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精霊の森の獣
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キールが樹に手をついたまま動かなくなって、半日が経過している。
俺は、お母様と精霊王と一緒に、側に座って、様子を見守っていた。
「大体、アリアの父親が殺された時点とか、アリア以外の王子が王太子になった時点で国を捨てて、精霊界に戻ればよかったのに。加護はアリアに紐づいているのだから、あんな国早く出て、加護なんて無くしてしまえばよかった。何故、お前は早く報告しなかったのだ。そうしていれば、あんな男に………。」
「ぐっちぐち煩いわよ。胎教に悪いじゃないの! アリアのお腹には、かわいい赤ちゃんがいるのよ!」
「今朝方着床したばかりでは、まだ分かるものか。」
喧嘩がうるさい。
「あのねえ、出産直前の身重の状態で逃げようとか考えられないわよ! それにあの時はなかなか思い切れなかった。あの人…、ヘルメスもアリアと同じで優しい人だったわ。すぐに私たちが国から逃げて、あの人が愛していた国民が…って思うと、なかなかね。18年近くたって、それを差し引いてもどうでもよくなるくらい、最終的にはムカついたんだけど。」
喧嘩を聞かない、見ないふりをして、キールだけを見守る。
キールのいる、枯れた神樹の影に、なにか大きなものが。
「…!? お母さま、精霊王さま、あれは?」
「きゃあ!」
お母様が悲鳴を上げる。
そこにいたのは、骨だけのドラゴン。
闇の光のような輝きを目に宿して、紫色の舌を骨の口の間からフシュルフシュルと出している。
「あれは…カースドラゴン。枯れた神樹は、精霊界でも不浄の地だから、時折ああしてモンスターが紛れ込む。あれはあの樹のまわりにしか現れないから、ここにいれば安全だよ。」
「キースは!キースは今、意識がないんじゃないの!? あんなところにいたら、食べられちゃう!」
「これは試練。ここであれに遭遇するのも、食べられたとしても運だ。お前とは縁がなかったということだ。残念だったな。」
嫌だ! キッと精霊王を睨みつけると、グッと彼は怯んだ。
「お母さま! キールがあの樹の再生に成功するまで、俺があそこでキールを守るから!」
「ちょ…っ! あなた、おなかに…っ!」
「大丈夫、あれを倒すのは俺がやってもいいんでしょ!」
シルフィの羽で飛んで、目を閉じて樹の記憶に入り込んでいるようなキールの顔を見る。
絶対に、一緒に帰ろう。
精霊王がなんて言おうが、俺はキールの妃なんだから。
カースドラゴンは俺を見る。
俺は、キールを背に、カースドラゴンと対峙した。
根から枯れ始めた私の樹。
生命を司る私が、自分のために命を摘んだから。
どんどん枯れて、このままでは精霊界全体に広がってしまう。
みんなも枯らしてしまう。
精霊界を守る、精霊王が本末転倒。
「精霊王様!いかがなさるおつもりですか!!」
まだ若い生命の樹の精霊が、声を荒げた。
本来であれば、もうしばらくして私と替わるはずの。
これは、私が招いたこと。
王子を愛するあまり、没頭して、独りよがりの愛で王子を泣かせ、みなを窮地に追い込んでいる。
「セフィロト。少し早いが、お前が今から精霊王だ。」
驚いた顔の彼の頭に、自分がこれまで引き継いできた記憶を継承させ、自ら木を倒して、枯死が広がらないように措置を施すと、元精霊王は精霊界を出た。
精霊界からの追放。
自分で自分を追放処分にした。
私には、彼を愛する資格などない。
こんな穢れた男が、あの子に触れてはいけない。
愛する彼の国が見える向こう岸に暮らし、『人間』として死ぬまで、ひっそりと彼を見守り続けた。
そのうち、彼とよく似た女性と知り合って子を為して。
私の血は、その地の貴族、特に王族によく溶けた。
『キール。…分かった?枯れた理由が。』
暗転し、よく知る声が聞こえる。
幼い頃、自分が処刑した。いや、処刑させられたーーーーーーーーーーー俺の母親。
暗闇の空間で、今度は俺は、即位した頃の10歳の少年へ戻っていた。
「人を殺したからではない、と思う。自分で自分の過ちが許せなくなって、自分を呪ったから。そうでしょう、お母さま。」
『その通りです。』
さて、枯れた原因は分かりました。
でも、それではどうやれば再生できるか、あなたには分かりますか?できますか?
