幻想異邦紀行

赤井夏

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6. ポルティネについて

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 ポルティネにある二つしかない駅のうちの一つに、長大な貨物列車が到着すると、灰色の作業着を着た人々がコンテナから一斉に飛び出し、黒やら紺やら茶に灰と、色とりどりの箱のような物を忙しなく搬出します。

 そして箱のような物をカゴの台車に高く積み上げ、駅の外に列をなし待機していた象のように巨大なトレーラーの荷台に、次々と載せてゆきます。

 トレーラーが行く先は、ポルティネの省庁や、ポルティネに身を置く大企業のほとんどが詰めこまれた、じつに幅七千メートル、高さ五千メートルの千二百階建ての超高層ビルにございます。

 ビルの搬入口にトレーラーが到着しますと、警備員はトレーラーを慣れた手つきで誘導し、墓地に佇む墓石群のように理路整然と駐車させてゆきます。

 後輪が止め石に当たった感触を得たら、作業員は勢いよくコンテナを開き、載せていた箱のような物を、急病人をストレッチャーで運ぶがごとく大急ぎで搬出し、それを地面に並べてゆきました。

 並べて何をするのかと思っていると、今度は家畜を屠る空気銃のようなものをコンテナの奥からもって来、ホースの先端で箱のような物を次々と突くのでございます。
 するとどういうわけか、箱はどろどろに溶けてゆき、そして溶けたかと思うと今度はぶくぶくと泡を立てながら人の形が形成され、あっという間にスーツを着た男やら女やらが出来上がりました。

 箱だった人々は人になったと同時に、今度はホースで箱を突く作業員よりも大慌てでエスカレーターを駆け上がってゆくのでございました。

 このような光景は、中産階級以上のポルティネ人が多く住む地域では日常茶飯事でございます。

 ポルティネ人は非常にせっかちで無駄を嫌う性分にございまして、今申した箱のような状態になり、荷物のように列車やトレーラーに積まれ、各々の職場に運ばせる術を身につけたのでございます。

 彼らは夕に仕事が終われば、下流階級の作業員によってホースで突かれ今度は箱になると、また朝と同じようにトレーラーと列車に揺られながら自分の家——といってもポルティネで個人の持ち家に住めるのはごく一握りの上流階級のブルジョワのみで、その他のプロレタリアは郊外に所狭しと立ち並ぶ朴訥な集合団地に住む以外に選択の手立てはございませんが——に届けられるのでございます。

 下流労働者は箱になることが認められておりません。生身の体のまま、貨物列車ではなく人員を輸送する列車やバスに乗り、それぞれの仕事場に向かうのでございます。

 人を輸送するための機構は、箱人間を運搬するためのそれとは違い、人口のわりに未発達、あるいは一地域に人が集まりすぎているために、列車の中の労働者は、檻に詰め込まれた鶏が如き様子で、息も満足にできぬ状態で、自分の降りる駅に列車が到着するまで、ただ黙って耐え忍ぶしかないのでございます。
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