魔力ゼロ令嬢ですが元ライバル魔術師に司書として雇われただけのはずなのに、なぜか溺愛されています。

氷雨そら

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新たな筆頭魔術師 1

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 ――私たちが星空の下で結婚の約束を交してから半年の月日が経った。

 フール様とアルベルトは王立魔術院を次々と改革していった。
 二人の発明は他の追従を許さず、今や王国に流通する魔道具に二人が関係していない物などない、と言われるほどだった

 一方、私は筆頭魔術師の部屋に引きこもっていた。

「……これが、フール様の時を止めた魔法」

 フール様には時間がないという。
 その言葉が気になってしまった私は、フール様が長い年月年齢さえとることなく生き延びさせてきた魔法を調べ続けていた。

 結局のところ、その魔法は例の本に載っていた。
 宝石や金箔で飾られた美しい本。その中に書かれている内容は、予言のように難解で、魔法陣は自由気ままな線を描いて再現が難しい。

「……時を止めるには」

 フール様の体に何が起こっていたのか、それはわからない。
 けれど、この魔法を使ったせいで長い年月生きていた初代筆頭魔術師が命を失い、代わりにフール様が時を止めたことは間違いない。

「ねえ、フィーはどう思う?」
『ふぉん……』

 尻尾が垂れ下がってしまっているフィー。
 遠い過去に二人に起きた出来事をこの目にしてきたのだろう。
 それは幸せとは言いがたかったのかもしれない。

「……取り残されるって恐ろしいね」
『ふぉん!』

 もちろん、愛する人に自分よりも長く生きて欲しいというのはよくある願いなのかもしれない。
 けれど、その結果相手を長い期間孤独にしてしまうのだとしたら……。

「……この魔法は使わない方が良さそうね」
『ふぉん!』

 部屋から出ると、なぜかフール様が待っていた。

「フール様?」

 少しだけ複雑な表情を浮かべたフール様は、かなり疲れているように見えた。
 実際は魔力がないのに、魔石を使って魔術を行使するなんて普通の人には出来ない。
 ましてや、この半年、王都周辺には何度も大型の魔獣が現れてそれらを討伐し続けていたのだ。
 アルベルトの助けがあったとしても、とても大変だったと思う。

「お疲れのようですね……」
「そうだね。寄る年波には勝てないかな」
「ふふ。お若く見えるのに」
「それもこれも、時を止めてしまったからだけで、気持ち的にはもうとっくに人生三週目だからね、僕は……」

 にっこりと笑えば、今日もやはり目の前にはこの世に合ってはならないと思えるほどの美しさ。
 フール様の造形は、精霊たちの会心の作品に違いない。

「少し話せるかな?」
「ええ、もちろんです」

 今私が来ているのは、正式に支給された王立魔術院の制服だ。
 装飾や勲章の数こそ違うけれど、フール様とお揃いの制服。
 
(ずっと憧れていた……。王立魔術院の制服を着ることを)

「……君に渡しておきたい物があってね」
「何でしょうか」

 フール様が差し出してきたのは、美しい腕輪だった。
 キラキラ輝くそれには、透明の魔石が飾られている。

「これは?」
「高純度でありながら、どの魔力も含んでいない魔石」
「それって」
「手に入りにくいものだ。君自身は魔力がないから、これにため込んでおくと良い」
「……」

 そう、魔臓を失った私自身には魔力がない。
 私が闇の魔法を使えるのは、闇属性の使い魔のフィーから魔力を譲り受けているからだ。

「こんな高価な物」
「お詫びの気持ちだから……。自分の願いのために君を巻き込んだんだから、もちろん許してほしいなんて言えないけど」

 お別れみたいなその言葉に、胸がズキリと痛んだ。

「……あの」
「君にも筆頭魔術師の資格はあると思うけど?」
「それは」
「アルベルトもそのことをよくわかっているだろう」
「……」

 筆頭魔術師に興味がないと言ったら嘘になる。
 けれど、だからといってその地位に立ちたいかと言われれば……。

「研究が出来て、本が読めればそれでいいです」
「そう、君らしい答えだね。筆頭魔術師の地位に立てば、どうしても相手を追い落とさなければいけないときもあるし、純真な君には会っていないだろうから」
「……」
「そういうのは、アルベルトに任せるのが正解だと思うよ?」
「あの……」
「思ったよりも時間がないから、そろそろこの場所を去ろうと思うんだ」

