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記憶の改竄、あるいは全くの幻想
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子供の頃の記憶というものは大概おぼろげで、覚えているのは「ああ、あのときあそこへ行ったな」「そこで○○君と遊んだな」というざっくりとしたことだけで、もしかしたら今話すことも、大人になってから作り変えられた架空の記憶なのかもしれない。
あれは小学1年生の頃、そのときはまだギリギリ土曜日にも午前中だけ授業があり、私は放課後に友達の――といってもさほど仲良いわけでもない鈴木君と遊ぶ約束をした。鈴木君は自分の家に案内してくれると言って、二人で私の通学路ではない道を歩いていた。あの時代の通学路というものは、私にとってはある意味スポーツのルールに通ずるほど絶対に守らなくてはいけないような感覚で、誰かに見つかって言いつけられたり、それこそ学校の先生に見つかって何か問い詰められたりでもしたら一巻の終わりだと、気が気でない思いをしたものだ。
鈴木君の家は、隣町へ通じる国道と、商店街(これも名ばかりでほとんどが店を閉じたシャッター街にほかならない)や私たちが通っていた小学校へ向かう道が交わる交差点をまっすぐ進んだ坂道の下にあるらしく、この道は出かけるときに、よく親が近道として使うのでよく知っている。ずっと坂道をくだると分かれ道があり、左に進むと大きな湖に出くわす。そこには大きな赤い橋がかかっており、大人になってから知ったのだが、この橋は心霊スポットとして有名らしい。
話を戻そう。鈴木君の家はその分かれ道の右側の、さらにもっと坂道をくだった先にあるらしい。私はこの坂道を徒歩で渡ったこともなく、ましてや右の分かれ道に進んだこともなかったので、新鮮な体験ができるということで子供の私は胸が躍った。
「ここでちょっと待ってて」
「えっここお前のうち?」
鈴木君が立ち止まったのは、コンクリートの壁に作られた階段だった。何も豪華な石造りの邸宅があるということではない。よく線路沿いの道にある高架下に降りるための、錆びついた手すりがついた小さい粗末な階段と言えばいいのだろうか。とにかくその階段を上がると民家があるとは思えない風体をしているのだ。
「違うよ。上に母ちゃんがいるからいってくる」
鈴木君はそう言って階段を登っていった。おそらくだが、こんなことを言っていた気がする。とにかく、やはり上に家があるわけではないようだった。私は鈴木君の言ったとおり階段の下で待っていることにした。
だが、待てど暮らせど鈴木君は戻ってこなかった。多分10分は待っただろう。子供が何もせず10分を過ごすなんて、それはもう途方もなく長い時間だっただろう。私は我慢できずに階段を登ることにした。
大人しか利用しないことを想定していたであろう、足を目一杯上げないといけないほど高い階段を登りきると、そこには地元では考えられない光景があった。一面の大草原が広がっていたのだ。青々とした背の低い草がどこまでも生い茂っており、遠くにはさながらWindowsXPの初期壁紙、それかゼルダの伝説時のオカリナのハイラル平原で見たような、立派な丘が盛り上がっていた。そして草原の手前の木陰に1台の車が停まっていた。中ではブレイズを施した頭をし、派手な化粧をした女性が寝ており、隣の助手席にはなんと鈴木君も同じように寝ているではないか。
所詮は子供――それも私はおそらくあまりできのいい子供ではなかっただろう。休み時間はガンダムごっこ、下校時はありもしないゲームのチートを友達とお互い教え合うような日々を送っていたのだから――、私はその光景を見てもなんの疑問も抱かなかった。普通ではありえない。温暖湿潤気候のこの日本、山には囲まれているが、高地に属するわけでもない麓の湖沿いの町にこんな草原があるなんて。今ではそう思うに違いないが、当時の私はその摩訶不思議な光景になんの疑問も抱かなかった。それよりも、何の連絡もせず私を置いてけぼりにして車で眠っている鈴木君に怒りを抱いた。だが、車の窓を叩いて鈴木君とその女性(おそらく母親だろう)を叩き起こすなんて勇気も湧かず、私はその草原を後にしてとぼとぼと家へ帰った。
翌日、真っ先に鈴木君に昨日のことを問い詰めると「用事があって遊べなくなった」と言った。だったらそれはそれで自分に言えと反論しても「いいじゃねぇか」と悪びれる様子もなく、一向に糠に釘であった。しかし子供というのは不思議なもので、一時的に喧嘩して仲違いしても、昼休みにはまるで喧嘩なんてなかったかのように仲睦まじく遊んだものだ。現に私は、次の土曜日に鈴木君を自分の家に招いてひとしきりゲームで遊んだものだ。
時は過ぎ、大人になった私は体調を崩して仕事を辞め、しばらく実家で休養していたときのこと。新たな仕事が見つかり、社会復帰の目処がついた私は、体力をつけるため毎日実家の周りをウォーキングすることを日課にしていた。いつものコースに飽きた私は、少しばかり遠出してみようと思い立ち、そこでいつもウォーキング中に気になっていたものの「まぁいいか」で片付けていた、あのときの草原に行ってみることにした。
私が毎日のように大学へ通うために使っていた駅がある町まで通づる国道と、シャッター街を通り過ぎた山の上にある高校へと通づる道の間にある、何年も見ていない赤い橋の湖に突き当たる坂道。その途中にある分かれ道を右へと進んだ。しかしそこには、あの頃あったはずの階段が全く見当たらない。私がぐんぐんと坂道を降りたが、ついにはそのような階段が見つかることはなく行き止まりへと当たってしまったのだった。