「・・・・・・・わかりません。」
『ならば、仕方ないですね。あなたはここまでです。あなたが生きていることが、アルフォンスのためになることですか?大局をとらえて、なすべきことを選択しなさい。あなたの国は、アルフォンスがいれば大丈夫でしょう?政治はユンスがうまくやってくれる。あなたは、あの子にふさわしくない。あの子を開放してあげなくちゃ…。』
大局を為すために、自分の命さえ投げ捨てた母。
今度は俺にそうなれと…。
そうか…。
がくんと、樹から手が離れる。
樹の枯れた枝に、手足が絡んで、命を吸い取られるような気がする。
<だめ!!!!!!!!! キール、だめっ!あきらめないで!自分で自分をあきらめないで!>
はっとなる。
愛しいアルフォンスの悲痛な叫び声。
<一緒に愛を育てるんでしょ!>
そうだ。
確かに、俺の手は汚れているし、綺麗な体ではない。血も染みついている。かつての精霊王と同じだ。
だが、過ちも受け入れて、一緒に生きてくれるとアルフォンスは言ってくれた。
一緒に愛を育むと。
犯したことを正当化はしない。
殺した命は帰ってこないから、彼らのためにも素晴らしい国を作るんだ。
アルフォンスと一緒に作るんだ。
汚れても、折れても、穢れて枯れたとしても。
必ず新しい芽が芽吹くように。
俺は、アルフォンスのところへ帰るんだ!!!!
俺は、お母様と精霊王と一緒に、側に座って、様子を見守っていた。
「大体、アリアの父親が殺された時点とか、アリア以外の王子が王太子になった時点で国を捨てて、精霊界に戻ればよかったのに。加護はアリアに紐づいているのだから、あんな国早く出て、加護なんて無くしてしまえばよかった。何故、お前は早く報告しなかったのだ。そうしていれば、あんな男に………。」
「ぐっちぐち煩いわよ。胎教に悪いじゃないの! アリアのお腹には、かわいい赤ちゃんがいるのよ!」
「今朝方着床したばかりでは、まだ分かるものか。」
喧嘩がうるさい。
「あのねえ、出産直前の身重の状態で逃げようとか考えられないわよ! それにあの時はなかなか思い切れなかった。あの人…、ヘルメスもアリアと同じで優しい人だったわ。すぐに私たちが国から逃げて、あの人が愛していた国民が…って思うと、なかなかね。18年近くたって、それを差し引いてもどうでもよくなるくらい、最終的にはムカついたんだけど。」
喧嘩を聞かない、見ないふりをして、キールだけを見守る。
キールのいる、枯れた神樹の影に、なにか大きなものが。
「…!? お母さま、精霊王さま、あれは?」
「きゃあ!」
お母様が悲鳴を上げる。
そこにいたのは、骨だけのドラゴン。
闇の光のような輝きを目に宿して、紫色の舌を骨の口の間からフシュルフシュルと出している。
「あれは…カースドラゴン。枯れた神樹は、精霊界でも不浄の地だから、時折ああしてモンスターが紛れ込む。あれはあの樹のまわりにしか現れないから、ここにいれば安全だよ。」
「キースは!キースは今、意識がないんじゃないの!? あんなところにいたら、食べられちゃう!」
「これは試練。ここであれに遭遇するのも、食べられたとしても運だ。お前とは縁がなかったということだ。残念だったな。」
嫌だ! キッと精霊王を睨みつけると、グッと彼は怯んだ。
「お母さま! キールがあの樹の再生に成功するまで、俺があそこでキールを守るから!」
「ちょ…っ! あなた、おなかに…っ!」
「大丈夫、あれを倒すのは俺がやってもいいんでしょ!」
