真面目な近衛騎士は借金返済のために雄っぱぶ嬢になりました。

竜鳴躍

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どうして!?

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「どうして、どうして、どうしてよぉ!」

リーフ公爵家の荘厳な屋敷内で、悪女の癇癪が反響する。

使用人たちは、我関せず、機械人形のように動き回る。


「可哀想に。私の可愛いファーメント。全く世の殿方は分かっていないわ。こんなに美しくて、素直で、可愛らしい貴女のどこが気に入らないのかしら。」


「おかぁ様ぁっ!」
ファーメントが縋る先は、黒が混ざったような毒々しい濃い赤の生地に黒のレースを使ったドレスの華やかな女。
彼女の容姿はファーメントを少し大人にしたような姿をしている。
同じような金髪に青緑の目をして、幼子をあやすように娘の頭を撫でる。

「私の愛しいファーメント。いいかげん殿下は諦めなさい。」

「どうしてっ!?嫌よっ。」

「オランジェ=ペコーはうちの分家よ。同じ家門から妃や側近が複数選ばれることはない。元々、オランジェが側近に選ばれた時点で分かっていたことよ。貴女が恐れていたレンジュ=ペコーが正妃になることもないでしょうが、貴女も『ない』わ。いいじゃないの、王子様じゃなくたって。世の中には素敵な殿方がたくさんいるわ。あなたのお父様のようにね…。私を見るなり毛虫を見るような顔で睨んできた王子様より、親切にしてくれたお父様はとても素敵だったわ。どんなに我儘を言っても、よほど無茶なおねだりじゃなければ聞いてくれたし。わたしのおねだりを諫めてくれるのってお父さまくらいよ。」

「惚気は結構よ。」

「ふふ、この家の跡取りは貴女なのだから、爵位なんてどうだっていいのよ。この国にいなければ、外国から選んでもいいのよ。オリエント帝国のお兄様に頼んで、ファーメントが気に入りそうな子を紹介してもらってもいいのだから。」

「いや、いやっ!あいつより下になるのが嫌なの!あいつが男のくせに王太子妃で私が女公爵?あいつに頭を下げろって言うのっ!」


「………仕方ないわねぇ。」


スパイシー=リーフ。
元オリエント帝国第二王女。
催眠の魔力があり、生まれつきの魅了持ちである彼女には、
王女としての分別もあるが、彼女の些細なおねだりが、国を掻きまわした。
彼女を巡って血を血で争う内乱が起き、彼女の願いを拡大解釈した者が騒動を起こす。
当の本人はそんなつもりは一切ない。

夫である公爵が仕事で一人で社交に出ていた時。
昔、故郷で食べた牛の魔物の肉が忘れられなくて、ゴルデン元隊長に漏らしたら、隊長が城まで魔物を運んでしまった。
でもあれだって、きちんととどめを刺さなかった隊長が悪い。
例え、「ナマで食したいから鮮度がいい絞めたてものが食べたい。」と呟いたとしても。

それがきっかけで、社交に出るのは禁止になってしまったのだが。



「じゃ、けしちゃおっか。オランジェ。」

邪魔者は消す。

王族として時には非情な決断を下す。

だから、するっと出たその言葉にも、何の悪びれもない。



「でも、消したってあなたを殿下が受け入れるかは分からなくてよ?」

「ありがとう、お母様!いい考えだわ!大丈夫、催眠の魔法をかければいいんでしょう!」


パンパンとファーメントが手を叩くと、物陰から黒装束の男女が現れる。
男女、といっても二人とも小柄で、ぱっと見は可愛らしい少年少女にしか見えない。
レンジュより薄いピンクの髪をした男と、水色の髪をした女は、傅いた。

「ご用件でしょうか。お嬢様。」

「またいつぞやのようにしますか。第三者には不貞を匂わせて、偽りの婚約破棄騒動…。」

「それもいいけれど、殿下のあの執着じゃあ、帰って火に油を注ぐだけよ、ファーメント。この間の――――デビュタントの時の失敗もそうでしょう?」

邪魔なスティーブを堕とすために、侍女として連れ歩いたこの女とわざと接触させ、第三者にまるで不貞をしているような角度で見せつけた。
そして卒業パーティーで、スティーブの声を催眠で奪い、婚約破棄騒動を起こさせたのだ。
確かにあの時のようにしたとしても、あの殿下なら、悔しいが…より執着を強くするだけのように、今のファーメントには思えた。


「そこの男は皆い顔ね。新入り?」

「ええ、こんなかわいい顔をして凄腕の暗殺者ですわ。この家に雇われたいというので連れてきましたの。」

「オリバーと申します。どうぞよろしくお願いいたします。」


「ふぅん、あなた。城に潜り込める?」

「私に潜り込めないところなどありません。」





「よかった。オランジェ=ペコーを始末して頂戴。」




「承知いたしました。」







すたすたと、桃色の暗殺者はその場を去る。

だが、そっと。

とある一室を見た。

魅了持ちに対抗するには魅了持ち。
魅了持ちの父親は、母親を押さえるのに精いっぱい。
いいなりになっているようで、ならない、ギリギリの線を保つので必死のことだろう。
平凡な嫡男は、常時魅了に晒され、かわいそう。
もう、正常な判断なんてできなくなっているだろう。

やつれて、目の下にクマがある。

「かわいそうにね、ドライ。愛しいボクもこんなんでさ。」


そして、姿を消した。
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