貧乏伯爵の三男(勇者?)は潜伏魔王に嫁ぐ

竜鳴躍

文字の大きさ
上 下
45 / 61

勇者と魔王パーティ

しおりを挟む
 気がかりな話が終わったからか、皇帝はそそくさと茶の入った杯を空けた。
 もともと定例の訪問の時でさえこの父親の滞在時間は短いらしい。今回は胸のつかえが取れたせいか、それとも銀月に耳の痛い話をされたからか、早くも皇帝は椅子から腰を浮かせかけていた。

「迎えを呼びますよ」

 銀月は戸口に控えたままの白狼を振り返った。しかし皇帝はそれを手で制する。そしてにんまりと笑みを浮かべると顎のひげを撫でた。

「今日はよい。この後、永和宮えいわきゅうに行くと先触さきぶれを出しているのでな。このまま歩いて行こうと思っている」
「永和宮までおひとりで行かれるのですか? では、お見送りにしゅうを付けましょう」
「おおそうか、助かる」
「門までお送りいたします。白狼」

 後宮に来たついでに他の妃嬪ひひんに会っていくらしい。その話題になった途端に顔が若々しく輝いているから現金な者である。
 永和宮は誰の住む宮だったか。少なくとも皇后と貴妃の宮ではない。つい先ほど皇后が、貴妃がと怯えていたはずなのに舌の根も乾かぬうちに、と白狼は心底呆れかえりながら人払いで締め切っていた扉を開ける。
 立ち上がった皇帝は、「では健勝けんしょうで」とだけ告げると白狼のいるほうへと歩き出した。もちろん白狼は拱手こうしゅしながら頭を下げてそれをやり過ごす――はずだった。
 
「そこの宦官は新しい顔だが、先日の銀月についていたな……ん?」

 ただ目の前を通りすぎるだけのはずの皇帝が、ふと足を止めたのだ。おやと言われて伏せていた目をちらりと上げれば、眼前に皇帝の顔が迫っている。まるで見分するかのように皇帝の目がまじまじと白狼の顔を見つめていた。

「ほう……ほう」
「父上? この者がなにかご無礼でも?」
「いやいや、そうではなく……」

 そういうと皇帝は更に白狼に顔を近づけた。小さな白狼の顔に皇帝の顔が近づいているということは、皇帝の方が腰をかがめているのだろう。息がかかるほどに近づかれ、気圧けおされたように白狼が後ずさる。
いや、気圧されたのではない。皇帝の衣にめられた甘ったるい香のにおいと、年配の男によくある吐息の臭気に圧されたのだ。本能的に体が反り返るのを止められず、白狼はまた一歩後ずさった。
 一体なんのつもりだ。耐えかねた白狼が思わず怒鳴りつけてしまいそうになった時、なるほど、と皇帝が体を起こした。

「なんじゃ。そなた、おなごか」
「げ」

 自制できず白狼の口から異音が漏れる。しかしほぼ同時に銀月の口からも同じような音が漏れていた。翠明に聞かれていたら拳骨を落とされ半刻ほど小言を言われるような出来事である。
 しかし皇帝はそんな二人の様子など意にも介さず、ほうほうなるほどとためつすがめつしながら長く垂らした顎鬚あごひげでつけた。
 その目つきがやけに粘っこく絡みつき、白狼の背に怖気おぞけが走った。着物越しに眺められているはずなのに、なぜか丸裸にされている気さえする。
 端的に、気色悪いと思った。それなのにいつものように口汚く退けることができないのはなぜか。本音でいえば一目散に自室へ逃げ帰りたい。
 
「随分と年若く見えるが、乙女の年ごろにも見えるのう。何故に男のふりをして宦官などになっているのだ」
「ち、父上! お待ちくださいこれには少々訳がございまして」
「訳? まあ訳もなくこんなことはしないだろうが、それにしてもなぜ宦官なのだ。女官として雇いあげればよかろうに」

 ようやく見分に納得がいったのか、皇帝は白狼に向かって尋ねた。直答じきとうをしてよいものかどうか、躊躇ためらう白狼に代わり銀月が口を開く。普段より一割増ほど早口なのは、冷静沈着な姫君の振る舞いを心がけている彼としては珍しい。
 銀月は白狼を背に隠すように二人の間に分け入った。細い体ではあったが、直接皇帝の目に晒されなくなり白狼の口からほっと安堵のため息が漏れた。
 しかし皇帝の興味は白狼かられることはなかった。銀月の肩越しに顔をのぞき込まれ、白狼の我慢もそろそろ限界近くなってくる。

「おお、よく見たら中々に見目みめも悪くないではないか。ますますなぜ宦官などに扮しておるのか」
「いつかゆっくりご説明いたしますから」
「なんじゃ、銀月の側女そばめか? 確かにお前ももう十五じゃ。側女の一人や二人……」
「違います!」
「違うわじじい!」

 室内に白狼と銀月の本気の怒鳴り声が響いた。白狼の声ばかりでなく銀月の側もいつもの作り声ではない。声変わりした直後の少年の、ほんの少し掠れた低音に一喝され皇帝がわずかに怯んだ。
 が、怯んだのはほんの一瞬だ。この男の好色ぶりは生来のものなのだろう。息子に叱られたくらいではその欲を抑えることができないらしい。にんまりと目を細めると、皇帝は銀月の肩越しに白狼の頬に手を伸ばした。冷たい爪先が皮膚に触れ、ぞくりと白狼の背筋が凍りつく。

