パパ溺愛幼女奮闘計画

片原痛子

文字の大きさ
上 下
11 / 19

11話.公爵家の次期後継者ということ

しおりを挟む



「スー……スー……」

「はぁ……やっと寝たわね……」

深夜11時頃、ようやく遊び疲れたスフェンが私のベッドで眠りについた。
着せ替えをするといって私のクローゼットを漁ったかと思えば、今度は枕投げをすると言い、なんとかベッドに押し込んだら今度はやれ読んでる小説の男主人公がかっこいいだの永遠に一人で喋り倒していた。
私はそんな彼女を宥めることを早々に諦め、最早ただ頷くだけの人形と化していた。
そして散々騒いだ後には自分だけさっさと眠ってしまった。
しかも私の部屋で。こんなはずじゃなかったのに……。

「私も早く寝よ」

広いベットの中央を陣取るスフェンを端に退かしながら私はシーツをかけて目を閉じた。
疲れていたからか私は直ぐに深い眠りへと誘われる。
これで明日には彼女たちから解放される。そうしたら、遊びも全部断って、もう二度と彼女たちには関わらないでおこう。
そうしたらまたお父様と2人で………。

………。

『……様!……サファイア様!』

「ぅうん……」

『サファイア様大変です!起きてください!』

精霊が耳元で叫びながらぐるぐると飛び回り、私は夢から現実へと強制的に戻された。

「ふぁ……何?」

私は重い瞼を擦った。
精霊は大変興奮しているが、私は眠気でそれどころでない。

『あの女の人がお父様の寝室に行くって言ってます!』

「なんですって!?」

しかしその言葉で眠気は吹き飛び、私は慌てて飛び起きた。

「どういうこと!?」

『それが……サファイア様が眠った後、私たちの方で夫人の様子を監視してたのですが、先ほど入浴しながら「妻を亡くして長く独り身だから、女の身体に飢えているに違いない。寝室に潜り込んでしまえば拒まれはしないはず」と呟いてるのを聞いてしまったんです!』

「なんてこと!」

私は思わず枕を殴りつけた。
あの女、既婚者のくせによその男に色目を使おうだなんて何を考えているの!?お父様と親しくなろうとするのは100歩譲って理解できるけれど、まさか寝室に入り込もうとするなんて……なんてふしだらな女なんだ!

「夫人はもうお父様の寝室に!?」

「いえ、さっき入浴を終えたところなので……。でももう直ぐに……」

コツ……コツ……

そのとき、廊下の方からヒールの足音が聞こえた。
使用人の履く踵の低い靴の音ではなく、女性が履く踵の高い靴……そんなものを履く人は今この屋敷に一人しかいない。
その足音は私の部屋を通り過ぎ、更に奥の部屋へと向かう。

「……」

私は物音を立てないように慎重にベッドから降りて廊下に続く扉の前へ近づく。
足音は奥の部屋の前で止んでいる。

あぁ、お父様の部屋にあの女が入る前に止めないと!
私は特に策もないままとにかく廊下へと飛び出した。

ガチャ

「……!」

「!」

廊下には確かにバスローブ姿のプリマヴェーラ夫人が立っていた。髪からはまだ水が滴り、それが服装と相まって艶っぽさを演出している。
が、客人の服装としては0点だ。

「……お父様の部屋のそばで何をしているんですか?」

私を見た途端、夫人はバツの悪そうな顔をしたがすぐにいつもの優雅な笑みを浮かべる。

「あらあら、いけない子ね。まだ起きてたの?早く寝ないと大きくなれないわよ」

「質問に答えて下さい。お父様の部屋の前で一体何をしているんですか」

「私は公爵様に泊めていただいたお礼を言いにきただけよ?」

「バスローブでですか?」

「………」

夫人はその質問に目尻をあげ、私を睨む。もう私に対して取り繕う気はないようだ。

「大人には大人の話し合い方があるのよ。子供は気にしなくていいの」

「気にします。公爵様は、ピラッタ・テゾーロは私のお父様だから。お父様のことで私に関係ないことなんて存在しません」

私の言葉に夫人はふっと表情を変え、くつくつと笑い出した。

「……そうね、貴女たちは親子だもの。でもそれなら子供のすることも親に関係あるわよね?」

「何が言いたいんですか」

夫人がカツカツと私に近づいてきて、私の肩を爪が食い込むほど強く握った。

「ッ!」

「貴女、お父様のことが大好きよね?なら、スフェンに嫌われて、社交界で孤立したくないわよね?もしそんなことになったら、貴女の大事なお父様がさぞがっかりするでしょうね?」

「!」

夫人の言葉に、私は動揺した。
まさにそれが、何度も彼女たちと縁を切ろうとして切れなかった理由だったから。夫人はそれをよく理解していたようだ。
私の弱点につけ込み、狡猾に笑う様は邪悪な魔女のようだ。

