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一章 勇者召喚
怠惰な訓練
しおりを挟むスイが異世界へやって来た翌日の早朝、広い中庭に二人の影があった。
「魔法には属性魔法と補助魔法、禁魔法があります。属性魔法には七属性、火、水、風、土、雷、光、闇があります。これらは主に攻撃魔法となるでしょう」
ミライアは説明しながら、火を出したり水を出したり、それぞれの魔法を実演していく。
「私は初級の魔法なら無詠唱で発動できますが、魔法とは想像で形作って詠唱で具現するもの、そう伝わっています。それから七属性全てを扱う事が出来る魔法使いは魔法師と呼ばれます。もっとも、魔法師ではなくても強力な魔法使いはいます。闇属性魔法に優れた『漆黒の英雄』は良い例でしょう」
「漆黒の英雄?」
目が覚めた時、短時間睡眠で長時間活動可能な身体になってしまった事を嘆いていたスイも、今は真面目にミライアの授業を受けている。魔法は面倒半分、興味半分といった所だ。
「ええ、数年前から活発に活動しているわ。ギルドの冒険者なのだけど、神出鬼没、単独を好む黒尽くめの男。闇属性魔法の使い手はあまりいい顔されないけど、彼はミステリアスな強者だと、人気が高いわ。恐らく冒険者として彼に並ぶ者はいないんじゃないかしら。スイもきっとどこかで会う事になるでしょう」
ミライアはニコッと笑うと「授業の続きです」と仕切り直した。
「補助魔法についてですが、これは回復や、対象のスピードやパワーを増強させる魔法です。勿論自分に使う事も可能ですよ」
言いながら今度は、スイにパワー増強の魔法をかけた。
スイは「ふむ…」と言いながら王城の壁を殴ろうとして、ミライアに止められた。
「ただでさえ強いのに、補助魔法がかけられた貴方の力じゃ簡単に崩れちゃうわ」
「こほん」と咳払いをして、ミライアは再び仕切り直した。
「最後に禁魔法についてですが、これは深く関わらない方が良いでしょう。大きな代償を払う事になりますから」
そう言ってから「白犬 召喚」と唱えると、魔法陣からスイの腰ほどの高さの二足歩行の白い犬が現れた。
「実は貴方を召喚した魔法陣も、誰が作ったかわかりませんが禁魔法なのです。しかし召喚の類なら、代償は大きな魔力だけなので危険はないでしょう。しかし、中には寿命を奪う魔法、身体の自由を奪う魔法もあると聞いたことがありますから、絶対に手を出してはいけません」
スイは白犬の頭を撫でようとして、しかしその手は白犬によって振り払われた。
「まあ、召喚魔法なら危険はないと言いましたが、代償の魔力が大きすぎる為、戦闘には向かないでしょう。必要ないかと思います」
ミライアの「必要ない」にショックを受けた白犬は、八つ当たりでスイに噛みつこうとしている。
「さて、早速実践してみましょうか。魔法でこの白犬を消滅させて欲しいのですが、まずは魔力の操り方を教えま――」
――ズドゴォォォン
「………………はい?」
白犬が居た場所にはクレーターが出来、それをやった本人は不満そうに呟いた。
「どうやら闇魔法が使えない。何故だ」
ミライアは驚いた。何も教えていないのに出来たのか、詠唱を必要としないのか、何よりあの一瞬で闇以外の六属性魔法を同時に放ったのか。
そして数秒の硬直が解けた後、説明した。
「勇者という立場のせいでしょう。聖なる希望の光に、闇魔法は似合いません。同じ理由で教会に仕える者たちにも闇魔法は向きません」
「仕方ないのか。じゃあ俺は明日から授業を受けなくていいか」
「構いません」
ミライアは反射的に答えてしまったが、スイが放ったのは簡単な具現した魔法だ。応用方法などを教えなくては強力な魔法は使えない。
それを伝える為に口を開くが、いつのまにかスイは中庭に居なかった。
「まあ、後は実践で出来るようになるでしょ……」
というか、もう出来るんじゃないか。昨日からスイに驚かされてばかりだ。疲れたから昼寝しよう。
