魔力ゼロ令嬢ですが元ライバル魔術師に司書として雇われただけのはずなのに、なぜか溺愛されています。

氷雨そら

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羽の生えた豚 1

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 ***

 シェリア・ウェンダーは、魔術に関しては天才的だったが、とても不器用だった。
 不器用を言い換えるのなら、彼女の美的センスは特殊だった。
 シェリアの美術、あるいは家政学の作品は後々まで語り継がれるレベルで独創的だった。

(それは、学生時代の私への周囲の評価……)

 序列三位、アルベルト・ローランド。
 彼は王立学園を優秀な成績で卒業するやいなや、王立魔法院の出世の階段を駆け上がった。
 漆黒の髪に金色の瞳をした彼は、一目で強大な魔力を持つとわかる容姿をしていて、しかも魔術の大家ローランド侯爵家の長男。次期侯爵の地位を約束されていた。

 氷の魔術師と呼ばれ、人の心を持たないとも言われる冷徹な彼は、序列三位の部屋に人を招くことがない。

(それは、噂に聞いたことがあったけど……。確かに王立魔法院に来てもフール様の部屋にしか招かれたことがなかったけど……!?)

 アルベルトの部屋に招かれた途端、私の中に流れた膨大な既知の情報。
 それは現実逃避するための物だったに違いない。

「羽の生えた豚……!!」

 目の前には醜く羽が生えた豚にしか見えない刺繍が大切に宝箱にしまわれていた。
 
「豚じゃない。ローランド侯爵家の家紋はグリフィンだからな」
「確かにそのつもりで刺したけどぉ……!?」

 序列三位の部屋で一番最初にお目見えするのが、珍しい魔道具でも最高級の杖でも、難解な魔法陣でもなく羽の生えた豚の刺繍が施されたハンカチとの再会だなんて誰が思うだろう。
 しかも大切に折りたたまれて、美麗な装飾がされた宝箱にしまわれているなんて……。

(どうして!?)

 ふと視線を外すと、隣にも宝箱が置かれていた。
 見てしまったらひどく後悔すると理解しながら「開けてもいい?」と質問してしまう。
 アルベルトが頷いたのを確認し宝箱を開ける。

(開けてはいけないとわかっている箱を見ると人はどうして開けたくなってしまうの!?)

 そこには、歪んだ手作りの勲章が入っていた。
 おそらく王立学園幼稚部の子どもたちでももう少し上手に作るに違いない。

「……これは」
「……宝物」
「いや、どう考えても失敗した折り紙の勲章よね!? ゴミ箱に投げ入れるような代物よね!?」

 見覚えがありすぎるそれを破り捨てたい衝動に駆られながら、けれど希少な宝物でもあるように宝石で飾り付けられた宝箱にしまわれているから臆して触れることも出来ない。

「失敗作……だったのか」

(お願いだから肩を落とさないで!? 一生懸命作ったのよ! 当時は上手に出来たと思ったの!!)

「いいえ! 全力で作った物ですけど!?」

 時間の経過というのは残酷極まりない。
 それは、真夜中の恋文、完璧だと思った小説、素晴らしくかけたと思った絵を落ち着いて見たときの何とも言えない気持ちを作り上げる。
 三年以上の時を経て見た作品たちは、どうしてこれを贈ろうと思ったのと当時の自分の後ろ頭をはたきたくなるような代物だ。

「……知ってた。だから大事にしまいこんでいたんだ」
「人の……人の目の届かないクローゼットの奥深くにしまい込んで!?」
「羽が生えた豚なんて、希少じゃないか……」
「さっき、グリフィンだって認めてくれたわよね!!」
「ふ、はは」

 嬉しそうに笑ったアルベルトを呆然と見つめる。
 学生時代に揶揄われた思い出が急に蘇ってくる。

「……宝物だったから」
「アルベルト」
「君のいない時間を慰めてくれる……大事な」
「あの……」

 もっとちゃんとした物を贈ろうと私は決意する。
 そして、恐らくそれはさらに三年後の自分を悶えさせる作品になるなんて、今の私にわかるはずもない。
 アルベルトはもちろんそれも後生大事に飾ることになるのだ。

『ふぉん!』
「あっ、フィー!?」

 尻尾をブンブン振りながら、フィーがハンカチに興味を示し宝箱が床に落ちた。
 ハンカチを加えて部屋の端へと走り去っていくフィーを追いかけた私は、そこにさらにかつての王立学園の思い出の……といえば聞こえは良いけれど私の珍作品を多数発見して時を止めるのだった。


 
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