「なら、大人しくしていないと。分かったら早くスフェンと一緒に寝なさい」

「……」

どうしよう。
夫人の言う通りにしないと、お父様にがっかりされてしまうだろうか。私はお父様に嫌われたくない。
でも、もう彼女たちに振り回されたくない。

「何をしている?」

そのとき、階段の方から今頭に描いていた大好きな人の声が聞こえてきた。

「公爵様!」

「お父様……」

どうやらお父様は執務室で仕事をしていて、寝室にはいなかったようだ。つまり、夫人の作戦は最初から失敗していた。
そのことに、私は酷く安堵した。

「公爵様、こんな夜遅くまでお仕事お疲れ様です」

「……貴女たちを三階に入れる許可は出していないが」

お父様は下品な格好で歩み寄った夫人を冷たく見やったが、彼女はめげなかった。

「娘がどうしてもサファイアと一緒に寝ると行って聞かなくて、様子を見に来たんです。そうだ、子供たちのことでお話でもしませんか」

嘘だと叫びたかった。
この人はお父様を誘惑しにきたんだと。けれどさっきの言葉が頭に木霊して上手く言葉が出せなかった。

「おい」

お父様の声に反射的に顔を上げた。
私に言ってるとは思わなかったけれど、お父様はまっすぐに私だけを見ていた。
お父様が、私に話しかけている。

「いつまでこのような者に手をこまねいている?」

「え……?」

「お前はサファイア・テゾーロ。テゾーロ公爵家の後継者だ。なら他人の顔色を伺う必要はない」

お父様のその言葉に、頭の中の霧が晴れていくような感覚がした。

そうだ。私はサファイア・テゾーロ。
何が評判だ社交界だ。
私はテゾーロ公爵家の公女、誰かに媚びへつらうことも嫌なことを我慢する必要もない。
そんなのは全然、テゾーロらしくはない。

「あの……?」

私は状況を理解できない夫人に向き直り、彼女を睨みつけた。私の心にもう迷いはない。

「出ていって下さい。そしてもう二度とこの家に来ないで」

夫人は私の言葉に驚き声を荒げる。

「出ていけって、この雨の中をですか!?それはあまりに酷いですわ!」

「貴女たちの行動は不愉快です。入るなと言った私的空間にまで踏み入るなんて。言いつけを破ったのはそちらですので責任は自分で取って下さい」

「……!こんなことをして、許しませんよ!スフェンにだって二度と貴女に関わるなと言って聞かせます」

ガチャ

「サファイア……お母様……?」

廊下の騒ぎで流石に起きてしまったのだろう、スフェンが部屋から顔を出した。丁度いい機会だ、彼女にもしっかり言っておこう。

「構いません。私は夫人にも令嬢にももううんざりです。今後もう二度と私たちに関わらないで下さい」

スフェンは大きな目を丸くして驚いて、やがてボロボロと泣き始めた。

「どうしてそんな意地悪を言うの!もう一緒に遊んであげないよ!お友達にも言うからね!」

そう泣きじゃくるスフェンに、私には少しもかわいそうだと言う気持ちは湧かなかった。
これで楽になれる。ただそればかりだ。

「そう。それじゃあさよならね、スフェン」

「う、うわあああああああん!」

「……娘もこう言っているのでね、お帰り願おうか」

「………」

「返事は?」

「…………はい」


こうして、嵐の夜とプリマヴェーラ親子との関係は終わった。

本当はその後も厚かましく訪問してきていたが、門前払いされ彼女たちが我が家の敷居を跨ぐことは二度となかった。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

勇者パーティのサポートをする代わりに姉の様なアラサーの粗雑な女闘士を貰いました。

石のやっさん
ファンタジー
年上の女性が好きな俺には勇者パーティの中に好みのタイプの女性は居ません 俺の名前はリヒト、ジムナ村に生まれ、15歳になった時にスキルを貰う儀式で上級剣士のジョブを貰った。 本来なら素晴らしいジョブなのだが、今年はジョブが豊作だったらしく、幼馴染はもっと凄いジョブばかりだった。 幼馴染のカイトは勇者、マリアは聖女、リタは剣聖、そしてリアは賢者だった。 そんな訳で充分に上位職の上級剣士だが、四職が出た事で影が薄れた。 彼等は色々と問題があるので、俺にサポーターとしてついて行って欲しいと頼まれたのだが…ハーレムパーティに俺は要らないし面倒くさいから断ったのだが…しつこく頼むので、条件を飲んでくれればと条件をつけた。 それは『27歳の女闘志レイラを借金の権利ごと無償で貰う事』 今度もまた年上ヒロインです。 セルフレイティングは、話しの中でそう言った描写を書いたら追加します。 カクヨムにも投稿中です

勇者召喚に巻き込まれた俺はのんびりと生活したいがいろいろと巻き込まれていった

九曜
ファンタジー
俺は勇者召喚に巻き込まれた 勇者ではなかった俺は王国からお金だけを貰って他の国に行った だが、俺には特別なスキルを授かったがそのお陰かいろいろな事件に巻き込まれといった この物語は主人公がほのぼのと生活するがいろいろと巻き込まれていく物語

