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その公爵令息には秘密がある。

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大陸でも豊かな王国。エディオン王国は、年中花が咲き乱れ、美しく、芸術の保護も盛んで、文化の中心地である。

しかしながら、どこか保守的で、跡取りは男しか認めないという法律がいまだに存在する。

そのため、貴族は正妻との間に男が生まれなければ、第二夫人を持つか、親戚から養子にもらう。


先の陛下が亡くなった時、王妃は出産間近で、崩御の直後に生まれた子は残念ながら姫であった。

そのため、陛下の後は愛妾腹ではあったものの唯一の陛下の弟であるオスカー=カッス=エディオンが即位した。
オスカー陛下とその妃イザンベラの間には、姫と同じ年に王子が生まれ、三年後も王子が生まれたが、二人は、兄の忘れ形見であるビクトリア王女を王女として手元に置いた。

その母は出産して間もなく亡くなり、同じ城の中で母の侍女だった者たちに育てられた王女は、大変美しく、聡明に育った。



―――――――――クズデン=カッス=エディオン王子。

せめてビクトリア王女の1/10、いや、1/100でもいいからマトモならよかったのに!!!!





今日もエクス=アクアリウム公爵令息はアルカイックスマイルを貼り付けながら、心の中で毒を吐く。

なんでほんっと女に継承権がないんだ!

男だからって馬鹿でもいいのか!

こんなのが国王とか国がつぶれるぞ!


目の前の王子殿下は自分以外の側近を取り巻きに、今、私を見下ろしている。

金髪の巻き毛に青い眼と整った顔立ち。見た目だけなら麗しい王子でも頭の中身は空っぽだ。



先ほど、突然突き飛ばされ、ご丁寧に水筒の水を掛けられたところである。

「エクス=アクアリウム公爵令息!お前は、私の可愛い可愛い世界一可憐天使のリリーちゃんに暴言を吐いたそうだな!」

「それはそうでしょう。彼女は平民です。王子のお相手は妃なら辺境伯か侯爵以上、側妃でも伯爵以上の令嬢でなければなりません。友人や愛人なら許されるでしょうが、好ましくありません。」

「この差別主義者が…!!」


「差別ではありません。事実です。彼女が上位貴族の令嬢と遜色ないほどの才能や資質に恵まれているというのなら、そこまでいいません。縁組すればいいのですから。ですが、彼女の成績は。ご存じでしょう?」


「えーん、殿下。リリー馬鹿にされたぁ。」

「貴族とは教養を身に着けられる機会が違うのだから仕方ないではないか!」

「同じ平民でもマナーや教養が立派な女性はいらっしゃいますよ。より問題なのは、彼女の交友関係です!手当たり次第に上位貴族の見目の良い男と浮き名を流しているではないですか!」

「えーん、みんなお友達なのにぃ。リリー、あばずれだって。しょーふみたいな女だっていわれてるぅ。」

(このブリブリブリっ子が…!!!)


「あのね、この人、リリーのこといつもエッチな目で見るの。殿下がいないときに、触ってきて…。だから、学園からいなくなって欲しい。」

「はぁ!!?そんなことあるわけ「なんだとっ!!!」


そんなことあるわけない。


だって。




だって私は。本当は女なのだから―――――。





大体、私にボディタッチしてきて、関係を迫ったのはそっちでしょ?
振ったから排除しようってワケ?


殿下の瞳は冷たい。


「お前はクビだ!!!学園どころか貴族社会からも追放してやる!!!」


(あぁ、どうしよう。)




その時、凛とした声が響いた。




「お待ちください。クズデン様。」


ストレートの整えられた金髪は艶やかで、足先が見えないほど長い紫のドレスに黒のボレロ。
一応制服が存在する学園だが、高位貴族は私服で通うことも多い。

ビクトリア王女は、濡れそぼった私を見て、侍女にタオルを用意させた。
一見、整いすぎた美貌は冷たく見えるが、王女は優しい人だ。
緑色の瞳がほほ笑んだように見える。

「ビクトリア。庇うのか?いくら従姉弟でも―――――。」


「クズデン様。プラチナブロンドに神秘的なアメジストの瞳。品行方正、成績優秀な麗しの方。彼は、『月の君』と呼ばれて女子生徒の中ではとても人気がありますの。彼にそんなふうに迫られたいという女性は多いですけれど、そんな不埒なことをされたという方は誰一人おりませんわ。つまり何が言いたいかというと、主の恋人にわざわざ手を出さなくても、彼がそうしたいのならいくらでも身を任せたい女性はいるということです。賢い彼が、それでも彼女に手を出すかしら。」

「でっ、でも」

「それほどリリーが魅力が」


「ねぇ、リリーさま。分かりますわ。殿方に視線があっただけで、あの方もしかして私のこと好きなのかしら?手が何かの拍子に触れただけかもしれなくても、いやだ、私のお尻に触れた?とかって思っちゃうことありますわよね。ええ、実際に痴漢の時もありますわよ。痴漢は成敗しなければなりませんわ。そこは私も同意なのですけど。痴漢って冤罪も多いそうなんですの。私、冤罪はよくないと思いますの。ねえ、いつ・どこで・どんなふうにされたのかしら?公正に判断しなければならないから、具体的に教えていただきたいわ。だって、公爵家の名誉にかかわりますもの。ことと次第によっては、騎士や暗部を動かさなければならないでしょうね。センシティブなことですから、こっそり私に耳打ちしてくださらないかしら。」


「……そう言われてみれば、勘違いだったかもぉ………。でも、暴言は事実だもん!」
リリーの目はあからさまに泳いで、口笛さえ吹いている。


「リリィ!!?」




「そうですね。」

パチンと、王女は広げていた扇を閉じた。


「殿下、この方私に下さいな。私が根性をたたき直してさしあげましょう。それでいいですよね?」



「ああ。いいだろう。」




―――――――これが、ビクトリア=ワイズ=エディオン。

いや、ビクトール=ワイズ=エディオンと私の関係が変わった、事の始まり。





「行きましたわね。あのクズとあばずれ。これからよろしくね。」

女性にしては低めの、落ち着いた、でも優しい声。


「ありがとうございます。でもどうして私を…。」

「あのクズの側近にしておくには惜しいと思っていたのよ。それに、私たち、生まれてすぐにお母さまを亡くしたっていう共通項があるじゃない。親近感を持っていたの。」


そうなのだ。

生まれてすぐ、母を亡くした。

これが、私が男として育てられた理由。

父は母を愛していて、母以外の妻は娶る気がなかったらしい。
生まれた私も愛してくれて、どうしても私に爵位を譲りたいがあまり、私を男として届け出てしまったのだ。


全く公爵のくせに何をやってくれてるんだとは思うが。

私はそんな父を憎めないし、今となってはバレないように必死だ。

バレたらきっと、我が家は破滅するだろう。



令嬢として育っていたら、王女のように振る舞えていただろうか。

女性にしては身長の高い王女と厚底ブーツで誤魔化している自分の目線は殆ど変わらない。

かっこいいな。

憧れる。


「なに、私に恋をしちゃったかしら?」


「ち、ちっ。」


「冗談よ。」



やだどうしよう。私ったら心の中まで男になったんだろうか。

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