが過ぎるって怒られるよ」
「そうでした」

 間もなく、木が減り、いくつかの小屋が集まった場所が見えて来た。柵が無いのは幻惑魔法で他者の侵入を未然に防いでいるから必要ないのか。そこがエルフの里である事は誰もが理解したが、スイは里外れ、少し離れた場所に建つ小屋を見つけた。


「……ラルス。なぜ一軒だけ隔離されているんだ?」

「ん?ファテマさんのお家ですね」
「あの人は一人がお好きだそうで」
「でももう一人住んでるって噂だけど」
「そっとしておくのが優しさです」
「あんまり人前に出てくる人じゃないしね」

 スイは何となく隣のクロを見た。仮面が邪魔で彼の表情は窺えなかったが、何を思っただろうか。

「…………」

 フーガの話も、スイの視線にも気付いているだろう。彼は感覚が鋭いのだから。それでも無言という事は、この件は任せる、と言われている様だった。


「めんどっちぃな……先に行っててくれ」

「え?どうかしたの?」


「ではあの大きな木の下の立派なお家に来て下さい」
「立派って言っても、他とそんなに変わりませんが」

「わかった。ミラ、得意のギャグで場を作っておいてくれ」

「え!?私ギャグなんてないわよ!」

 立ち止まったスイはそのまま里の中央に向かう仲間達を見送る。
 クロの口元が微かに笑ったように見えたのは、気のせいではないだろう。
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