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彼との邂逅
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「オッケー!」
張り詰めた静寂に響く声。
無機質な室内に造り物の家の中。若しくは学校だったり、病院だったり。
偽物の空間は、レンズを通して本物になり、テレビを見ている視聴者に届けられる。
俺たち役者は、視聴者にストーリーを届けるために、登場人物の一人となり、その人生の切り取られた瞬間を生きる。
誰にでもなれるこの場所は、監督のオッケーがかかった瞬間、魔法が解けたように現実世界へと戻る。
さっきまで住んでいた家の、部屋の中は、スタジオのセットになるのだ。
そして、お話の中の登場人物は、現実を生きる人間となる。
人に非ずの『俳優』から『人間』へ。
「よかったよ、夏目君!」
「ありがとうございます!」
普通の一般家庭、ただちょっと見目が良くて収入の安定した恵まれた家庭に生まれた俺は、テレビで活躍するキラキラとした子役に憧れて、この世界に入った。
あの子はいつの間にかテレビから姿を消してしまったけれど、俺には素質も運もあったらしい。
都心に住んでいるという地の利で気軽に劇団に入団してオーディションを受けまくり、めきめきと実力をつけて、小学生の頃には天才子役なんて言われるようになった。
一時学業で仕事をセーブしたが、大学を卒業して、結局この世界へ帰って来て、今や人気俳優のひとりというわけだ。
俺にとっては『演じること』が生きがいで、天職。
成長したら残念になる子役も多いが、俺はひいき目を抜いても、我ながらイケてる容姿に成長した。
実力があったとしても、見た目が良い方が有利なこの世界。
親の遺伝子にとても感謝している。
演技力に加えて、180cmの長身にモデル体型、涼やかな顔は黄金比率の目鼻立ち。
今、日本で一番人気者は俺じゃないかってくらいに仕事は順調だし、ファンも多い。
「夏目さぁん!次の仕事に向かいまぁす!急いで下さあい!」
差し出されたコーヒーを一杯含んでいると、甘ったるい声の小柄な男が、俺の荷物や書類の入ったカバンを抱えて急かす。
たれ目気味の目は丸っこく、鼻の上にはそばかすがあって、狸みたいに可愛い。
事務所の社長の甥っ子らしく、有名大卒で仕事はできるが、見た目と声で損をしていると思う。
夕べも徹夜したのだろう、自分の身支度には無頓着で、くせっ毛が跳ねまくっている。
俺の大事なマネージャーだ。
「秋口、次は帝国ホテルだっけ?」
コーヒーを一気に飲んで、空になった紙コップを、アシスタントの若いスタッフにお礼を言いつつ返して、どたばたとスタジオの裏口を出れば、用意されているタクシーにマネージャーと乗り込む。
「はい。世界的巨匠の春山さんの劇場用オリジナル長編アニメの制作発表ですよ。いやぁ、凄いですよね!世界中ヒットまた間違いなしですよ!」
「ドラマはしばらく時代劇だけか。どうせ鬘だし、久しぶりに髪を染めようかな。アニメなら役に縛られる必要はないし…。」
クランクアップしたばかりのドラマは裁判官の役だった。今の髪は真っ黒だし、短めに整えていて、真面目で誠実を絵に描いたイメージ。
出演作がヒットすればするほど、次も似たような役を求められることが多いから、イメージの固定化を防ぐためにも、ちょいちょいイメチェンは必要だ。
「今日の発表でネットニュースになったら、すぐにコマーシャルやらオファーが殺到するんですから、もう少し待ってくださあい。」
「オッケー。んー、だけどこのアニメ、男同士の友情と恋愛の甘酸っぱい問題作かぁ。台本と企画書見たけど、コマーシャルならもう一人の主役と抱合せもありそうだよな。俺が女側で、と。相手役はどんな奴だっけ…。俺が惚れる相手。」
「冬木香月。今を時めく人気実力派声優ですよ!知らないんですかぁ!」
「朝から晩まで仕事してるんだ、自分の仕事周りだけでいっぱいいっぱいなんだから仕方ないじゃないか。」
「に、してもですねぇ…。オフは何してるんですか。」
「オフはレッスン。」
「おうふ…。キャリアが長い売れっ子の割に、夏目さんは今でも水面下でもがく白鳥タイプですもんね。」
「勤勉だとほめてほしいよ。で、そんなに有名なやつなのか。」
「確か夏目さんと同い年の24歳ですよ~。若いのに色んな役を演じ分けるんで演技派って言われてて、人気アニメには大体主役級の役で名前が出てるんです!でも、顔出しNGなんですよぉ!」
「…お前鼻息荒い。」
知らなかったが、うちのマネージャーはアニメが大好きらしい。
耳で孕ませられますよ!羨ましい!と言われても。
耳が孕むってなに………。
耳はそういう器官じゃないだろ?
