幻想異邦紀行

赤井夏

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3. シンテアについて

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 シンテアの街を形成する家々は、天から伸びた細い糸によって吊り下げられております。下には底が見えぬほどの深い谷が口を開けており、落ちたらそれはもうひとたまりもないでしょう。

 民は自家に閉じこもったきりで、めったに姿を見せることはございません。しかし、ときおり窓から自分の家を吊っているような長い糸を垂らし、谷底の茶色く濁った川に棲むマスやスズキを釣り上げようと試みる様子を見かけることがございました。

 しかし、大半の家主はボウズ続きが関の山であり、日が暮れる頃にはそれを悟ったかのように、先端にふやけた釣り餌だけが残る釣り糸をたぐり、窓をばたんと閉めてしまい、また石のように黙りこくるのございます。

 シンテアでは「シンテアの風」と呼ばれる風以外が吹くことはございません。私のような外様にとっては、何ら変わった風とは感じませんが、シンテアの民にとっては奇跡を見届けるが如く特別な風なのです。

 彼らはそれが訪れる前に、それの気配を察知いたします。すると彼らは、徒労のみを得る釣りの途中であろうと、まるで隠れ家に潜む罪人のように、窓の端から頭と目だけをひょこりと出して外の景色を眺めている最中だろうと、慌ててそれを切り上げ窓とカーテンを閉め、身動き一つせずそのときを待ちます。

 そして、しばらくすると西の方から頬を撫でるそよ風が吹きました。シンテアの地に滞在してからずっと、件の風とは一体どれほどの疾風なのだろうと案じていたばかりでしたので、少し拍子抜けしてしまいました次第にございます。

 と、そのとき。街のあちらこちらで数棟ほどの家の糸が突然、全く同じ瞬間にぷつりと切れ、住人もろとも音もなく谷へと消えていってしまったではありませんか。これがシンテアの民が風を畏怖、はたまた嫌悪する理由はこの現象にあったのです。

 私が現地で雇った案内人が言うには、谷に喰われた住人は趣のない谷の風景に嫌気がさし、死を望んだ結果、風がそれに応えたからであるとか、谷の神が罪人に天罰を下したからであるとか、逆に神への生贄として身を捧げた信心深き者であるとか、様々な説が考えられるが、それも全て定かではないとのことでした。

 煮え切らぬ答えに、私はもどかしさを感じましたが仕方がありませぬ。なんせシンテア人はひどく無口なものですから。
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