55 / 61
いなくていい子のロック
しおりを挟む――グラグラグラと激しく揺れる。
これは、このアヒルがわざと揺らしているのだろう。
そのせいで、水が中にどんどん入ってきて、徐々に身体が沈んでいく。
「やっ、やだ! なんで? 私を助ける為に、来てくれたんじゃないの!?」
『グァ"ア"ア"ーーグァァゲゲゲッ! グァア"ア"ゲゲゲッッ!!』
笑っている。いや、これは……嘲笑っている。
「そんな……! あなたは、自由に浮けるからいいじゃないっ! 私はそうじゃないの! 可哀想に思わないの!? 出来る人が、出来ない人を助けるのが当たり前じゃないっ!!」
大きく口を吊り上げ、嗤い、嗤い、嗤われる。
その嗤い顔や、声を聞きたくなくて。私は耳を押さえ、下を向く。
(嫌だ。こんなの……嫌、嫌、嫌。誰か、誰か、助けて……誰か……――)
その時――脳裏に、未来ちゃんの温かな笑顔が浮かぶ。
私は、凜々花たちにいじめられているのをいつも庇ってくれる、未来ちゃんにお礼を言ったことがあった。
すると――『そんな、お礼なんてしなくていいよ。あっ! でも、もし……私が悲しい時があったら一緒にいて欲しいな。それが、一番嬉しいよ』と未来ちゃんは、温かな笑顔を浮かべていた。
「あ……。悲しい、時に…………」
未来ちゃんは、泣いていた。ずっと、ずっと、悲しそうに泣いていた。
『一緒にいて欲しい』という、ささやかな願いすら……私は叶えてあげることが出来なかった。
――未来ちゃんが、私の代わりになると言ってから。凜々花たちに言われるまま、私は未来ちゃんから自然と離れていった。
未来ちゃんは傷ついたような、悲しそうな顔を浮かべて私を見ていたのに……。私はそれを分かっていて、見て見ぬふりをした。
何かを言い返すことは出来なくても。凜々花たちの指示を聞くことをせずに、未来ちゃんと一緒にいることは出来たはずだ。
2人なら、苦しいことも半々になったかもしれないし、助け合えただろう。
そもそもは、未来ちゃんは私のせいで辛い思いをすることになったのだから、そうすることは当たり前なことなのに――。
私は、私をずっと助けてくれた未来ちゃんを、ひどい方法で裏切ったのだ。
「ぁっ、あああああーーー!! 未来ちゃん、未来ちゃん、未来ちゃんっ!!」
今さら、今さらなことなのに……時間を戻してやり直したい。
なんで、今になって大事なことに気が付くのだと。むしろ、気が付きたくなかったと――苦しい胸を強く押さえながら、泣きわめく。
うるさいというように、グワリと足元が傾き。勢いよく水中に放り出された。
「ゲホッ、ゲホッ……!」
水が鼻に入り、ツンとする。
しかし、それが治る前に――身体が、強い流れに引っ張られる。
ゴゥゴゴゴゥウ……! と雷鳴に似た音。
私が引っ張り込まれた場所。そこは、渦潮の中であった。
ブクブクブクブクとたくさんの泡が視界を占めている。もみくちゃに回転して、浮上することなど到底無理だろう。
泡の隙間から顔を覗かせた、白いアヒルが『ギャボッ、ギャボッ、ギャボッ!!』と大きく口を開けて嗤っている。
口の中は、サメの歯のような何重にもなっている鋭い歯が、ビッシリと生えていた。
その白いアヒルに、ガブリと肩を齧られ。鋭い歯が、肌にめり込む――そして、じわじわじわと何かを体内に入れられている。
(……っ、いっ、痛っ、痛い、痛い、痛いぃ"い"い"!!)
身体中が焼けるように痛い。
体内を、ぐちゃぐちゃに掻き回されているような痛さだ。
そして直ぐに、私の身体がドロドロと溶けていく。
それを、悪い視界の中でも理解し。恐怖に叫ぼうと息を吸い込んだことで、ガボガボガボと水を大量に飲み込んでしまった――。
(助け……て、未来ちゃ……――)
私が、助けを求めた人物は――無情にも、己が裏切り、既にこの世を去ってしまった哀れな女の子であった。
262
お気に入りに追加
504
あなたにおすすめの小説
【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。
N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間
ファンタジーしてます。
攻めが出てくるのは中盤から。
結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。
表紙絵
⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101)
挿絵『0 琥』
⇨からさね 様 X (@karasane03)
挿絵『34 森』
⇨くすなし 様 X(@cuth_masi)
◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
某国の皇子、冒険者となる
くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。
転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。
俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために……
異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。
主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。
※ BL要素は控えめです。
2020年1月30日(木)完結しました。
鈍感モブは俺様主人公に溺愛される?
桃栗
BL
地味なモブがカーストトップに溺愛される、ただそれだけの話。
前作がなかなか進まないので、とりあえずリハビリ的に書きました。
ほんの少しの間お付き合い下さい。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる