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四章 仲間

Sランク依頼

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「メリー、部屋の準備を頼んだ。食事は用意出来ているだろうか?」

「は、はい」

 城内に入った一同を迎えたメリーは、流石に少し戸惑った。何せ獣人が目の前にいるのだ。
 亜人が悪役の物語は、幼い頃に幾度も読み聞かされた。だから亜人に会ったら逃げなさいと、何度も教えられた。そしてそれは自分だけじゃない、とメリーは知っていた。そう、誰もが亜人の恐ろしさを教え、教えられていたのだ。故に“常識”としてすり込まれた亜人に対する恐怖や嫌悪感は無意識に浮かび上がり、感情を支配し始める。
 しかし――

「初めまして、俺はロイ。勇者様と共に救いたいモンを救う為に来た。出来れば仲良くして欲しいけど……無理は言わない」

 メリーと歳が近いロイの笑顔は、人の良さを判断するのを簡単にさせるものだ。

(何よりも……)

 メリーはスイを見る。

「ロイ、今の様に抽象的な言葉というのは大変重宝する。具体的な意思を言葉にすると、誰かの味方に付けたとしても、誰かの敵になる。つまり面倒事が起きる。しかし、抽象的な言葉だけならば、敵味方、善悪を判断する事が難しい。その上はっきりと物事を言わない事は、後々言い訳が通り易くなる。何とでも弁解できるのだ。つまり面倒事が起きる可能性は低くなるし、万が一も未然に防ぐ事が可能になる。つまり俺は今のやり方が好きだ。忘れるんじゃないぞ」

 彼はロイを教育する。
 そう、怠惰な主人が、面倒事になるであろう亜人を仲間にするのだ。
 それに彼は常々「亜人は良い奴だ」と言っていた。メリーが恋い焦がれた彼が言っていたのだ。

「私はメリー。スイ様専属のメイドです。辛い事を申し上げますが、この城で貴方――獣人のロイ様を良い目で見る者は、この場にいるだけでしょう。ですから、ロイ様の身の回りの世話は私にお任せ下さい。勿論、スイ様を優先します」

 メリーの感情は驚く程簡単に平静を取り戻した。自然に口をついた言葉は、自身が亜人を差別しない事を宣言していた。

 対するロイは、「ありがとう、でも最低限自分でやるからあまり働き過ぎないでくれ」とメリーを慮り、その後にメリーの言葉に引っ掛かりを覚えた。
 この場の三人とは、スイ、ミラ、メリーの事だろう。さて、この前里に来たデヴィスさんはどこに――
 しかしこの場ではそれを問わず、空腹勇者の後ろに続いて食堂に入る。
 ロイがデヴィスの死を知ったのはこの日、メリーに部屋を案内された時だった。スイが隣室で既に眠っていた為、彼の哀しみを掘り起こさなかった事が、ロイとメリーにとって幸いであった。


 ――――――――――――――


「なあなあ、聞いたか?王城に獣人が暮らしてるって」
「ああ、昨日のだろ?俺は見たぜ。確かに獣人が勇者様にもてなされてた」
「でも、あたいは見た感じ……悪い奴には思えなかったよ?」
「「獣人がか?」」
「え、うん……第一、勇者様が受け入れたんなら、それなりに信用出来るんじゃない?」

 早朝でもそれなりに賑わった王都の冒険者ギルド。話題は専ら、昨日の獣人侵入事件である。
 いや、王都には侵入したが、王城には勇者や魔法師ミラが受け入れる形で入っていった。
 彼は危険か安全か。勇者様の考えは。亜人嫌いのミラの心境の変化は何故。
 そんな不毛な議論の中、まさに話題の一団が扉を開いた。

 ざわっとギルド内は騒めく。
 勇者はいつも通り気怠そうに、ミラはいつも通りにこやかに、そしていつもはいない獣人のロイは力強く、自信ありげな笑みを浮かべていた。
 皆が硬直する中をスイが歩き、受付に進む。しかし、皆の様に視線だけを動かす石人形になっていない者が二人いた。