シルフィの羽で飛んで、目を閉じて樹の記憶に入り込んでいるようなキールの顔を見る。
絶対に、一緒に帰ろう。
精霊王がなんて言おうが、俺はキールの妃なんだから。
カースドラゴンは俺を見る。
俺は、キールを背に、カースドラゴンと対峙した。
根から枯れ始めた私の樹。
生命を司る私が、自分のために命を摘んだから。
どんどん枯れて、このままでは精霊界全体に広がってしまう。
みんなも枯らしてしまう。
精霊界を守る、精霊王が本末転倒。
「精霊王様!いかがなさるおつもりですか!!」
まだ若い生命の樹の精霊が、声を荒げた。
本来であれば、もうしばらくして私と替わるはずの。
これは、私が招いたこと。
王子を愛するあまり、没頭して、独りよがりの愛で王子を泣かせ、みなを窮地に追い込んでいる。
「セフィロト。少し早いが、お前が今から精霊王だ。」
驚いた顔の彼の頭に、自分がこれまで引き継いできた記憶を継承させ、自ら木を倒して、枯死が広がらないように措置を施すと、元精霊王は精霊界を出た。
精霊界からの追放。
自分で自分を追放処分にした。
私には、彼を愛する資格などない。
こんな穢れた男が、あの子に触れてはいけない。
愛する彼の国が見える向こう岸に暮らし、『人間』として死ぬまで、ひっそりと彼を見守り続けた。
そのうち、彼とよく似た女性と知り合って子を為して。
私の血は、その地の貴族、特に王族によく溶けた。
『キール。…分かった?枯れた理由が。』
暗転し、よく知る声が聞こえる。
幼い頃、自分が処刑した。いや、処刑させられたーーーーーーーーーーー俺の母親。
暗闇の空間で、今度は俺は、即位した頃の10歳の少年へ戻っていた。
「人を殺したからではない、と思う。自分で自分の過ちが許せなくなって、自分を呪ったから。そうでしょう、お母さま。」
『その通りです。』
さて、枯れた原因は分かりました。
でも、それではどうやれば再生できるか、あなたには分かりますか?できますか?
「・・・・・・・わかりません。」
『ならば、仕方ないですね。あなたはここまでです。あなたが生きていることが、アルフォンスのためになることですか?大局をとらえて、なすべきことを選択しなさい。あなたの国は、アルフォンスがいれば大丈夫でしょう?政治はユンスがうまくやってくれる。あなたは、あの子にふさわしくない。あの子を開放してあげなくちゃ…。』
大局を為すために、自分の命さえ投げ捨てた母。
今度は俺にそうなれと…。
そうか…。
がくんと、樹から手が離れる。
樹の枯れた枝に、手足が絡んで、命を吸い取られるような気がする。
<だめ!!!!!!!!! キール、だめっ!あきらめないで!自分で自分をあきらめないで!>
はっとなる。
愛しいアルフォンスの悲痛な叫び声。
<一緒に愛を育てるんでしょ!>
そうだ。
確かに、俺の手は汚れているし、綺麗な体ではない。血も染みついている。かつての精霊王と同じだ。
だが、過ちも受け入れて、一緒に生きてくれるとアルフォンスは言ってくれた。
一緒に愛を育むと。
犯したことを正当化はしない。
殺した命は帰ってこないから、彼らのためにも素晴らしい国を作るんだ。
アルフォンスと一緒に作るんだ。
汚れても、折れても、穢れて枯れたとしても。
必ず新しい芽が芽吹くように。
俺は、アルフォンスのところへ帰るんだ!!!!
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