チートな幼女に転生しました。【本編完結済み】

Nau
恋愛
道路に飛び出した子供を庇って死んだ北野優子。 でもその庇った子が結構すごい女神が転生した姿だった?! 感謝を込めて別世界で転生することに! めちゃくちゃ感謝されて…出来上がった新しい私もしかして規格外? しかも学園に通うことになって行ってみたら、女嫌いの公爵家嫡男に気に入られて?! どうなる?私の人生! ※R15は保険です。 ※しれっと改正することがあります。

冒険者パーティから追放された俺、万物創生スキルをもらい、楽園でスローライフを送る

六志麻あさ@10シリーズ書籍化
ファンタジー
とある出来事をきっかけに仲間から戦力外通告を突きつけられ、パーティを追放された冒険者カイル。 だが、以前に善行を施した神様から『万物創生』のスキルをもらい、人生が一変する。 それは、便利な家具から大規模な土木工事、果てはモンスター退治用のチート武器までなんでも作ることができるスキルだった。 世界から見捨てられた『呪われた村』にたどり着いたカイルは、スキルを使って、美味しい料理や便利な道具、インフラ整備からモンスター撃退などを次々とこなす。 快適な楽園となっていく村で、カイルのスローライフが幕を開ける──。 ●表紙画像は、ツギクル様のイラストプレゼント企画で阿倍野ちゃこ先生が描いてくださったヒロインのノエルです。大きな画像は1章4「呪われた村1」の末尾に載せてあります。(c)Tugikuru Corp. ※転載等はご遠慮ください。

あ、出ていって差し上げましょうか?許可してくださるなら喜んで出ていきますわ!

リーゼロッタ
ファンタジー
生まれてすぐ、国からの命令で神殿へ取られ十二年間。 聖女として真面目に働いてきたけれど、ある日婚約者でありこの国の王子は爆弾発言をする。 「お前は本当の聖女ではなかった!笑わないお前など、聖女足り得ない!本来の聖女は、このマルセリナだ。」 裏方の聖女としてそこから三年間働いたけれど、また王子はこう言う。 「この度の大火、それから天変地異は、お前がマルセリナの祈りを邪魔したせいだ!出ていけ!二度と帰ってくるな!」 あ、そうですか?許可が降りましたわ!やった! 、、、ただし責任は取っていただきますわよ? ◆◇◆◇◆◇ 誤字・脱字等のご指摘・感想・お気に入り・しおり等をくださると、作者が喜びます。 100話以内で終わらせる予定ですが、分かりません。あくまで予定です。 更新は、夕方から夜、もしくは朝七時ごろが多いと思います。割と忙しいので。 また、更新は亀ではなくカタツムリレベルのトロさですので、ご承知おきください。 更新停止なども長期の期間に渡ってあることもありますが、お許しください。

園芸店店長、ゲーム世界で生産にハマる!

緑牙
ファンタジー
植物が好きで園芸店の店長をしている 志田良太。 ゲーム世界に飛び込んで遊べるVRMMORPGのゲームを入手して、成り行きでおこなった生産に徐々にハマっていく。 製薬・鍛冶・料理・栽培などの生産を通じて、AI搭載のNPCや他のプレイヤーと交流していく。 時には他プレイヤーに絡まれたり、 時にはNPCを助けたり、 時には仲良くなったNPCや動物達と一緒に作業したり、 周囲に流されながらも、毎日を楽しく過ごしていきます。 その中で「生産者のリョウ」として徐々に名が知れていってしまうが、そんなことはお構いなしにマイペースに突き進んでいくお話です! ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ 本格的に生産を始めるのは二章からになります! タイトルに※印が付いていたら、乱暴な表現や台詞があります。 話はかなりスローペースに進んでいきます! 体の不調が続いてるため、不定期更新になります。 投稿できそうな日は、近況にてご報告致します。

おっさん聖女!目指せ夢のスローライフ〜聖女召喚のミスで一緒に来たおっさんが更なるミスで本当の聖女になってしまった

ありあんと
ファンタジー
アラサー社会人、時田時夫は会社からアパートに帰る途中、女子高生が聖女として召喚されるのに巻き込まれて異世界に来てしまった。 そして、女神の更なるミスで、聖女の力は時夫の方に付与された。 そんな事とは知らずに時夫を不要なものと追い出す王室と神殿。 そんな時夫を匿ってくれたのは女神の依代となる美人女神官ルミィであった。 帰りたいと願う時夫に女神がチート能力を授けてくれるというので、色々有耶無耶になりつつ時夫は異世界に残留することに。 活躍したいけど、目立ち過ぎるのは危険だし、でもカリスマとして持て囃されたいし、のんびりと過ごしたいけど、ゆくゆくは日本に帰らないといけない。でも、この世界の人たちと別れたく無い。そんな時夫の冒険譚。 ハッピーエンドの予定。 なろう、カクヨムでも掲載

処理中です...