俺がお前を王にしてやる―隠れオメガクイーンは勇者様―

竜鳴躍

文字の大きさ
上 下
3 / 78

気に入らない婚約者と敬愛する勇者さま

しおりを挟む
「………スパイス、お前とローゼ=アムールの婚約は解消されたぞ。」

夕餉の際に、こともなげな父親であるビリヤニ伯爵の報告に、スパイスは目を輝かせた。
ロマンスグレーをオールバックにしている絞まった体躯の父は、我ながらスマートでカッコイイ。
こういう大人になりたいものだ。

「ありがとうございます!お父様!」

「この国一番のアムール商会と縁続きになれば利があると結んだ婚約だったが、オメガはオメガでも欠陥オメガじゃしょうがない。見目もオメガにしては普通だったし、お前にはもっと良い縁談を探してやろう。」

「そうねぇ、スパイスちゃんは一人っ子でうちの大事な跡取りですものぉ。旦那様に似て涼やかな目元にアンバーの瞳に艶やかな黒髪でアルファなのだし…。息子ながらこんなに素敵なのだもの、健康で良いご令嬢じゃなきゃ可哀そうですわ。跡取りも産んでもらわなきゃいけませんし!」

お母様ったらいつまでも俺を子ども扱いして、べったりで嬉しいけど恥ずかしい。


――――そうだ、はじめからいい縁談じゃなかった。

オメガのくせに地味眼鏡でちっともきれいじゃないし、ヒートと呼ばれる発情期も来ない、フェロモンの匂いさえしない無味無臭なオメガ。
社交界でも学園でも見たことがないから、彼が何者で何を考え、どういう人間なのかもちっともわからない。
かといって、あの地味なオメガに自分から歩み寄る気はこれっぽっちもおきなかった。

そもそも、うちは香辛料を扱っているから、大きな商会を営んでいるアムール伯爵家と結ばれれば……。
そんな婚約の申し入れだった。

俺だってできればマリエッタ嬢がよかったのに、アムール伯爵が彼を推してきて、婚約者になったのだ。


「だがしかし、アムール商会に良い条件で卸すのは難しくなったな。どこの商会と契約するか…。」

「ガーデン商会はダメなのかしら!繁盛ぶりではアムール商会より上だと思うけれど。」


「あそこは、シュヴァイツァーの系列だからなあ。本店は向こうでこの国の店は支店なのだよ。この国の貴族としては、この国の商会と取引したかったのだが…。」


「お父様、仕方ありませんよ。領地が潤う方が大事です。シュバイツァーが本店ならば、香辛料を向こうでも売ってもらえばいいのではないでしょうか。外貨を稼ぐとなれば、この国のためにもなりましょう。………それに、確か、この国の支店長は…。」


憧れの『あの人』を思い浮かべる。


「ああ、白薔薇の勇者様だったな!」

年齢不詳・性別不詳(たぶん男性)の麗しき勇者様!
何年か前から突如この国に現れたんだよなぁ…。
冒険者らしいけど、ギルドへ報告とか手続きが終わったらさっと転移魔法でどこかに消えてしまうという…。
一説ではその立ち居振る舞いも相まって、どこかの貴族がお忍びで冒険者をやっているのでは?と噂だ…。
去年出現したスタンピードからこの国を守って陛下から褒章も得ていて…。
国王陛下もたいそう勇者様を気に入っているらしい。


「そうだな、ではさっそくガーデン商会に文を送ってみよう!向こうから返事が来たら、交渉に向かうぞ!」

お前も付いてくるように、と言われ、二つ返事で頷いた。







数日後、ガーデン商会に向かうと、応対してくれたのは『彼』だった。
真っ白な天使のような艶やかな髪に、桃色の瞳。
白い肌の上にあるすべてのパーツが華やかで完璧で、まるで女神のようだ…。


「席へどうぞ。ビリヤニ伯爵さま。私はワイズマンと申します。」


ワイズマンというのか~。家名かな…。ファーストネームは教えてもらえないのだろうか。
彼をウットリ見ているが、お父様は何やら驚いた様子でおろおろしている。


「わ、ワイズマン…。ワイズマンといいますと、シュバイツァー王国の知恵袋、代々相談役を仰せつかっている王立図書館の主、懐刀…。名門中の名門、ワイズマン伯爵家…のワイズマン、でしょうか。」