冬木香月を知らないとモグリなの?
人生損しているの?
俺だってなぁ……エンタメが好きだからこの業界にいるわけだし、アニメとか漫画とか見る環境だったらアニメにハマるんだろうけどなぁ。
忙し過ぎて仕事の関連でなきゃ見られないよ。
春山監督の作品は、流石に知っているけど。
「顔出しNGなのに、よく制作発表に出る気になったなぁ。」
「監督がどーしてもって言ったらしいですよ。」
監督の秘蔵っ子かぁ。
でも顔出しNGってことは、あんまり見た目はよくないのかもなぁ。
「冬木香月です。よろしくお願いします。」
どういうことだろう。
まずは控室で紹介されて。
俺よりは少し身長は低いけど、180近い長身でスラリとして。
外国の血が入っているのか、肌は白くてきめ細かくて。
睫毛なんかめちゃくちゃ長くて。
髪の毛は亜麻色のサラサラつやつや。
周りに光が見える!
天使や妖精がリボンとか持って、ぱかりと開いた貝の中に立ってそう!
芸能界にいてもみたことがないくらいの、とんでもないイケメンなんだけど。
眩しい!!
そんなにまっすぐ見つめられたら、男でも照れる。
そしてたしかに、声が良い。
顔出しNGの意味が分からないんだけど…。
(俺よりイケメンってどういうこと?ふつーこの業界にいても、これだけの容姿なら、モデルなり俳優なり、声優以外の仕事もさせようってするもんじゃないのか?)
差し出されたその手をとる俺の手は、もしかしたら汗だくだったかもしれない。
この俺が同性の同年代の男相手に、緊張して手汗だなんてはずかしい。
張り詰めた静寂に響く声。
無機質な室内に造り物の家の中。若しくは学校だったり、病院だったり。
偽物の空間は、レンズを通して本物になり、テレビを見ている視聴者に届けられる。
俺たち役者は、視聴者にストーリーを届けるために、登場人物の一人となり、その人生の切り取られた瞬間を生きる。
誰にでもなれるこの場所は、監督のオッケーがかかった瞬間、魔法が解けたように現実世界へと戻る。
さっきまで住んでいた家の、部屋の中は、スタジオのセットになるのだ。
そして、お話の中の登場人物は、現実を生きる人間となる。
人に非ずの『俳優』から『人間』へ。
「よかったよ、夏目君!」
「ありがとうございます!」
普通の一般家庭、ただちょっと見目が良くて収入の安定した恵まれた家庭に生まれた俺は、テレビで活躍するキラキラとした子役に憧れて、この世界に入った。
あの子はいつの間にかテレビから姿を消してしまったけれど、俺には素質も運もあったらしい。
都心に住んでいるという地の利で気軽に劇団に入団してオーディションを受けまくり、めきめきと実力をつけて、小学生の頃には天才子役なんて言われるようになった。
一時学業で仕事をセーブしたが、大学を卒業して、結局この世界へ帰って来て、今や人気俳優のひとりというわけだ。
俺にとっては『演じること』が生きがいで、天職。
成長したら残念になる子役も多いが、俺はひいき目を抜いても、我ながらイケてる容姿に成長した。
実力があったとしても、見た目が良い方が有利なこの世界。
親の遺伝子にとても感謝している。
演技力に加えて、180cmの長身にモデル体型、涼やかな顔は黄金比率の目鼻立ち。
今、日本で一番人気者は俺じゃないかってくらいに仕事は順調だし、ファンも多い。
「夏目さぁん!次の仕事に向かいまぁす!急いで下さあい!」
差し出されたコーヒーを一杯含んでいると、甘ったるい声の小柄な男が、俺の荷物や書類の入ったカバンを抱えて急かす。
たれ目気味の目は丸っこく、鼻の上にはそばかすがあって、狸みたいに可愛い。
事務所の社長の甥っ子らしく、有名大卒で仕事はできるが、見た目と声で損をしていると思う。
夕べも徹夜したのだろう、自分の身支度には無頓着で、くせっ毛が跳ねまくっている。
俺の大事なマネージャーだ。