まだ太陽が昇ってすぐだというのに、ミライアはそう考えながら自室に戻った。思考が怠惰でスイのようだと自覚しながらベットに倒れこんだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
スイは食堂で朝食のサンドイッチを頬張っていた。
昨夜のディナーも、早朝の果物も非常に美味であり、スイは異世界でも三回の食事を楽しみにしている。
「スイ様、デヴィス様がお呼びです」
ミライアが授業終了を報告したのだろうか、食後に紅茶を嗜んだ後、メリーに案内されて訓練所に入る。
「スイ、魔法の腕前は天才だと聞いたぞ。ミライアは後は実践で磨けば良いと言っていた。つまり残った時間は全て剣術を教えよう」
待ち構えていたデヴィスはスパルタ教師の笑みを浮かべて言った。
(ミラよりめんどいおっさんだな…)
スイはどうやって早く終わらせるか考えながら訓練用の剣を持った。
「さあスイよ!とにかく実践あるのみ!まずは私から行く!」
デヴィスは言いながら迫り、縦に剣を振り下ろす。
スイはさらりと躱すが、下された剣はそのまま横に、スイを追う。
今度はジャンプして避けたが、剣はいつのまにか空中にいるスイの胸の前に構えられていた。
――もう躱せないだろう。
デヴィスはそう思い、刺突を繰り出す。
しかし、スイは宙を蹴り、デヴィスの背後をとる。
空を貫いた剣はスイと反対方向を向いている。
チャンスと思ったスイは渾身の一撃をデヴィスにお見舞いするつもりで振りかぶった。
そして、デヴィスが怪我をして訓練が休止になれば重畳だと非人道的な考えを持ちながら剣を振り切った。しかし、
――ガキィィィン
ありえない位置から剣を持ってきたのは流石王都一の剣士と言えるだろう。
辛うじてスイの一撃を防いだデヴィスは大きく弾き飛ばされ、口の端を上げた。
「ふっ!なんというセンス!魔力の身体強化を会得した上で、『宙蹴り』まで使いこなすとは!これからが楽しみだ」
対してスイは、訓練が長引きそうだと思い、「俺はもう飽きた…」と呟く。
「ほう。では訓練は最初の段階にして、スイにとって最後の段階に入ろう。お主が唯一出来ていないことを教える」
そう言ってデヴィスはネックレスとブレスレット、ベルトをスイに寄越した。
「それは全て魔封じのアクセサリー。体内の魔力を操作不能にする道具だ。三つ渡したのはスイの膨大な魔力は一つじゃ抑えきれないと思ったからだ」
言いながらデヴィス自身もブレスレットを身に付ける。
「さあ、最後の訓練は剣術の基礎にして真髄。王都一の剣士の流派を教えよう。俺に打ち込んでこい」
デヴィスが構えるとスイは猛攻を繰り出す。
カーン。
カーン。
ギィィン。
「魔力を扱わずとも素早く、重い剣。さすが勇者の身体能力。だがな――」
スイの猛攻を軽々受けていたデヴィスは姿勢を変え、スイの一撃を受け流し、その脇腹を軽く小突いた。
「お主の剣は素人。典型的な、力だけを持った剣だ。だからこそ基礎を固めろ。それは大いなる成長を促す」
尻餅をついて、両手を地面についたスイに、デヴィスは剣先を向けて言った。
「スイ。お主は飽きたと言っていたな。だが本当の訓練はここからだ。私がお主を飽きさせないようにしてやる」
デヴィスは決まったと思い口角を上げる。
格好つけたのはスイのやる気を引き出すためだ。何もかも上手くいけばそれは飽きるだろう。
しかし、叩きのめされて煽られれば、男として黙っていられない。怠惰なスイでも、夢中に取り組んでくれるはずだ。
スイのニヤけた顔を見て、デヴィスは思い通りになりそうだと、自身も笑みを深くする。
だが、ニヤけたスイの発言は予想を斜めに上に行く事だった。
「そうか、それはありがたい。俺は長時間物事に取り組むと飽きやすい性格でな。デヴが飽きないようにしてくれるって事は、訓練の時間を短縮するって事だな。今日はここまで、明日からも同じ時間に同じくらいの訓練をしよう。おつかれさん」
「………………え?」
デヴィスは予想外過ぎる言葉を聞き、自分の耳を疑った。