「……あいつで、間違いないんだな?」
「ええ、まさか勇者様のお知り合いとは……しかしそれなら納得……」

 その冒険者達はスイの前――を通り過ぎ、ロイの前に来ると同時に、深く頭を下げた。

「「昨日はありがとうございましたっ!」」
「助けられても、俺が寝てる間にどっか行っちまうもんだから……こいつに話を聞いた時は俄かに信じられなかったけど、あんたは良い奴だ!いくら感謝しても足りん!」
「そうだ、兄貴の命の恩人だ!あんたのお陰で俺たちは今もこうしてここにいるんだ」

 昨日のロイの魔力を感知したスイとミラには、ロイがこの冒険者達を助けたのだろうと察しがついたが、何も知らない傍観者達は唖然とするばかり。何せ、Bランクの冒険者達が、薄汚い獣人に頭を下げているのだ。

「あ!貴方が彼らをサイクロプスから救って下さったのですね……。重ね重ね感謝致します。さて、ロイ様、ですね?貴方も冒険者登録なさるんでしょうか?」

「「「サイクロプス!!?」」」

 受付嬢の言葉に面白いほど反応した傍観者に、スイは自慢する様に言った。

「こいつはこのギルドのマスター、オカマアミーゴよりも強い。だから今日は、パーティを組みに来た」
 そう言って更に驚愕する声を背にし、受付嬢に向き直る。

「そうだ、ロイの冒険者登録と、この三人で勇者パーティを組んでくれ。名前は――『怠け隊』だ」

「「ちょっと待って!!」」

 ミラと、いつの間にか現れたアミゴの声が重なった。

「アタシの名前が変わってる事はいいとして……」
「貴方のネーミングセンス最悪よ、スイ!」

「む」

 スイの「む」は、必要の無い唸りであった。
 スイは怠惰故に、面倒事が減ればいいと希望的観測を持ちながら不満を呟くことは多い。
 しかし、不満にもならない、意味のない唸りは珍しい。意味がないことはしない、それがスイだからだ。
 つまり、スイはガラにもなく思わず唸ってしまう程には、勇者パーティ『怠け隊』のネーミングを気に入っていた。事実、顔を合わせていた受付嬢はスイの僅かなドヤ顔を見逃さなかった。

「これを拒否するとは……オカマは興味ないが、ミラ。君にはがっかりだ」

「えっ!?わ、私が悪いの!?」

「ミラ姉……兄貴のネーミング、ピッタリだと思うけど……どうしてもダメか?」

「そ、そんな目で見ないでよ!確かにスイにピッタリだけど、勇者にはピッタリじゃないわ!」

「それなら俺は勇者を辞めても良い。この名で活動出来ぬなら、俺はパーティを組めない」

「ちょ、そこまで!?」

「……あの、申し上げにくいのですが、名前は不要というか……勇者パーティで通じるので、決めて頂かなくても構いませんが……」

 受付嬢の一言に一同は落ち着いた。結局この後、スイは一度も『怠け隊』を名乗らなかった辺り、本当は大して気に入って無かったのではないか、とミラは不満に思った。責められ損である。

「そういえばスイさん?Sランクになったのよね。仕事を斡旋してあげるわ」

 勇者パーティと受付嬢の一悶着を微笑みながら見守っていたアミゴが思い出した様に一枚の紙を持って来た。

『Sランク依頼 惑いの森捜査』

「おい……依頼主のロヴィーナとは誰だ」

「あら、アタシの事は知ってても、エドンシティのギルドマスターの名前は知らなかったのね?なんだか嬉しいわぁ」

 やはり、とスイは思う。以前魔鼠の依頼で話した時、エドンシティのギルドマスター、ロヴィーナはエルフを酷く怪しんだ。きっとスイの脅迫があって手を付けられなかった森だが、先日の魔物王都襲撃事件を受けて、何処かに異常があると判断し、エルフが住むと言われている惑いの森を疑ったのだろう。
 こんな依頼を出されては森が汚される。破壊される。エルフの里が見つかり、攻撃されるんじゃないかという万が一も考えられる。
 話が違うじゃないかと、スイが苛立ちで口を開こうとした時だった。