「秋口、次は帝国ホテルだっけ?」
コーヒーを一気に飲んで、空になった紙コップを、アシスタントの若いスタッフにお礼を言いつつ返して、どたばたとスタジオの裏口を出れば、用意されているタクシーにマネージャーと乗り込む。
「はい。世界的巨匠の春山さんの劇場用オリジナル長編アニメの制作発表ですよ。いやぁ、凄いですよね!世界中ヒットまた間違いなしですよ!」
「ドラマはしばらく時代劇だけか。どうせ鬘だし、久しぶりに髪を染めようかな。アニメなら役に縛られる必要はないし…。」
クランクアップしたばかりのドラマは裁判官の役だった。今の髪は真っ黒だし、短めに整えていて、真面目で誠実を絵に描いたイメージ。
出演作がヒットすればするほど、次も似たような役を求められることが多いから、イメージの固定化を防ぐためにも、ちょいちょいイメチェンは必要だ。
「今日の発表でネットニュースになったら、すぐにコマーシャルやらオファーが殺到するんですから、もう少し待ってくださあい。」
「オッケー。んー、だけどこのアニメ、男同士の友情と恋愛の甘酸っぱい問題作かぁ。台本と企画書見たけど、コマーシャルならもう一人の主役と抱合せもありそうだよな。俺が女側で、と。相手役はどんな奴だっけ…。俺が惚れる相手。」
「冬木香月。今を時めく人気実力派声優ですよ!知らないんですかぁ!」
「朝から晩まで仕事してるんだ、自分の仕事周りだけでいっぱいいっぱいなんだから仕方ないじゃないか。」
「に、してもですねぇ…。オフは何してるんですか。」
「オフはレッスン。」
「おうふ…。キャリアが長い売れっ子の割に、夏目さんは今でも水面下でもがく白鳥タイプですもんね。」
「勤勉だとほめてほしいよ。で、そんなに有名なやつなのか。」
「確か夏目さんと同い年の24歳ですよ~。若いのに色んな役を演じ分けるんで演技派って言われてて、人気アニメには大体主役級の役で名前が出てるんです!でも、顔出しNGなんですよぉ!」
「…お前鼻息荒い。」
知らなかったが、うちのマネージャーはアニメが大好きらしい。
耳で孕ませられますよ!羨ましい!と言われても。
耳が孕むってなに………。
耳はそういう器官じゃないだろ?
冬木香月を知らないとモグリなの?
人生損しているの?
俺だってなぁ……エンタメが好きだからこの業界にいるわけだし、アニメとか漫画とか見る環境だったらアニメにハマるんだろうけどなぁ。
忙し過ぎて仕事の関連でなきゃ見られないよ。
春山監督の作品は、流石に知っているけど。
「顔出しNGなのに、よく制作発表に出る気になったなぁ。」
「監督がどーしてもって言ったらしいですよ。」
監督の秘蔵っ子かぁ。
でも顔出しNGってことは、あんまり見た目はよくないのかもなぁ。
「冬木香月です。よろしくお願いします。」
どういうことだろう。
まずは控室で紹介されて。
俺よりは少し身長は低いけど、180近い長身でスラリとして。
外国の血が入っているのか、肌は白くてきめ細かくて。
睫毛なんかめちゃくちゃ長くて。
髪の毛は亜麻色のサラサラつやつや。
周りに光が見える!
天使や妖精がリボンとか持って、ぱかりと開いた貝の中に立ってそう!
芸能界にいてもみたことがないくらいの、とんでもないイケメンなんだけど。
眩しい!!
そんなにまっすぐ見つめられたら、男でも照れる。
そしてたしかに、声が良い。
顔出しNGの意味が分からないんだけど…。
(俺よりイケメンってどういうこと?ふつーこの業界にいても、これだけの容姿なら、モデルなり俳優なり、声優以外の仕事もさせようってするもんじゃないのか?)
差し出されたその手をとる俺の手は、もしかしたら汗だくだったかもしれない。
この俺が同性の同年代の男相手に、緊張して手汗だなんてはずかしい。
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