しかし、固まった思考が回復する頃には既にスイの姿はなく。
「た、怠惰が過ぎるッッ!」
デヴィスの嘆きは、訓練所を後にし、大きく伸びをするスイの背中には届いてなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お疲れ様。スイの姿を見ていないかしら?」
「はっ!ミライア様。勇者殿はあの屋根の上に………おや。さっきまではあちらで寛いでましたが」
「ネコかっ!……こほんっ。ありがとう。では勤しんでね」
スイがミライアの授業を卒業した翌日の午後である。朝の短時間はデヴィスの訓練を受けているらしいが、その他の時間は何しているのかと、ミライアはスイを探しに城の庭、二人の門衛にスイの居場所を尋ねていた。
「しかし城の屋根で寛ぐなんて、スイが暮らしていた世界は奇人があふれていたんでしょうね……」
城内に戻りながらブツブツ呟いているミライアには聞こえていないが、「ミライア様は勇者殿が来てから雰囲気が変わったなあ」とか、「クールな雰囲気が崩れつつある」などと門衛が話していた。
「あ、メリー」
スイの部屋に赴いたミライアは、メイドのメリーに出くわした。
「ミライア様。スイ様は暫く前に図書館へ向かいました」
尋ねる前に答えてくれたメリーに、ミライアは「流石メイド長の娘」と感心した。
「そういえば、スイが最初に装備してた鎧や剣はどうだったの?」
「王都の鍛冶屋でもわからない特殊な素材で、軽さも強度も並ではありません。ですが、特別な魔力はなく、目当てのものでは無いだろうと……」
スイが召喚時に装備してた物は、「邪魔くさい」との理由で初日に脱ぎ捨てられていた。
その邪魔な装備は鍛冶屋に鑑定に出していて、その結果について二人は話していた。
因みにスイは今、メリーの私物から与えられた、軽くて動きやすい『ホワイトローブ』を着用している。スイは知らずに気に入っているが、マジックアイテムでランクの高い装備だ。
「うーん、そうだよね。『聖剣』が勇者と一緒に召喚されたら都合が良すぎるよね。ま、勇者が本気を出せばすぐ見つかるわよ」
「……スイ様が本気を出す姿が想像できません」
「私も同じ事思ったわ」
二人はクスクス笑い合ってから別れ、ミライアはスイを探しに図書館へ向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『聖剣』とは、アルバリウシスに古くから伝わる伝説。
世界の均衡を保つ為に生まれたもの。
世界を救う為に現れるもの。
世界を救う者に扱えるもの。
救世の魔法陣に関しては書かれていなかったが、十中八九勇者の事だろう。何よりお決まりである。
スイはそう思い、本を閉じた。
「探しに行くか…」
何故か面倒臭いと感じなかったのは、幼い頃に忘れた胸の高鳴りか。少なからず異世界を楽しんでいる自分に気付いたスイであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ミライアがそれに出会ったのは、図書館の目の前の廊下だ。
「っっ!!?!」
「ん?おや、ミライアくん。どうかしたのかね?」
図書館の司書、カローである。
「いえっ、カローさん!なにも……えっと……はい、あ、そうだ!スイを見ませんでしたか!?」
ミライアの明らかに不自然な様子にカローは首を傾げながら答えた。
「ああ、スイ殿なら暫く図書館にこもっていたが……おお、スイ殿。丁度ミライアくんが探しているぞ」
カローの背後、図書館の扉からこちらを覗いているスイを見つけて、カローは手を振る。
対してミライアは、探し回ってやっと見つけたスイよりも、目の前の問題に頭がいっぱいだった。
(なに!?カローさんの髪の毛事情には気付いてたけど……なんでカツラが微妙に浮いているの!?新しいギャグかしら?光る頭頂部が見えてるけど、今王都で流行ってる自虐ネタってやつ?ってかカローさん風魔法なんか使えたっけ?……ん?風魔法……?)
