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11話.公爵家の次期後継者ということ
しおりを挟む「スー……スー……」
「はぁ……やっと寝たわね……」
深夜11時頃、ようやく遊び疲れたスフェンが私のベッドで眠りについた。
着せ替えをするといって私のクローゼットを漁ったかと思えば、今度は枕投げをすると言い、なんとかベッドに押し込んだら今度はやれ読んでる小説の男主人公がかっこいいだの永遠に一人で喋り倒していた。
私はそんな彼女を宥めることを早々に諦め、最早ただ頷くだけの人形と化していた。
そして散々騒いだ後には自分だけさっさと眠ってしまった。
しかも私の部屋で。こんなはずじゃなかったのに……。
「私も早く寝よ」
広いベットの中央を陣取るスフェンを端に退かしながら私はシーツをかけて目を閉じた。
疲れていたからか私は直ぐに深い眠りへと誘われる。
これで明日には彼女たちから解放される。そうしたら、遊びも全部断って、もう二度と彼女たちには関わらないでおこう。
そうしたらまたお父様と2人で………。
………。
『……様!……サファイア様!』
「ぅうん……」
『サファイア様大変です!起きてください!』
精霊が耳元で叫びながらぐるぐると飛び回り、私は夢から現実へと強制的に戻された。
「ふぁ……何?」
私は重い瞼を擦った。
精霊は大変興奮しているが、私は眠気でそれどころでない。
『あの女の人がお父様の寝室に行くって言ってます!』
「なんですって!?」
しかしその言葉で眠気は吹き飛び、私は慌てて飛び起きた。
「どういうこと!?」
『それが……サファイア様が眠った後、私たちの方で夫人の様子を監視してたのですが、先ほど入浴しながら「妻を亡くして長く独り身だから、女の身体に飢えているに違いない。寝室に潜り込んでしまえば拒まれはしないはず」と呟いてるのを聞いてしまったんです!』
「なんてこと!」
私は思わず枕を殴りつけた。
あの女、既婚者のくせによその男に色目を使おうだなんて何を考えているの!?お父様と親しくなろうとするのは100歩譲って理解できるけれど、まさか寝室に入り込もうとするなんて……なんてふしだらな女なんだ!
「夫人はもうお父様の寝室に!?」
「いえ、さっき入浴を終えたところなので……。でももう直ぐに……」
コツ……コツ……
そのとき、廊下の方からヒールの足音が聞こえた。
使用人の履く踵の低い靴の音ではなく、女性が履く踵の高い靴……そんなものを履く人は今この屋敷に一人しかいない。
その足音は私の部屋を通り過ぎ、更に奥の部屋へと向かう。
「……」
私は物音を立てないように慎重にベッドから降りて廊下に続く扉の前へ近づく。
足音は奥の部屋の前で止んでいる。
あぁ、お父様の部屋にあの女が入る前に止めないと!
私は特に策もないままとにかく廊下へと飛び出した。
ガチャ
「……!」
「!」
廊下には確かにバスローブ姿のプリマヴェーラ夫人が立っていた。髪からはまだ水が滴り、それが服装と相まって艶っぽさを演出している。
が、客人の服装としては0点だ。
「……お父様の部屋のそばで何をしているんですか?」
私を見た途端、夫人はバツの悪そうな顔をしたがすぐにいつもの優雅な笑みを浮かべる。
「あらあら、いけない子ね。まだ起きてたの?早く寝ないと大きくなれないわよ」
「質問に答えて下さい。お父様の部屋の前で一体何をしているんですか」
「私は公爵様に泊めていただいたお礼を言いにきただけよ?」
「バスローブでですか?」
「………」
夫人はその質問に目尻をあげ、私を睨む。もう私に対して取り繕う気はないようだ。
「大人には大人の話し合い方があるのよ。子供は気にしなくていいの」
「気にします。公爵様は、ピラッタ・テゾーロは私のお父様だから。お父様のことで私に関係ないことなんて存在しません」
私の言葉に夫人はふっと表情を変え、くつくつと笑い出した。
「……そうね、貴女たちは親子だもの。でもそれなら子供のすることも親に関係あるわよね?」