「はい。爵位こそ伯爵家ですが、王族や大神官さえも敬うという、あのワイズマンです。」


「ゆ、勇者様がこのお店の支店長なのは存じ上げておりましたが、なるほど、あちらのご出身でしたか。」


「出身はこちらなのですがね、母があちらなので。ワイズマンは母の家名なのですよ。この店を立ち上げる際には、母の実家にはお世話になりました。」

「成程…。」


一挙手一投足が美しい。

声もなんて聞きやすく、歌のようなのだろう。

お父様との交渉はうまくいったようで、羊皮紙にすらすらと彼の人は名前を書いた。


『ローゼ=ワイズマン』


あの元婚約者と同じ名前か…。

同じ名前でも向こうは名前負けだが、こちらは納得だ。



彼がオメガで私の婚約者だったら素敵だったのに。

でも、勇者で商会主のやり手の彼がオメガなはずはないな…。







うっとり頬を染めてバカだな。

商売相手としてはビリヤニ伯爵家は悪くないが。

こちらも『ヒートの来ない孕めない欠陥オメガ』を装ったのだから非がある。
婚約解消だって何とも思ってないし、でもなんだか見た目を変えただけでこうも変わるとなあ。
そう頻繁に会っていたわけではないとはいえ、間近でも全然気づかないんだもんな。

閉店後、自分の執務室で今日の帳簿をつけながら、乾いた笑いが唇に浮かぶ。


「あらあら、婚約者のこと好きだった?」

夕餉の時間なのだろう、いつの間にか母が部屋に来ていた。

「お母さま。別にそういうわけでは。」

母の顔にやけどはない。

あの家を出て、やけどについての診断も得たので、自分の治癒魔法できれいに治療し、輝くばかりの美貌を取り戻している。
今からでも1人くらい出産できるだろう母は、誰かと一緒になる気はないらしい。
伯爵に囚われる前も、結婚願望はなかったそうだ。

「好きな相手が出来たなら、薬を止めていいのよ?」

ワイズマンの天才研究者である母が長い時間かけて製薬を成功させた完全なヒートコントロール薬は、俺が第二次性徴を始める前には完成した。もちろん副作用は一切ない。
ちょうど、母がやけどを負った頃だ。
母と伯爵は運命の番というやつだったらしいが、『火傷』ができて美が損なったからだけじゃない。
薬のおかげで伯爵は母に興味をなくしたのだ。
そして、俺もヒートの苦しみのない体を手に入れた。

ヒートさえなければ、オメガは発情の苦しみもなく、いたずらに集中力を欠いたり長く休みがちになることもない。
母のように『運命の番』というやらに惑わされて人生を失うこともなく、自分の力を最大限発揮できる。

学園に通わなかったが母のおかげで俺は知識を蓄えたし、いつか外に出るための隠し資金を溜めるため、少しの合間に屋敷を抜け出して冒険者をした結果、勇者と呼ばれるようになった。


「ありがとう、お母さま。でもまだしばらくはいいかな。俺は、オメガの特性が出ていない状態で好きになれる人ができるなら…。その時でいいかなって、さ。」

「そうねぇ。『運命』っていうけど、迷惑だものねぇ。頭が馬鹿になっちゃうし。」



「お嬢様、ローゼ様。夕餉が冷めてしまいます。」

「「あっ。」」


シュヴァイツァー王国のワイズマン伯爵家から来てくれた侍女のメリージェンがため息をついている。
前髪をぴっちり七三に分けて、長い髪をひっつめにした、眼鏡で高身長・細身のクールビューティ。
彼女とお母様は昔からの友人らしい。


………なんとなく、彼女とお母様が良い感じな気がするのは、俺の気のせいだろうか。




友人、といえば。

いつも気弱な冒険者仲間のアーシュ。

好き、か分からないけど。俺はあいつを気に入っている。

なんか気になるんだよなぁ。
絶対あいつは家でなんかあるんだ。
あんなお人好し…。

俺は、泥水をぶっかけられようが、朝から晩まで働かされようが、陰口を叩かれようが、なにくそってやってこれたし、家を捨てることができたけど。
あいつは、そういうタイプじゃない…。


助けてやろうとか、思ってるわけじゃない。

思ってるわけじゃ…。


しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。 領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。 *** 王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。 ・ハピエン ・CP左右固定(リバありません) ・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません) です。 べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。 *** 2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

貴族軍人と聖夜の再会~ただ君の幸せだけを~

倉くらの
BL
「こんな姿であの人に会えるわけがない…」 大陸を2つに分けた戦争は終結した。 終戦間際に重症を負った軍人のルーカスは心から慕う上官のスノービル少佐と離れ離れになり、帝都の片隅で路上生活を送ることになる。 一方、少佐は屋敷の者の策略によってルーカスが死んだと知らされて…。 互いを思う2人が戦勝パレードが開催された聖夜祭の日に再会を果たす。 純愛のお話です。 主人公は顔の右半分に火傷を負っていて、右手が無いという状態です。 全3話完結。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

処理中です...