ミライアはそっとスイを見つめ、その視線を辿る。
「……お前の仕業かぁぁっ!」
スパーーン。
『補助魔法・速度増強』でスピード強化したミライアは、一瞬でスイの元へ迫り、掌で頭を引っ叩いた。
スイの集中が切れたのだろう、「ポサッ」とカローの頭に落ちたカツラを見て、スイは「修行中だったのに……」と不満をこぼした。
カローは「んん?」と呻きながら頭をポリポリ掻いている。そしてこちらに歩きながら言った。
「ミライアくん、仲が良いのはいい事だが、暴力はいかんね。近頃、品がなくなりつつあると、使用人達の間で噂されているから、気をつけた方がいいよ」
ミライアは、全てスイのせいだ、と思いながら「すみません……」と謝った。
「うん、真面目な君だから問題無いと思うけどね、しかしスイ殿。さっきから…私の頭に何かついているのかね?」
スイは真面目な顔で答えた。
「そうだな、ついている、なんて生温い問題じゃ無い。強いて言えば、乗っている。それは黒く、悍ましい魔物のようにモサモサと――」
スパーーン。
「っはは!スイったら冗談が上手いですよねっ」
ミライアはスイを叩いた後、開いている窓から風魔法で花びらを飛ばし、カローの頭に乗せた。
そしてそれをカローの目の前で取って見せる。
「可愛らしい花びらが付いていたのですよ、カローさん!あっ、そういえば私はスイを探しに来ていたのでした!ではカローさん、御機嫌よう」
「ふ、ふむ、どうも」とわけがわからないカローを置いてミライアはスイの手を引っ張って談話室へ連れ込んだ。
「もう!怠け者かと思ったらとんでもない悪戯っ子ね!使用人の中でもカローさんのヅラ事情は神経張り詰めて気を使う問題なのよ!」
「そんなに面倒なら言ってやればいいじゃないか。おい、ヅラ、バレてるぞ、と。まあ俺の練習台になってくれたのは助かるけどな」
「練習台って……それよりスイ、空いた時間はいつもあんなことしてるの?」
スイは顔をしかめて言った。
「失礼だな。いつもヅラを追い回してるわけないじゃないか」
「…………そう、まあいいわ。スイに報告があって来たのだけどもね、外出許可が出たわ。勿論、外では勇者たる態度でね」
「……!…そうか」
ミライアはスイの喜色に染まった驚きを見逃さなかったが、大して気にしなかった。
「まあでも、暫くは私が付くことになるわ。今日みたいに悪戯されると困るから」
今度はあからさまに嫌な顔をするスイだが、止むを得ずといった風に頷いた。
「では早速明日は王都を見て回ろう」
ミライアは頷いた。
翌日、ミライアの部屋でスイとデヴィスが同情していた。
「情緒不安定なんて哀れだな」
ミライアはカロー司書の報告により、疲労による情緒不安定とみなされ、一日療養を取ることを義務付けられた。
密かに勇者と王都を回ることを楽しみにしていたミライアだけに、カローの気遣いを恨んだが、それよりも――
「アンタのせいでしょう!!」
お見舞いのプリンを頬張りながらスイを睨むミライアであった。
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