「何が言いたいんですか」
夫人がカツカツと私に近づいてきて、私の肩を爪が食い込むほど強く握った。
「ッ!」
「貴女、お父様のことが大好きよね?なら、スフェンに嫌われて、社交界で孤立したくないわよね?もしそんなことになったら、貴女の大事なお父様がさぞがっかりするでしょうね?」
「!」
夫人の言葉に、私は動揺した。
まさにそれが、何度も彼女たちと縁を切ろうとして切れなかった理由だったから。夫人はそれをよく理解していたようだ。
私の弱点につけ込み、狡猾に笑う様は邪悪な魔女のようだ。
「なら、大人しくしていないと。分かったら早くスフェンと一緒に寝なさい」
「……」
どうしよう。
夫人の言う通りにしないと、お父様にがっかりされてしまうだろうか。私はお父様に嫌われたくない。
でも、もう彼女たちに振り回されたくない。
「何をしている?」
そのとき、階段の方から今頭に描いていた大好きな人の声が聞こえてきた。
「公爵様!」
「お父様……」
どうやらお父様は執務室で仕事をしていて、寝室にはいなかったようだ。つまり、夫人の作戦は最初から失敗していた。
そのことに、私は酷く安堵した。
「公爵様、こんな夜遅くまでお仕事お疲れ様です」
「……貴女たちを三階に入れる許可は出していないが」
お父様は下品な格好で歩み寄った夫人を冷たく見やったが、彼女はめげなかった。
「娘がどうしてもサファイアと一緒に寝ると行って聞かなくて、様子を見に来たんです。そうだ、子供たちのことでお話でもしませんか」
嘘だと叫びたかった。
この人はお父様を誘惑しにきたんだと。けれどさっきの言葉が頭に木霊して上手く言葉が出せなかった。
「おい」
お父様の声に反射的に顔を上げた。
私に言ってるとは思わなかったけれど、お父様はまっすぐに私だけを見ていた。
お父様が、私に話しかけている。
「いつまでこのような者に手をこまねいている?」
「え……?」
「お前はサファイア・テゾーロ。テゾーロ公爵家の後継者だ。なら他人の顔色を伺う必要はない」
お父様のその言葉に、頭の中の霧が晴れていくような感覚がした。
そうだ。私はサファイア・テゾーロ。
何が評判だ社交界だ。
私はテゾーロ公爵家の公女、誰かに媚びへつらうことも嫌なことを我慢する必要もない。
そんなのは全然、テゾーロらしくはない。
「あの……?」
私は状況を理解できない夫人に向き直り、彼女を睨みつけた。私の心にもう迷いはない。
「出ていって下さい。そしてもう二度とこの家に来ないで」
夫人は私の言葉に驚き声を荒げる。
「出ていけって、この雨の中をですか!?それはあまりに酷いですわ!」
「貴女たちの行動は不愉快です。入るなと言った私的空間にまで踏み入るなんて。言いつけを破ったのはそちらですので責任は自分で取って下さい」
「……!こんなことをして、許しませんよ!スフェンにだって二度と貴女に関わるなと言って聞かせます」
ガチャ
「サファイア……お母様……?」
廊下の騒ぎで流石に起きてしまったのだろう、スフェンが部屋から顔を出した。丁度いい機会だ、彼女にもしっかり言っておこう。
「構いません。私は夫人にも令嬢にももううんざりです。今後もう二度と私たちに関わらないで下さい」
スフェンは大きな目を丸くして驚いて、やがてボロボロと泣き始めた。
「どうしてそんな意地悪を言うの!もう一緒に遊んであげないよ!お友達にも言うからね!」
そう泣きじゃくるスフェンに、私には少しもかわいそうだと言う気持ちは湧かなかった。
これで楽になれる。ただそればかりだ。
「そう。それじゃあさよならね、スフェン」
「う、うわあああああああん!」
「……娘もこう言っているのでね、お帰り願おうか」
「………」
「返事は?」
「…………はい」
こうして、嵐の夜とプリマヴェーラ親子との関係は終わった。
本当はその後も厚かましく訪問してきていたが、門前払いされ彼女たちが我が家の敷居を跨ぐことは二度となかった。
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