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ジェームズ=スプーン
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「……というわけなんだ。『冤罪』というからには放ってはおけない。真偽を見定めなくてはと思う。騎士団の方に依頼しておこうと思うんだが、ほら……私が言うと、どうしてその話を知ったんだってなるから、お願いできないかと思って。」
優しい俺の親友は、『キウイ』のことを心配している。
――――冤罪。
それは、俺も分かっているんだ。
ジェームズは休憩時間に神妙な顔で相談してきた親友であるオランジェの、伏せがちな睫毛を見た。
眉を下げて、真実、夜の同僚を心配しているのだろう。
冤罪なのに、身分を失って、おっぱぶ嬢になっている『キウイ』のことを。
「実はな、オランジェ。俺だってあそこ一帯仕切っているんだ。自分の息のかかっている店のことはよく知っている。『キウイ』の件だって調べている。ただ、相手が強いんだ。だから彼を守るためにポンチをオーナー兼ママ兼黒服にしたんだよ。時間をかけてなんとかしようとしているところだから、歯がゆいだろうが我慢してくれないか。」
「そうか、そんなに厄介な相手なのか…。」
「『キウイ』は綺麗な顔してるだろ?俺みたいにガサツじゃないし、体つきもスッ、シャン、としていてさ。高位貴族だったし、出来もよかったし、紳士だし、女にもモテモテだったんだよ。だから、気に入らね、って奴もいっぱいいるみたいでね…。それで、店によくない客がアイツ目当てに来ることもある。話相手になってやってくれたら十分だ。ありがとな。」
休憩時間が終わり、殿下のもとへ急ぐオランジェを見送って、俺は椅子を揺らしながらため息をついた。
(俺だって……。心配してるんだよ。)
侯爵家の次男といっても、自分の母親は元々平民だった。
目立った産業がなく、いつもお金に苦しんでいたスプーン侯爵家。
ツケを続けていた大商会の娘を第二夫人にする代わり、ツケは帳消しになり、資金的な援助が得られるようになった。
その第二夫人が俺の母親だ。
俺には半分平民の血が流れている。
資金援助を受けているから、さほど酷い扱いは受けなかったが、俺と母親は離れで暮らした。
本邸には正妻と正妻の産んだ兄、スティーブ。
植え込みの隙間から見た兄は、自分と違って賢そうで、品が良かった。
交流はなかったけど、俺は兄に何も思ってなかった。
だって、俺だって母親に愛されて大事に育てられていたし、衣食住の不自由はなかったから。
殿下との初顔合わせの時、『貧乏貴族』と馬鹿にされたのが嫌で、俺は商売を考えた。
領地には特産はない。資源もない。
だけど、貧しく、働きたい人はたくさんいる。
人材教育に力を入れ、頭がよさそうな奴には、徹底的に貴族のマナーや一般常識、読み書き計算を叩き込み、貴族や金持ちの家の使用人として派遣する。
強そうなやつは、剣術を鍛え上げ、冒険者や護衛、傭兵にと派遣した。
そして、王都の一角には、歓楽街を作る。
楽しくお酒を呑める店から、美人の男女にお酌をしてもらえるお店。体を売る店から本番なしの店までいろいろと。
既存の娼館と違うのは、本番ありの店だとしても店に従業員を奴隷のように縛り付けたり虐げたりしないこと。衛生関係を徹底すること。ダメなお客を門前払いしていること。
そうすることで、安心して働けるし、安心して通えるようにした。
そういった人材派遣業や飲食業が功を奏して、俺が学園を卒業する頃にはスプーン侯爵家は国でも有数の金持ち貴族になっていた。
その頃には殿下の側近もしていて、近衛騎士隊入りも内定していたものだから、親族連中や父親が手のひらを返して、俺を跡取りに指名しやがった。
俺の商才や手腕は、習っていなくても、領地経営に通じるものがあったらしい。
傾きかけていた家を立て直したどころか、成りあがらせたものだから、俺は次期当主になってしまったのだ。
そう。
なってしまった。
優秀で、当主教育を頑張っていた兄から、立場を奪ってしまった。
そうしたら、都合よく長男ではなく長女が後を継ぐことになった公爵令嬢がいて、兄はその婚約者になってしまった。
相手は、あの、ファーメント=リーフだった。
久しぶりに会ったあの女は、ぱっと見淑女然として、虫も殺さないようなヒロイン顔をしているくせに、腹の中は真っ黒で。
でも、俺なんかが反対することもできなくて。
兄は冤罪で、兄の有責による婚約破棄になり、そして父から廃嫡されて家から追放された。
オランジェはいつも俺と一緒で、兄は俺に近づこうとしなかったから、オランジェと兄は面識がない。
だから、キウイが俺の兄だと気づいていない。
それでよかった。
オランジェを巻き込みたくない。
俺はあの女が許せない。
だが、尻尾が掴めない。
兄の冤罪を晴らしたい。
兄を守るために『秘密の薔薇』を作った。
表向きは罰だろう。弟の系列店で夜の仕事なんて。
でも、あそこは仮面を被る。
本番まではしないから、たいして蔑まれることじゃない。
自分じゃないといいはることもできるだろうから、冤罪が晴れたとき、社会復帰もできるだろう。
そして、フランチャイズのオーナーには、面倒見がよく、護衛にもなってくれそうな男を選んだ。
回復魔法も使える僧侶戦士だから、何かあっても救急の対応もできるだろう。
兄上を追いかけてきた男が現れたら駆除をして記憶を消してくれと指示しているし。
