王様との縁談から全力で逃げます。〜王女として育った不遇の王子の婚姻〜

竜鳴躍

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キールと軍部

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ひょっこりと軍部に顔を出すと、皆が集まってきてしまった。


「おお!妃殿下ではないですか!」
ヒゲの生えたがっしりした体格のおじさまは、将軍さま。


城から通用口で繋がった廊下の先の、レンガ造りの広い室内修練場では、士官たちが朝の訓練を終えて、丁度休憩しているところだった。

邪魔にならない時間を考えて俺を連れてきてくれたユンスは、やはりとても有能だと思う。



「みなさま、この度は俺のためにありがとうございました。」


「いやいや、お礼なんていいんだよ。これが俺たちの仕事だからね。妃殿下を守れて、俺たちもうれしいですよ。」

でも、何よりうれしいのは…。


ひげの将軍様は、自分の長いあごひげを指で撫でながら、目を伏せ、そして潤ませた。


「何よりうれしいのは、あのキールが俺たちを頼ってくれたことだな。」



「アルフォンス妃、キールは10歳で即位しました。その前から、そちらの将軍は仕えてくださっているのです。」

ユンスの言葉に、目の前の壮年の男を見る。

もしかしたら、彼はキールのことを自分の子どものように思ってくれていたのかもしれない。



「キールの父親も王族の回復魔法の使い手だったが、キールほど魔力量が多くなかったし、今よりもっとこの国の公害対策は遅れていたから、追いつかなくてね。市井に下りては自ら民の治療に当たって、無理を重ねて死んでしまった。そのあとは酷かったんだよ。話ではさくっと聞いているかもしれないが。」


「正妃と側妃で子を殺しあったと聞いています。痛ましいと思います。」

自分のお腹に手をやる。

こんなに愛おしい子の命を脅かして、殺しあうなんて。


「みんなそれほど悪い人間ではなかったんだけどな…。段々おかしくなってしまった。キールの妹も殺されちまったし。」

「妹さんはおいくつだったんですか?」


「殺された時は、まだ3つだ。キールもものすごくかわいがっていたのに。毎日、絵本を読んで聞かせてたな。それで、アレックス妃が怒って、キール以外は皆殺しだ。復讐に復讐で重ねてしまった。まあ、結果、王はキールで最善だったとは思うが。」


キールは、その時から、なんでも一人でするようになったし、なんでも自分自ら首を突っ込むようになった。
決断が速いのはいいことではあるが。人の処分なんか、結構強引だったと思う。

「あいつが殺したのは、確かに放っておいたら害をなす奴らだったり、絶対に罪があるのにうまく隠しているような奴らだったよ。普通に、立証できれば死罪にしてもいいような奴らだ。俺たちを使って、裏を取ってからでもといつも思っていたんだが、キールは少しでも遅れたら被害者が増えるからとすぐに処刑した。まあ、端からは残酷な王様に見えるよな。」


将軍が、ばっと俺の両手を握る。


「だからさ!俺たち、あんたみたいな人に王妃に来てもらえて、本当にうれしいんだよ!あんたは、キールのいいとこを引き出してくれる!悪いところを諫めてくれる!これからよろしく頼むぜ!」


「将軍ばっかりずるいですよ!俺は副将軍のドナルド!あんた、祖国では有名な冒険者だったんだろ?かなりやるって聞いて、わくわくしてるんだよ!落ち着いたらいつか、手合わせしてくれよな!」


明るくて、きさくで、フランクな人たち。

これは、キールと彼らの距離が近いからなんだろう。


俺の知らないキールに触れることができたみたいで、うれしい。


みんなに冒険者ギルドの酒場のお酒の無料券をプレゼントしたら、喜んでもらえた。








「アルフォンス妃、次はどちらへお散歩しますか?」

ユンスが尋ねてくる。


「んー。次は、がんばっているキールのために、お菓子でも作ろうかな。」

姫として育ったから、刺繍もお菓子作りもできるんだよ。


「喜びますよ。」








「妃殿下、めちゃくちゃ綺麗な人でしたねえ。」

「ドナルド、鼻の下伸びてるぞ!」


ユンスを従えて遠ざかる後姿を見送る。


そこへ、国境を監視している士官が入って来た。



「将軍! 狼が!狼の魔物がこちらへ近づいてきます!」

「魔物。どのくらいいる?」


「1体です。」


「ふん、余裕だな。ひっとらえて毛皮にしてくれる。」

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