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初代筆頭魔術師の部屋 1

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「さて、あの部屋がある区域は、筆頭と序列の魔術師しか入ることができないが……」

 ドロドロと相手を自分のペースに巻き込んでしまうような印象のまま、フール様がこちらに笑いかけた。
 本当にいつものフール様と目の前の人は同一人物なのだろうか。軽い恐怖とともに後退りたくなる。

「ああ、いけないいけない。魔力の無駄遣いだな」

 その言葉とともに場を支配していた空気は霧散した。先ほどまでの雰囲気は魔術で故意に作られていたものだったのだろう。
 いつもの調子に戻ったフール様に相変わらず氷点下の雰囲気のままのアルベルトが声をかける。

「気をつけろ。1、2年と思っていて残されているのが半年だったなど洒落にもならない」
「はは、相変わらずアルベルトは手厳しいね。……どちらにしても、僕にはそれほど時間がない。でも、君こそそんな姿ばかり見せていると、シェリア嬢に嫌われるよ?」
「……余計なお世話だ」

 言葉とは裏腹に縋るような顔をして見てくるのはやめてほしい。ワシャワシャとフィーにするように頭を撫でたくなってしまう。
 それにしても、学生時代からこんな態度だったら私たちはこんなに遠回りすることがなかった気がする。

「それはシェリア、君にも言えると思うよ」
「……っ、心を読むのやめてください!」
「何となく言っただけだけど図星かぁ」

 王立魔術院の筆頭魔術師。
 その地位にいるためには人心掌握だって必須技能だろう。
 そう思いながらもむくれていると、フール様が手を差し伸べてきた。

「さあ、行こうか」
「えっ、フール様が案内してくださるのですか?」
「アルベルトが魔力を枯渇させたら困るだろう」
「……部屋は闇の魔力に満たされているということですか?」
「そうさ。あの部屋に入れるのは今、君と僕だけというわけ。それから、ついでに言うけど僕は君を筆頭魔術師にする気はないよ? 君は優しすぎてトップには向かないからね」
「ではなぜ」
「何かを認めさせるには、先に何かもっと認めにくいことを提示して天秤に賭けさせるに限る」

(そもそもフール様が部屋に入れるなら、私を巻き込む必要はなかったのでは……)

 そう思っているうちに、私の手を引いてフール様が歩き出してしまう。

「アルベルトは僕の部屋で待っていてね?」
「……ええ」

 やっぱりアルベルトのご機嫌が完全に斜めになってしまったことを気にしつつ、私はフール様に連れられてその部屋へと向かうのだった。

 ***

 部屋の中は、昨日まで誰かが使っていたのではないかと思うほど整っていた。
 そう、まるで時が止まってしまったように。

「ここが彼女の部屋」

 その声は震えていた。
 悲しみと苦しみと、妄執と愛情。
 ごちゃ混ぜになった感情のせいで。

 フール様に視線を向ければ、漆黒の髪と瞳は色を失っていた。
 今にも消えてしまいそうに儚い白銀の髪と銀色の瞳。
 魔石によって染められた色はこの部屋に満たされた闇の魔力で失われた。

「……さて、説明するといっても僕もこの部屋に入るのは初めてなんだ」
「……この魔力のせいですか?」
「そうだ。彼女がその気になれば、全ての魔力を打ち消すことができた。だから彼女は初代筆頭魔術師になったんだ」

 フール様はそっと机に指を滑らせた。
 まるで愛しいものを撫でるように。

「長い時を経ても、この部屋にいるとまるで彼女が今もここにいるようだ」
「フール様」
「さて、そろそろ部屋に戻るよ。君はもう少しここにいたら良い。この場所に入れるのは一部の者だけだし、この空間で魔術を行使できるのは君だけ。危険はないだろう」
「……わかりました」

 フール様が部屋から出て行く。
 扉を抜けたところに魔石を準備していたのだろう。白銀の髪は瞬く間に漆黒へと色を変えた。

 そして、扉がそっと閉められたのだった。

 
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