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煙草の匂いと逃避行

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かたこと。かたこと。

春色のピンクの天幕で覆われた辻馬車が、僕たちを乗せて王都から離れていく。

「大丈夫ですよ。少し休んでいてください。」

僕の隣でほほ笑む美丈夫は、シュナイダー。
僕が小さい時から仕えてくれていた護衛騎士さん。

銀髪が陽の光を反射してキラキラしている。
ブルーグレーの瞳が優しく僕を映す。
がっしりしてカッコイイ体のシュナイダーと違って、僕は頼りなげな子ども。


「うん…。」

頭を撫でられて、僕は遠慮なく肩に身を預け、瞼を閉じる。

他の人から見て、僕たちはどう見えているだろう。

やっぱり兄弟、だろうか。


少なくとも主従関係には見えていない、と思いたい。


2人とも今は旅人の恰好をしている。
今日から僕たちは平民として、旅をするのだ。

でも怖くない。

シュナイダーがそばにいてくれるから。


彼に触れた右頬の方から、軽いたばこの匂いとお日様の匂いが混ざる。


好き。


シュナイダーがすき。

迷惑かけてごめんなさい。


巻き添えにしてごめんなさい。


いつか、なるべく早く、一人で生きていけるように僕頑張るから。

そうしたら、シュナイダーを自由にするから。


――――――でも、できれば。

シュナイダーに愛してほしい。


そして、彼といつまでも、いつまでも、ともに。

分かってる。自分は不釣り合い。


こんな素敵な彼に釣り合う自分になりたい……。

強くなりたい。

シュナイダーみたいに…。


色んな疲れが押し寄せて、彼の隣にいる安心と馬車の揺れが、視界を閉じた僕の意識を遠ざけた。










―8年前―



僕はアミュレット=バイス=クローバー。

敵対する大国、オオバコ王国とスズナ王国の間に挟まれた小さな小さな森林と湖に囲まれた王国の第二王子です。

先祖に妖精王がいるらしく、不思議なモノも見えますし、他の国の人たちと比べると魔法が得意ですが、争うことは苦手で…。
僕たちはいつも隣り合う国々との関係に心を砕いてきました。

オオバコ王国はクローバー王国にある山を源流とする水源を挟んでスズナ王国とつながっていて、互いに経済の面で競い合っているライバル同士。
クローバー王国が間に立っていなければ、世界規模の戦争が起きているかもしれない、そんな状態が長く続いていたのです。


僕は男の子だけど…、クローバー王国の王族は妖精の血故か不思議なことに男の子でも赤ちゃんが産める特殊な体をしているので、幼い頃にオオバコ王国の第一王子様と婚約が決まりました。


僕たちの国は、もし両国が戦争を始めたら真っ先に被害にあうでしょう。
だから、どちらにも与しない。
けれど、どちらとも仲良くする必要がある。
僕のおばさんがスズナ王国の王様に嫁いで、今度はオオバコ王国と縁を結ぶ番。
王族で年齢が釣り合うのは僕しかいなかったから、僕が嫁ぐしかないのです。
僕たちは政略結婚で縁を繋いで、世界を平和にするのです。



僕は8歳。

18歳になったばかりの仲良しの護衛のシュナイダーを連れて、オオバコ王国で暮らすことになりました。

まだ婚約者だけど、早いうちに向こうのお城に行って、オオバコ王国の歴史など、ゆくゆく王妃になるための勉強をしなければならないから。



「ああ、アミュレット。僕の可愛い弟。大切にしてもらうんだよ。」
ペールグリーンの髪とアイスブルーの瞳はクローバー王家の色です。

次の王様になる僕のお兄様、ハピネスお兄様は18歳。
スラっと身長も高くて、彫刻のように美しいお顔をしている素敵なお兄様です。
サラサラの髪の毛は前髪をセンターで分けて、肩につかない程度に伸ばしています。
お兄様みたいに美しいお顔でなければ似合わない髪型です。

「オオバコ王国の妃殿下は私のお友達です。困ったことがあったらお義母様に相談するのよ。」

「はい、お母様。」

春の花みたいな菫色の瞳と桜色の髪の華やかなお母様が、僕をぎゅっとハグしてくださいました。
「ああ、かわいい。私のアミュレット。もうむぎゅむぎゅできないのですね。」

「お母様くすぐったいです。」


「バイオレットばかり狡い。私にもハグをさせておくれ。」

ペールグリーンの髪でお兄様をナイスミドルにした感じのお父様。
威厳のあるお父様だけど、僕にはちょっと甘いかも?


僕の髪の色と目の色はお父様似だけど、顔はお母様に似ているそうです。
だけれど、僕だけ、ちょっと、ふくよか?
お嫁に行く僕を甘やかしたくて、餌付けした結果がこれです…。


子どもはいっぱい食べないといけないって言っても限度があったと思うのですが。
僕もなぜかいつもお腹を空かせていて、ついつい食べすぎちゃったので仕方ありません。

漸く最近になって、食べる量は落ち着いてきましたが、お肉が大変なことになっていると思います。


ぷにっとした体つきも、ぽこんとしたおなかも、ぷにぷにした手も、家族は可愛い可愛いって言ってくれるけど、絶対に身内の欲目だと思うのだけれど。


「お父様、お母様、お兄様、今までありがとうございました。国の安寧とみんなの幸せを願っています。」

「アミュレット!!!」



「時間です。まいりましょう、アミュレット様。」

「はい。」

涙を拭いて、シュナイダーのエスコートで僕は馬車に乗り込んだ。


こうして、僕はオオバコ王国に嫁いだのです。





「よく参りました!ますますバイオレットにそっくりになりましたね!」

王妃様は優しそうな人。金髪碧眼で、ゴージャスな感じの美人さんだ。

でも僕、お母様みたいに美人じゃないと思うんだけれど。お肉たっぷりの体だし…。

「ふふふ、緊張せずともよい。これからよろしくな。息子を呼ぼう。」

おひげのいかつい陛下も気さくな感じでよかった。
シルバーの髪とブルーグレーの瞳がシュナイダーみたいで、なんだかほっとしちゃう。


奥の方から、僕よりちょっとだけお兄さんの王子様が小さい子を伴って現れる。
第一王子のアクセル=ウォーム=オオバコ殿下。
僕の婚約者になる方。

小さい子は弟殿下、第二王子のブレーキ殿下だ。


「ようこそ。アミュレット様。これからよろしくお願いします。」

金髪碧眼の綺麗な男の子。

アクセル様が僕の未来の旦那様……。


「よ、よろしくおねがいしますっ。」




『豚…。』



「えっ?」


「ふふ。」


笑顔で握手するけれど、一瞬、一言。

僕にしか聞こえないように耳元で。

僕は確かに蔑まれたのでした。



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