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筆頭魔術師の席 3

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 足の踏み場もないほど散乱してしまった室内。

「帰るか……」
「そうね」

 呟いた途端、強いめまいを感じる。
 時をさかのぼるには、ずいぶん大きな力が必要なのだろう。
 おいそれと使うことはできなそうだ。

(それに、今回はあの女性……初代筆頭魔術師が力を貸してくれたから使えたような気がするし)

 きっと、初代筆頭魔術師は彼を助けたかったのだろう。そんなことを思いながら、部屋の真ん中に立つ人間離れした美貌を持つフール様を見る。

「うーん。今まで無意識に魔法を使っていたから、属性の組み合わせについてはあまり考えたことがなかったんだよねぇ。部屋を片付けるのってどうやるんだっけ。……風魔法で動かして土魔法で安定?」

 ばらまかれた魔石を何個か拾い上げて、ルーフ様がそのうちの二つに額を当てた。
 いらないと判断されたらしい魔石が指から転げ落ちて床に散らばる。

(え、掃除にも魔法を使っていたの……!?)

 室内を緑とベージュの光が包み込んでいく。
 巨大な宝石が飾りについた剣、何種類かの属性を内包しているのか、何色にも輝く魔石がはめ込まれた杖、古代の文字が書き込まれた古びた地図、虹色の砂が入った砂時計……。
 どれもこれも、国宝級の品なのではないだろうか。

 先ほどみたいな強い風と共にそれらが浮かび上がり、あるべき場所へと戻っていく。
 そして、しっかりと固定されていく。

 壊れてしまったものは一カ所に集められ、散らかっていた部屋は元の整然とした姿を取り戻した。

「……でも、あんなに大きな魔石を部屋を片付けるために二個も」

 このお掃除を金額に換算すると一体いくらかかっているのか……。
 想像するだけで恐ろしい。

(それに、これからも筆頭魔術師の仕事を続けようと思うのなら、明らかに無駄遣いなのでは……)

「ふう……」

 ため息を一つついて、こちらを振り返ったフール様が私のそばに歩み寄ってくる。
 まるで私をかばうようにアルベルトが間に立ち塞がった。

「――謝りたい」
「不要だ」
「……それもそうか。想定していた結末とは違うけど、願いが叶ったから君の大事な人を利用することはもうないと誓うよ」
「……信じられるはずがない。もともと貴様のことなど砂粒ほども信用していなかったがな」

 アルベルトがあまり私の前で見せることがない冷たい表情。
 それなのに、どこか軽薄さをにじませてフール様は笑っている。

「しないさ。だって、彼女はそういう卑怯なやり方が大嫌いだから」

 頬をさすりながら、にっこり笑ったフール様。
 レイラ様とのやりとりを見るだけで、かつての初代筆頭魔術師とフール様の師弟関係が透けて見えるようだ。

(……あれ? でも、筆頭魔術師様って五百年も前の人よね? フール様は筆頭魔術師の職に私たちが生まれる遙か前から就任していたと言うけれど、一体何歳に……)

 興味津々見つめていると、フール様がそっと指先を唇に当てた。

「人に安易に年齢を聞くものじゃないよ?」
「……なんで考えがわかったんです」
「長い時を生きているからね。さて、僕は求婚状をしたためるのに忙しいから帰って良いよ?」
「……お前な」
「悪かったよ。代わりに君を副筆頭に任命しよう。ただし、自分の血族を筆頭魔術師にしたいデルフィーノ公爵を出し抜いてレイラ嬢と結婚してからね!」

 パチリとウインクして見せたフール様。
 その笑顔を前にすると、ここまでの出来事をなかったことにしてしまいそうになる。

「……魔法紙に先ほどの文面を契約書として書いておけ」
「いいよ」
「……契約履行前に死ぬなよ」
「努力する」
「まあ、途中でお前が死んでも俺は自力で筆頭魔術師になるが」
「……そうだね。君ならなれるだろうね」

 アルベルトはフール様に背を向けて、私を抱き上げた。

「歩けるけど」
「時をさかのぼった。間違いないな?」
「……そうね」
「未知の魔法を行使した。何が起こっているかわからない。君の色合いが元に戻ったように……」
「アルベルトこそ、魔力が枯渇したのよね。無茶してはいけないわ」
「慣れているから平気だ」

 それは彼のやせ我慢に違いないことを私は知っている。
 けれど、暴れて抗議したところでアルベルトが私を降ろしてくれることはないだろう。
 それなら負担にならないように、ギュッと抱きつく以外の選択肢は残されていない。

「あなたの好意に甘えるわ」
「……君が正直になると少し不安になるんだが」
「最低」

 そのまま、私たちは振り返ることなく部屋を後にしたのだった。
 もちろん、筆頭魔術師の執務室から魔力を取り戻したことが一目でわかる私が、アルベルトに抱き上げられて出てきたことは多数の人に目撃された。

 魔臓を失ったはずの私が魔力を取り戻したことと、二人の関係。
 これらについて王都中に憶測と噂が飛び交ったのは言うまでもない。
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