「側女ではないのか、もったいないのう……」

 白狼が固まっていると、皇帝は懐から一本のかんざしを取り出した。金色に輝くそれは、大きな碧色の珠がはめ込まれておりその周りをいくつもの蝶が舞うという繊細な彫刻がなされている。相当に腕のある職人に作らせたものだろう。それを目のまえでちらつかせながら、皇帝は白狼にまた顔を近づけた。

「このかんざしが似合う着物を着せてやろう。儂の側で働かぬか。望めば妃にしてやることもできるぞ」
「父上!」

 銀月が父親の手を払いのけた。公的な場であれば決して許されない行為だが、ここは銀月の宮であり人払いもしている極めて私的な空間である。それを分かっているのか皇帝はそれを咎めず、いやはやと眉を下げた。

「ご無体むたいな真似はもうおやめください! おい、陛下がお帰りだ!」

 周、と銀月が表に向かって声を荒げた。主の機嫌が伝わったのだろう。中庭の向こうからバタバタと周が駆けてくる。そして皇帝と銀月の前まで来ると、作法通りに素早く膝を折った。
 周が姿を現し、人払いの時間が終わった事を理解したかのように皇帝の表情と姿勢が威厳のある風に変化した。それまでの粘っこい好色気な表情はなりを潜め、ひざまずく護衛宦官に鷹揚おうように頷いている。
 「豹変」といえる変わりように白狼は驚きながらもほっと胸をなでおろしていた。
 しかしあからさまに安堵していると思われるのも癪であり、銀月にかばわれている様を周に見られるのも腹立たしい。すぐさま自分も膝を折ってその場に平伏してみせたが、それでも銀月の隣から離れることができなかった。

「これより陛下がお帰りになる。この後は永和宮へご訪問になる予定とのこと故、お送りして差し上げよ」
「はっ」

 普段より厳しい声で告げる銀月の命令に、忠実な護衛宦官はただ一声で応じた。そしてそのまま、皇帝は何事もなかったかのように一度も振り返らず宮を後にしたのだった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

婚約破棄された婚活オメガの憂鬱な日々

月歌(ツキウタ)
BL
運命の番と巡り合う確率はとても低い。なのに、俺の婚約者のアルファが運命の番と巡り合ってしまった。運命の番が出逢った場合、二人が結ばれる措置として婚約破棄や離婚することが認められている。これは国の法律で、婚約破棄または離婚された人物には一生一人で生きていけるだけの年金が支給される。ただし、運命の番となった二人に関わることは一生禁じられ、破れば投獄されることも。 俺は年金をもらい実家暮らししている。だが、一人で暮らすのは辛いので婚活を始めることにした。

逃げる銀狐に追う白竜~いいなずけ竜のアレがあんなに大きいなんて聞いてません!~

結城星乃
BL
【執着年下攻め🐲×逃げる年上受け🦊】  愚者の森に住む銀狐の一族には、ある掟がある。 ──群れの長となる者は必ず真竜を娶って子を成し、真竜の加護を得ること──  長となる証である紋様を持って生まれてきた皓(こう)は、成竜となった番(つがい)の真竜と、婚儀の相談の為に顔合わせをすることになった。  番の真竜とは、幼竜の時に幾度か会っている。丸い目が綺羅綺羅していて、とても愛らしい白竜だった。この子が将来自分のお嫁さんになるんだと、胸が高鳴ったことを思い出す。  どんな美人になっているんだろう。  だが相談の場に現れたのは、冷たい灰銀の目した、自分よりも体格の良い雄竜で……。  ──あ、これ、俺が……抱かれる方だ。  ──あんな体格いいやつのあれ、挿入したら絶対壊れる!  ──ごめんみんな、俺逃げる!  逃げる銀狐の行く末は……。  そして逃げる銀狐に竜は……。  白竜×銀狐の和風系異世界ファンタジー。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

モブなのに執着系ヤンデレ美形の友達にいつの間にか、なってしまっていた

マルン円
BL
執着系ヤンデレ美形×鈍感平凡主人公。全4話のサクッと読めるBL短編です(タイトルを変えました)。 主人公は妹がしていた乙女ゲームの世界に転生し、今はロニーとして地味な高校生活を送っている。内気なロニーが気軽に学校で話せる友達は同級生のエドだけで、ロニーとエドはいっしょにいることが多かった。 しかし、ロニーはある日、髪をばっさり切ってイメチェンしたエドを見て、エドがヒロインに執着しまくるメインキャラの一人だったことを思い出す。 平凡な生活を送りたいロニーは、これからヒロインのことを好きになるであろうエドとは距離を置こうと決意する。 タイトルを変えました。 前のタイトルは、「モブなのに、いつのまにかヒロインに執着しまくるキャラの友達になってしまっていた」です。 急に変えてしまい、すみません。  

ちびドラゴンは王子様に恋をする

カム
BL
異世界でチート能力が欲しい。ついでに恋人も。そんなお願いをしたら、ドラゴンに生まれ変わりました。 卵から孵してくれた王子様に恋をして、いろいろ頑張るちびドラゴンの話。(途中から人型になります) 第三王子×ドラゴン 溺愛になる予定…です。

【本編完結】大学一のイケメンに好きになったかどうか聞かれています。

羽波フウ
BL
「一条くん。どう?……俺のこと好きになってくれた?」 T大の2年生の一条優里は、同じ大学のイケメン医学部生 黒崎春樹に突然告白のようなものをされた。 毎日俺にくっついてくる黒崎。 今まで全く関わりがなかったのになんで話しかけてくるの? 春樹×優里 (固定CP) 他CPも出て来ますが、完全友人枠。 ほのぼの日常風。 完全ハッピーエンド。 主人公、流されまくります。

処理中です...