「スイさん。ロヴィーナは最初に貴方にこの依頼を見せて、貴方が受けなかったら依頼ボードに貼り出せって言ったわ。何があったか知らないけど、きっと貴方に受けて欲しいのよねぇ」

 アミゴのスイにだけ聞こえる囁きは、スイを納得させた。

「そういう事なら仕方ないか……内容はなんだ」

「流石勇者様ね。簡単よ。森の生態系の調査と、漂う魔力が自然に沿ったものか確かめるの。この魔道具を持って森を歩けば、不自然な魔力に対して警報を鳴らすわ。生態系の調査は、言うまでもないわね。過去のデータを渡すから、常の森ではあり得ない生物を見かけたら記す事ね」

 そう言って渡された紙束と魔道具をポーチに仕舞い、ロイに冒険者カードを手渡した受付嬢に挨拶をした。

「では直ぐに出発する」



 勇者一行を見送ったアミゴはギルド内を見渡して、ボソッと言った。

独創魔法オリジナルかしら……とんでもないちゃっかり勇者ね……」

 その呟きに反応した受付嬢は首を傾げてアミゴを見た。

「貴女、おかしいと思わない?疎まれ続けていた獣人がこんなにも簡単に受け入れられる事が。確かに、あのロイさんは可愛い子だし、勇者様と一緒にいる。それに実力があって人助けもした。でもね、人ってそんな些細ないくつかの判断材料よりも、長く長くすり込まれてきた“当たり前”を重んじて見ているの。だから、これだけいる人の中で、一人もロイさんに突っかからない事は不思議でしょうがないの」

「あっ……」

 アミゴの言う通り、受付嬢も自分が亜人に対して、人と同じ様に接していた事を、今更ながら不自然に感じた。
 そしてそれはアミゴも同じだった。だから魔力を探ったのだ。何か良からぬものが絡んでいるかもしれないと。しかしそれは杞憂だった。魔力は勇者から発せられていた。
 勿論、勇者が良からぬ事をする可能性も無いわけではない。しかしこれを言ってしまうと勇者を召喚した王を非難する事と同義であり、リクハート王を悪く言う事はこの世界で生きる事を困難にさせる。それはアミゴの女の勘(男だが)で分かった。
 尤も、スイに惚れ込んでいたアミゴ(男だが)がスイを信じないわけがなく、大人しく魔法に掛けられていたのだ。

「きっと精神汚染に対抗する魔法かしら……」

 そこまで言ってアミゴは思いついた。闇魔法の『侵食の波動イロージョンウェイブ』は精神汚染を促す魔法だが、光魔法でその逆の効果の魔法を創ったのだろうと。
 本来魔法を創るなど容易く想像できることではない。だが、勇者一行を見てる時のアミゴの気持ちは、未知の魔法を使われているのかと思える程とても温かいものだった。

「まぁ……勇者様が何をするにしても、彼は私の正義です」

 この受付嬢は、外見にはあまり出ない様にしているが、すっかり勇者の虜だ。なんでも彼の仕事ぶりに感動したと言う。面倒臭がりに見えてよく働く、という所が彼女のツボだったらしいが、アミゴには理解できなかった。

「そうね、私は大人の女だから若い男の活躍を遠目から期待してるわ」

 冒険者達はアミゴの声が聞こえたのか、「何を言ってるんだ」という顔を向けていたが、勇者一行の、獣人ロイに対する評価はおおむね良好であった。



 ――――――――――――――



「違うぞ。もっと影を薄くするんだ。自分を空気だと信じろ。漂う魔力に身を任せ、そのまま溶け込むんだ」

 王都から出て、北東に向かっている一行はまるでピクニック気分である。

「くーっ!本能が拒むこの感じがむず痒くて上手くいかない!」

「スイ……その移動方法だけはやめて欲しいわ……」

 ロイに隠密を教えるスイ、種族的に苦手種目なのか、頭を抱えながら悔しがるロイ、スイの行動を咎めるミラ。
 因みにスイは両手を頭の後ろに組んで地面と平行になって浮いている。つまり、『飛行』を用いて空中で寝転がっているのだ。そんな楽そうな格好だが、移動ペースは遅くない。

「パーティ名を拒否した上に優雅な飛行までも咎めるか。やはりミラは小姑のままだな」

「な、なんですと!」

「うぉおお隠密うぅ!」

 まさに混沌とはこの事である。
 怠惰で孤独を好む自分がこんなに騒がしい奴らに囲まれるとは、とスイは笑った。最近笑う事が増えた、と自分でも思う。特に意味はないのだが――

「な、なんだ!?」

 技術の練習中でもしっかり反応出来るとは、ロイは大したものだとスイは思う。
 しかし現れたのは敵ではない。初対面のロイは知らないのだが。

「調子はどうだ?暴走勇者」

 現れたのは不審者――ではなく、黒に包まれた漆黒の英雄。
 きちんと足で地面に立ったスイは顔を顰める。彼の言葉のせいだ。
 最近“欠落勇者”や“悪戯勇者”などのあだ名を付けられるが、スイ自身では“怠惰な勇者”を名乗りたかった。怠惰と自己主張する事で、面倒事というのは離れて行く。スイはそんなまじないを信じていた。

「バッチリだ。あの時、駆けつけてくれた事、感謝する」

「貴様の為ではない。……エルフの里に行くのだろう?俺様も行こう」

 三人は驚いた。王都を出てすぐ、ミラは「渡りに船ね。この依頼を口実にエルフの里に近付けるわ」と話していた。誰もいなかったからそんな話をしたわけで、漆黒の英雄がそれを聞いていたとしたら、とんでもない隠密スキルである。
 しかしそれよりも、スイには確認したい事があった。
 ロイに漆黒の英雄を紹介し、何故かロイの事を知っていた彼にスイは歩きながら訪ねた。

「お前はほとんど知っているのだろう?」
「なんのことだ」
「北の大陸にいる魔族は、人族が嫌っている魔族ではない。あの時の襲撃で現れたのは――俺は魔人と呼んでいる」
「俺もそう呼ぶ事にしよう」
「魔人の元は人だ。人の負の感情を増幅させ、そこに人格を形成し、その者を操る。俺も飲まれそうになった」

 ミラとロイは大きく驚いていた。特にミラはあの時のスイをよく覚えている。魔族の真実を知ったことも驚きであるが、スイがピンチだった事に更に愕然とした。

「問題は、何が人を魔人に変えるのか。ついでにリクハートの正体は知ってるか?」

「話が飛ぶな。しかし当てずっぽうではなさそうだ。どちらも俺に答えることは出来ん。だが一つアドバイスが出来る」

 答える事が出来ない、という事にどんな意味が含まれるのか。彼は答えを知っているのか、知らないのか。
 しかし教えてくれないなら仕方ないと、スイはアドバイスを聞く事にする。

「リクハートには決して逆らってはいけない」

「クロはリクハートに会った事があるのか?」

「黒ではない。漆黒だ」
 そう言った後に、今度ははっきり言った。

「無い。しかしあの途方も無い力は王を名乗るに十分……いや、神を名乗ってもバチは当たらぬかもしれん」

「それほどか……」とスイはため息を吐いた。

「他に教えてくれることは?」

「……偉そうな勇者だな。何もない」

「そうか」
 スイは呟いて、寝たまま移動する『怠惰飛行』を再び行う。

「あ、あの、クロ様は何故エルフの里に?」

 ミラの遠慮がちな質問はスイもしようと思っていた。だが、リクハートの話を聞いている内に何もかも面倒になってしまった。

「黒ではなく……まあいい。単純に興味があるだけだ。あの森は俺様でも攻略が不可能であった」

「なるほど、迷子になったか」

 そう、惑いの森は入ればほぼ確実に帰り道を失う。以前スイが入った時迷子にならなかったのは不思議であったが、クロでも迷子になるのかとスイは面白がった。

「迷子ではない。俺様の進む道というのは闇に閉ざされ、芸術を催した様に複雑に絡み合っているのだ」

「そうか」

 スイは少し安心した。
 クロは紛う事なき強者だが、相当なアホである。彼がアホである限り、スイは彼と敵対する可能性はないな、と思った。
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