相手は筆頭公爵家。
あの女の単独行動だとしても、あれは根回しが上手いから。
じっくり、じっくり。
そしていつか報復してやる。
俺は、兄が好きだ。
優しい俺の親友は、『キウイ』のことを心配している。
――――冤罪。
それは、俺も分かっているんだ。
ジェームズは休憩時間に神妙な顔で相談してきた親友であるオランジェの、伏せがちな睫毛を見た。
眉を下げて、真実、夜の同僚を心配しているのだろう。
冤罪なのに、身分を失って、おっぱぶ嬢になっている『キウイ』のことを。
「実はな、オランジェ。俺だってあそこ一帯仕切っているんだ。自分の息のかかっている店のことはよく知っている。『キウイ』の件だって調べている。ただ、相手が強いんだ。だから彼を守るためにポンチをオーナー兼ママ兼黒服にしたんだよ。時間をかけてなんとかしようとしているところだから、歯がゆいだろうが我慢してくれないか。」
「そうか、そんなに厄介な相手なのか…。」
「『キウイ』は綺麗な顔してるだろ?俺みたいにガサツじゃないし、体つきもスッ、シャン、としていてさ。高位貴族だったし、出来もよかったし、紳士だし、女にもモテモテだったんだよ。だから、気に入らね、って奴もいっぱいいるみたいでね…。それで、店によくない客がアイツ目当てに来ることもある。話相手になってやってくれたら十分だ。ありがとな。」
休憩時間が終わり、殿下のもとへ急ぐオランジェを見送って、俺は椅子を揺らしながらため息をついた。
(俺だって……。心配してるんだよ。)
侯爵家の次男といっても、自分の母親は元々平民だった。
目立った産業がなく、いつもお金に苦しんでいたスプーン侯爵家。
ツケを続けていた大商会の娘を第二夫人にする代わり、ツケは帳消しになり、資金的な援助が得られるようになった。
その第二夫人が俺の母親だ。
俺には半分平民の血が流れている。
資金援助を受けているから、さほど酷い扱いは受けなかったが、俺と母親は離れで暮らした。
本邸には正妻と正妻の産んだ兄、スティーブ。
植え込みの隙間から見た兄は、自分と違って賢そうで、品が良かった。
交流はなかったけど、俺は兄に何も思ってなかった。
だって、俺だって母親に愛されて大事に育てられていたし、衣食住の不自由はなかったから。
殿下との初顔合わせの時、『貧乏貴族』と馬鹿にされたのが嫌で、俺は商売を考えた。
領地には特産はない。資源もない。
だけど、貧しく、働きたい人はたくさんいる。
人材教育に力を入れ、頭がよさそうな奴には、徹底的に貴族のマナーや一般常識、読み書き計算を叩き込み、貴族や金持ちの家の使用人として派遣する。
強そうなやつは、剣術を鍛え上げ、冒険者や護衛、傭兵にと派遣した。
そして、王都の一角には、歓楽街を作る。
楽しくお酒を呑める店から、美人の男女にお酌をしてもらえるお店。体を売る店から本番なしの店までいろいろと。
既存の娼館と違うのは、本番ありの店だとしても店に従業員を奴隷のように縛り付けたり虐げたりしないこと。衛生関係を徹底すること。ダメなお客を門前払いしていること。
そうすることで、安心して働けるし、安心して通えるようにした。
そういった人材派遣業や飲食業が功を奏して、俺が学園を卒業する頃にはスプーン侯爵家は国でも有数の金持ち貴族になっていた。
その頃には殿下の側近もしていて、近衛騎士隊入りも内定していたものだから、親族連中や父親が手のひらを返して、俺を跡取りに指名しやがった。
俺の商才や手腕は、習っていなくても、領地経営に通じるものがあったらしい。
傾きかけていた家を立て直したどころか、成りあがらせたものだから、俺は次期当主になってしまったのだ。
そう。
なってしまった。
優秀で、当主教育を頑張っていた兄から、立場を奪ってしまった。
そうしたら、都合よく長男ではなく長女が後を継ぐことになった公爵令嬢がいて、兄はその婚約者になってしまった。
相手は、あの、ファーメント=リーフだった。
久しぶりに会ったあの女は、ぱっと見淑女然として、虫も殺さないようなヒロイン顔をしているくせに、腹の中は真っ黒で。
でも、俺なんかが反対することもできなくて。
兄は冤罪で、兄の有責による婚約破棄になり、そして父から廃嫡されて家から追放された。
オランジェはいつも俺と一緒で、兄は俺に近づこうとしなかったから、オランジェと兄は面識がない。
だから、キウイが俺の兄だと気づいていない。
それでよかった。
オランジェを巻き込みたくない。
俺はあの女が許せない。
だが、尻尾が掴めない。
兄の冤罪を晴らしたい。
兄を守るために『秘密の薔薇』を作った。
表向きは罰だろう。弟の系列店で夜の仕事なんて。
でも、あそこは仮面を被る。
本番まではしないから、たいして蔑まれることじゃない。
自分じゃないといいはることもできるだろうから、冤罪が晴れたとき、社会復帰もできるだろう。
そして、フランチャイズのオーナーには、面倒見がよく、護衛にもなってくれそうな男を選んだ。
回復魔法も使える僧侶戦士だから、何かあっても救急の対応もできるだろう。
兄上を追いかけてきた男が現れたら駆除をして記憶を消してくれと指示しているし。
相手は筆頭公爵家。
あの女の単独行動だとしても、あれは根回しが上手いから。
じっくり、じっくり。
そしていつか報復してやる。
俺は、兄が好きだ。
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