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初代筆頭魔術師の部屋 2
しおりを挟む部屋の中を見渡してみる。
決して広い部屋ではない。所狭しと、使い方のわからない魔道具が作りかけで置かれている。
机の上には書きかけの魔法陣。
そう、急にこの部屋の主がどこかに消えてしまったかのようだ。
部屋は主の帰還を待ち続けていたかのように、時を止めていた。
「……この魔法陣」
一般的に言えば上手な魔法陣ではない。
どこか私が描く魔法陣に似た、自由で気ままな魔法陣だ。
インク壺を開けてみる。何百年物時間が経っているはずなのに、インクは劣化していない。
(未完成の魔法陣……)
それは、本能的な興味だ。
初めて魔法陣に出会って、落書き帳に見よう見まねで書き綴ったときの……。
ペンにインクをつけて勢いよく書き綴っていく。
私は魔法陣を美しく描くことが苦手だ。歪になってしまった円と揺れる線。
けれど全体としては機能するように、ゴールを見据えて書き綴る。
魔法陣には魔力が込められる。
だから魔術の本には微量な魔力が残るのだ。
そのことを実感する。
最後の線を書き切ったとき、部屋は幻想的な黒と金色の光に包まれた。
『……本当に』
そのとき、アルベルトの声が聞こえてきた。
けれど、それは今よりも少々幼い……そう学生時代の彼の声だ。
『本当に、筆頭魔術師になれば、彼女との結婚を認めてくれるんですね』
彼の目の前にいるのは、ローランド公爵と夫人、アルベルトの両親だ。
学生時代のアルベルトは、ただ真剣な表情を向けている。
『それが、我が家の悲願だ……』
『そうですか。それなら俺は筆頭魔術師になります』
『平坦な道のりではない……』
『俺に出来ないことはないので』
両親に背を向けたアルベルトは、自室へと向かってしまった。
(アルベルトが努力家だって事、知っていた。でも、こんなにも努力していたなんて知らなかった)
私は、魔力を持つことだけが実家で認められる理由だったから必死に頑張ってきた。
けれど、今目の前のまだ幼さが残るアルベルトの努力はその比ではなかった。
(どうしてそこまで……)
『……君の隣に立ちたいからだとは思わないのか?』
『え……?』
『冗談だ。君は本当にすぐにだまされてしまうな』
『何それ! アルベルトなんて……!!』
それは、ある日の会話だ。
今ならわかる。あれはアルベルトの本心だったに違いない。
魔法陣の光が消えれば、まるで映写機のように映し出されていた光景は静かに消えていく。
過去の映像を映し出す魔法だったのだろうか……。
――ザザ……ザザザ…………
砂嵐のような音が響き渡る。
『筆頭様……。残念なことに、僕の時間は残り少ないです。魔術の深淵にたどり着く前にこの灯火は終わるでしょう』
次に映し出されたのは、もっと過去の光景に違いない。
過去になるほどその映像は朧気で荒くなるのだろうか。
色が失われたセピア色の世界で、その映像は流れていく。
(あのとき、出会った女性……。初代筆頭魔術師……)
そのそばには、黒い毛並みのフィーも映し出されていた。
フィーは眠るような初代筆頭魔術師に悲しげに泣きながらすり寄って、そして消えていった。
それは、召喚者の魔力が失われた証拠だ。命の炎と共に。
『……あなたがいない世界で生きながらえても意味がない』
フール様が泣いている。
セピア色の世界は、きっと遠い過去に違いないのに、彼の姿は今と変わらない。
その泣き顔を私はただ傍観するばかりだ。
***
(私は一体、何を見せられたのだろう……)
闇魔法は、生と死の領域、悠久でありながら本来であれば決して逆らうことが出来ない時間の流れをさかのぼる。理に反した魔法だ。
そのまま、フラフラと向かったのは序列十二位の部屋だ。
それはかつて、フール様が暮らしていた部屋でもある。
その扉をノックした私。
扉が薄く開かれて、顔を出したのは金色の髪にエメラルドグリーンの瞳をした人だ。
「なんて顔しているの。あなたらしくないわ」
「私って……何でしょうか」
「あら。過去を見てきたのかしら? 無理に過去をさかのぼれば、精神に影響があるのよ。だって、精神は形がな差そうに見えて、とても外部と時間からの影響を受ける物だから」
「精神……?」
「そう。薄い障壁に包まれた私たちの心。時間が経っても消えはしない、けれどとても脆くて影響を受けやすいものよ。まあ、入りなさい」
今、私が話をしているのは本当にレイラ様なのだろうか。
まるで違う人と話しているような違和感。
けれど差し伸べられた小さな白い手は確かに彼女の物にほかならない。
私はそのまま序列十二位の部屋へと招かれたのだった。
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