 フール様は微笑んだ。
 儚い笑顔。漆黒の髪と瞳。

「……君には伝えておこうと思って」
「レイラ様には」
「うーん。案外あれで落ち込みやすいし、直情的で、ついつい無理をして僕のことを助けようとした結果命を落とすような人だから」
「……言わないで行くつもりですか?」
「君たちの同級生だったディール・フィブランシア伯爵令息。彼はとレイラ嬢は僕が現れなければ恋仲になっただろう」
「……」
「記憶を消す魔法。僕は結構得意でね」

 それは違う、と大きな声で叫びたかったけれど、それはできなかった。
 でも、私なら大好きな人の記憶を忘れるなんて絶対に嫌だと思う。
 たとえ、その記憶があるばかりに一人取り残されたように生きていくとしても。

「……でも、それは」

 そのとき、まるでバケツの水をひっくり返したようにフール様の頭上から大量の水が降ってきた。
 驚いて一歩下がる。フール様の足元は池みたいに水浸し。
 私の足元もびしょびしょになった。

「フール」
「師匠……いや、レイラ嬢?」

 レイラ様はとても怒っているようだった。
 それはそうだろう。私だってアルベルトが同じことをしようとしたら怒りを露わにするだろう。

「……あなたって最低だわ」
「……レイラ嬢」
「でも、あなたを一人取り残したかつての私も最低だわ」
「……」

 レイラ様は大きな荷物を背負っていた。
 明らかに旅支度をしている。そしてそのままフール様にすがりついた。

「連れていって……」
「は……?」
「記憶を消されて、アルベルト・ローランドが筆頭魔術師になった上に彼の心を射止められず他の女性と結婚したなら、魔術だけが取り柄の高位貴族に嫁がされてしまうわ!」
「……それは許しがたい」
「でしょう? だから、あなたと一緒に旅に出ることにしたの」
「でも、僕は……」

 レイラ様が背伸びをして、フール様の唇を奪った。
 私がいるのを忘れないで欲しいと思っているうちに、呆然としたフール様の手をレイラ様が強く引いた。

「水魔法は癒やしの力。あなたの時間は限りあるかもしれないけれど、そんなに短くもないかもしれないわ?」
「……」
「だって、私は初代筆頭魔術師。水魔法の最高峰にたどり着くのにそんなに時間はかからないはずだもの」
「はは……君という人は」
「それに、あなたもいるしね?」

 明るく笑ったレイラ様。彼女のこんな表情を見たのは、初めてだ。

「じゃ、あとはよろしくね?」

 二人は肩を寄せ合い消えていった。
 取り残された私は二人の幸せを願いながら、ふと思う。

(これから、大変なことになるのでは)

 それは事実。筆頭魔術師と序列十二位が同時に消えてしまった王立魔術院。
 魔術の中心を担う王立魔術院は、筆頭魔術師の指令を中心に機能している。
 だからもちろんしばらくの間、王立魔術院、そして王国は混乱の渦に巻き込まれるのだ。

 予想通りに、その日から大捜索が組まれたけれど、二人の行方を誰も見つけることは出来なかった。

(それはそうよね……。二人とも筆頭魔術師経験者だもの)

 二人ならきっと解決策を見つけるに違いない。
 それは小さな希望かもしれないけれど……。

 少しの寂しさと心残りを感じながら、私は事態の収束に向けて騒がしい王立魔術院始まって以来の筆頭魔術師失踪騒動に巻き込まれていくのだった。


 
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