上 下
48 / 68

筆頭魔術師の席 3

しおりを挟む

 足の踏み場もないほど散乱してしまった室内。

「帰るか……」
「そうね」

 呟いた途端、強いめまいを感じる。
 時をさかのぼるには、ずいぶん大きな力が必要なのだろう。
 おいそれと使うことはできなそうだ。

(それに、今回はあの女性……初代筆頭魔術師が力を貸してくれたから使えたような気がするし)

 きっと、初代筆頭魔術師は彼を助けたかったのだろう。そんなことを思いながら、部屋の真ん中に立つ人間離れした美貌を持つフール様を見る。

「うーん。今まで無意識に魔法を使っていたから、属性の組み合わせについてはあまり考えたことがなかったんだよねぇ。部屋を片付けるのってどうやるんだっけ。……風魔法で動かして土魔法で安定?」

 ばらまかれた魔石を何個か拾い上げて、ルーフ様がそのうちの二つに額を当てた。
 いらないと判断されたらしい魔石が指から転げ落ちて床に散らばる。

(え、掃除にも魔法を使っていたの……!?)

 室内を緑とベージュの光が包み込んでいく。
 巨大な宝石が飾りについた剣、何種類かの属性を内包しているのか、何色にも輝く魔石がはめ込まれた杖、古代の文字が書き込まれた古びた地図、虹色の砂が入った砂時計……。
 どれもこれも、国宝級の品なのではないだろうか。

 先ほどみたいな強い風と共にそれらが浮かび上がり、あるべき場所へと戻っていく。
 そして、しっかりと固定されていく。

 壊れてしまったものは一カ所に集められ、散らかっていた部屋は元の整然とした姿を取り戻した。

「……でも、あんなに大きな魔石を部屋を片付けるために二個も」

 このお掃除を金額に換算すると一体いくらかかっているのか……。
 想像するだけで恐ろしい。

(それに、これからも筆頭魔術師の仕事を続けようと思うのなら、明らかに無駄遣いなのでは……)

「ふう……」

 ため息を一つついて、こちらを振り返ったフール様が私のそばに歩み寄ってくる。
 まるで私をかばうようにアルベルトが間に立ち塞がった。

「――謝りたい」
「不要だ」
「……それもそうか。想定していた結末とは違うけど、願いが叶ったから君の大事な人を利用することはもうないと誓うよ」
「……信じられるはずがない。もともと貴様のことなど砂粒ほども信用していなかったがな」

 アルベルトがあまり私の前で見せることがない冷たい表情。
 それなのに、どこか軽薄さをにじませてフール様は笑っている。

「しないさ。だって、彼女はそういう卑怯なやり方が大嫌いだから」

 頬をさすりながら、にっこり笑ったフール様。
 レイラ様とのやりとりを見るだけで、かつての初代筆頭魔術師とフール様の師弟関係が透けて見えるようだ。

(……あれ? でも、筆頭魔術師様って五百年も前の人よね? フール様は筆頭魔術師の職に私たちが生まれる遙か前から就任していたと言うけれど、一体何歳に……)

 興味津々見つめていると、フール様がそっと指先を唇に当てた。

「人に安易に年齢を聞くものじゃないよ?」
「……なんで考えがわかったんです」
「長い時を生きているからね。さて、僕は求婚状をしたためるのに忙しいから帰って良いよ?」
「……お前な」
「悪かったよ。代わりに君を副筆頭に任命しよう。ただし、自分の血族を筆頭魔術師にしたいデルフィーノ公爵を出し抜いてレイラ嬢と結婚してからね!」

 パチリとウインクして見せたフール様。
 その笑顔を前にすると、ここまでの出来事をなかったことにしてしまいそうになる。

「……魔法紙に先ほどの文面を契約書として書いておけ」
「いいよ」
「……契約履行前に死ぬなよ」
「努力する」
「まあ、途中でお前が死んでも俺は自力で筆頭魔術師になるが」
「……そうだね。君ならなれるだろうね」

 アルベルトはフール様に背を向けて、私を抱き上げた。

「歩けるけど」
「時をさかのぼった。間違いないな?」
「……そうね」
「未知の魔法を行使した。何が起こっているかわからない。君の色合いが元に戻ったように……」
「アルベルトこそ、魔力が枯渇したのよね。無茶してはいけないわ」
「慣れているから平気だ」

 それは彼のやせ我慢に違いないことを私は知っている。
 けれど、暴れて抗議したところでアルベルトが私を降ろしてくれることはないだろう。
 それなら負担にならないように、ギュッと抱きつく以外の選択肢は残されていない。

「あなたの好意に甘えるわ」
「……君が正直になると少し不安になるんだが」
「最低」

 そのまま、私たちは振り返ることなく部屋を後にしたのだった。
 もちろん、筆頭魔術師の執務室から魔力を取り戻したことが一目でわかる私が、アルベルトに抱き上げられて出てきたことは多数の人に目撃された。

 魔臓を失ったはずの私が魔力を取り戻したことと、二人の関係。
 これらについて王都中に憶測と噂が飛び交ったのは言うまでもない。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されて幽閉された毒王子に嫁ぐことになりました。

氷雨そら
恋愛
聖女としての力を王国のために全て捧げたミシェルは、王太子から婚約破棄を言い渡される。 そして、告げられる第一王子との婚約。 いつも祈りを捧げていた祭壇の奥。立ち入りを禁止されていたその場所に、長い階段は存在した。 その奥には、豪華な部屋と生気を感じられない黒い瞳の第一王子。そして、毒の香り。  力のほとんどを失ったお人好しで世間知らずな聖女と、呪われた力のせいで幽閉されている第一王子が出会い、幸せを見つけていく物語。  前半重め。もちろん溺愛。最終的にはハッピーエンドの予定です。 小説家になろう様にも投稿しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

一年で死ぬなら

朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。 理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。 そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。 そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。 一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

お飾り公爵夫人の憂鬱

初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。 私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。 やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。 そう自由……自由になるはずだったのに…… ※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です ※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません ※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...