あの草原は姿を消していた。これが子供の頃をおぼろげな記憶と、他の様々な記憶を不用意に結びつけて作られた不安定な思い出なのか。それとも鈴木君と遊ぼうとしたあの日の記憶すらも全くの偽物で、私がいつぞやに作った幻想なのか。今でもあのときの光景が時折、私の記憶の奥底から沸き出ることがある。
あれは小学1年生の頃、そのときはまだギリギリ土曜日にも午前中だけ授業があり、私は放課後に友達の――といってもさほど仲良いわけでもない鈴木君と遊ぶ約束をした。鈴木君は自分の家に案内してくれると言って、二人で私の通学路ではない道を歩いていた。あの時代の通学路というものは、私にとってはある意味スポーツのルールに通ずるほど絶対に守らなくてはいけないような感覚で、誰かに見つかって言いつけられたり、それこそ学校の先生に見つかって何か問い詰められたりでもしたら一巻の終わりだと、気が気でない思いをしたものだ。
鈴木君の家は、隣町へ通じる国道と、商店街(これも名ばかりでほとんどが店を閉じたシャッター街にほかならない)や私たちが通っていた小学校へ向かう道が交わる交差点をまっすぐ進んだ坂道の下にあるらしく、この道は出かけるときに、よく親が近道として使うのでよく知っている。ずっと坂道をくだると分かれ道があり、左に進むと大きな湖に出くわす。そこには大きな赤い橋がかかっており、大人になってから知ったのだが、この橋は心霊スポットとして有名らしい。
話を戻そう。鈴木君の家はその分かれ道の右側の、さらにもっと坂道をくだった先にあるらしい。私はこの坂道を徒歩で渡ったこともなく、ましてや右の分かれ道に進んだこともなかったので、新鮮な体験ができるということで子供の私は胸が躍った。
「ここでちょっと待ってて」
「えっここお前のうち?」
鈴木君が立ち止まったのは、コンクリートの壁に作られた階段だった。何も豪華な石造りの邸宅があるということではない。よく線路沿いの道にある高架下に降りるための、錆びついた手すりがついた小さい粗末な階段と言えばいいのだろうか。とにかくその階段を上がると民家があるとは思えない風体をしているのだ。
「違うよ。上に母ちゃんがいるからいってくる」
鈴木君はそう言って階段を登っていった。おそらくだが、こんなことを言っていた気がする。とにかく、やはり上に家があるわけではないようだった。私は鈴木君の言ったとおり階段の下で待っていることにした。
だが、待てど暮らせど鈴木君は戻ってこなかった。多分10分は待っただろう。子供が何もせず10分を過ごすなんて、それはもう途方もなく長い時間だっただろう。私は我慢できずに階段を登ることにした。
大人しか利用しないことを想定していたであろう、足を目一杯上げないといけないほど高い階段を登りきると、そこには地元では考えられない光景があった。一面の大草原が広がっていたのだ。青々とした背の低い草がどこまでも生い茂っており、遠くにはさながらWindowsXPの初期壁紙、それかゼルダの伝説時のオカリナのハイラル平原で見たような、立派な丘が盛り上がっていた。そして草原の手前の木陰に1台の車が停まっていた。中ではブレイズを施した頭をし、派手な化粧をした女性が寝ており、隣の助手席にはなんと鈴木君も同じように寝ているではないか。
所詮は子供――それも私はおそらくあまりできのいい子供ではなかっただろう。休み時間はガンダムごっこ、下校時はありもしないゲームのチートを友達とお互い教え合うような日々を送っていたのだから――、私はその光景を見てもなんの疑問も抱かなかった。普通ではありえない。温暖湿潤気候のこの日本、山には囲まれているが、高地に属するわけでもない麓の湖沿いの町にこんな草原があるなんて。今ではそう思うに違いないが、当時の私はその摩訶不思議な光景になんの疑問も抱かなかった。それよりも、何の連絡もせず私を置いてけぼりにして車で眠っている鈴木君に怒りを抱いた。だが、車の窓を叩いて鈴木君とその女性(おそらく母親だろう)を叩き起こすなんて勇気も湧かず、私はその草原を後にしてとぼとぼと家へ帰った。
翌日、真っ先に鈴木君に昨日のことを問い詰めると「用事があって遊べなくなった」と言った。だったらそれはそれで自分に言えと反論しても「いいじゃねぇか」と悪びれる様子もなく、一向に糠に釘であった。しかし子供というのは不思議なもので、一時的に喧嘩して仲違いしても、昼休みにはまるで喧嘩なんてなかったかのように仲睦まじく遊んだものだ。現に私は、次の土曜日に鈴木君を自分の家に招いてひとしきりゲームで遊んだものだ。
時は過ぎ、大人になった私は体調を崩して仕事を辞め、しばらく実家で休養していたときのこと。新たな仕事が見つかり、社会復帰の目処がついた私は、体力をつけるため毎日実家の周りをウォーキングすることを日課にしていた。いつものコースに飽きた私は、少しばかり遠出してみようと思い立ち、そこでいつもウォーキング中に気になっていたものの「まぁいいか」で片付けていた、あのときの草原に行ってみることにした。
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あの草原は姿を消していた。これが子供の頃をおぼろげな記憶と、他の様々な記憶を不用意に結びつけて作られた不安定な思い出なのか。それとも鈴木君と遊ぼうとしたあの日の記憶すらも全くの偽物で、私がいつぞやに作った幻想なのか。今でもあのときの光景が時折、私の記憶の奥底から沸き出ることがある。
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