魔力ゼロ令嬢ですが元ライバル魔術師に司書として雇われただけのはずなのに、なぜか溺愛されています。

氷雨そら

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筆頭魔術師の席 2

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 驚いた顔をしてこちらに視線を向けたアルベルト。ほんの少しだけその表情に溜飲を下げながら口を開く。

「この、自己満足男!」
「……何だって? ……どうして急にそんなけんか腰なんだ」
「けんか腰も何も、私は魔力を取り戻すためにあなたを犠牲にしたいなんて思わない!」
「……その話か」

 私の意見を聞かずに、自分の正義を守るアルベルトにますます怒りが湧いてくる。
 そう、こうやっていつも私たちは自分たちの意見が、思いが、すれ違う度にけんかをしてきた。
 その源は、お互いのことを思っているからだと気がつかないで。

「――気に病むに決まっているわ」
「シェリア……?」
「私にとって魔力を持っていることは、唯一他の人より優れている部分だったに違いないけど」

 私はオッチョコチョイで、しかも実家での扱いも酷く、何の価値もない人間だ。
 たった一つ、私を輝かせるものがあるとすれば、魔力と魔法を行使する才能だけだっただろう。

 ――それが奪われた私には、魔力がないとひと目でわかる見た目と努力と根性しか残らない。

 魔力を取り戻し、魔力が強いとひと目でわかる見た目を取り戻した今、確かに周囲はようやく私がアルベルトの隣に立つのにふさわしいと認めてくれるだろう。

「そうだな。君は確かに天才だ。嫉妬するほどに」
「……アルベルトにとっては、天才ではない私は愛する対象ではない?」

 自分で発した言葉に、ひどく傷ついた瞬間、強く抱きしめられていた。
 息が苦しいほど抱きしめられた上に、上を浮けばボロボロと頬に雫がこぼれ落ちてきた。

「は? 俺は、どんな君でも好きだ」
「……えっと」
「本当は嫉妬するほど輝く君より、俺だけの君でいてほしかった」
「な、何言って」
「でも、君はやっぱり魔法に関することだけで、心から笑ってくれるから。自信に満ちあふれた表情で、俺の隣に立って」

 面と向かって言われると、それはそれで照れくさいし今すぐここから走り去りたくなる。
 けれど、それは私が何よりも欲しい答えでも合った。

「そう、それならこれからは私を泣かさないように無茶せず反省しなさいよ。そうすれば、許してあげる」
「君は本当に可愛くない……」

 その言葉と裏腹に、口元を緩めたアルベルトの瞳はまっすぐ私を見つめていて、その潤んだ瞳の中には頬を赤らめた私が映り込んでいる。

(もしかして王立学園でも私はこんな顔をしていたのかしら? だとしたら周囲にはこの気持ちなんて見え見えだったわね……)

 少しずつ近づいてきた距離、私はそっと目を閉じる。そのときだった。

「お願いだからそういうのは、人のいないところでしてくれる?」

 ため息と一緒に発せられた言葉に、思いっきりアルベルトの胸元を押して距離を取った。

(そうだった……。フール様とレイラ様も同じ部屋にいたんだった……!)

 急速に熱くなってしまった頬、アルベルトに視線を送るとすでに真面目な表情になっていた。
 すっかり周囲が見えなくなっていた私と、周囲を気にしていなかっただけのアルベルト。

 ――学生時代から全く変わることがない構図だ。

「まったく……。さて、風の魔石も貰ったし、この魔力を使えば屋敷に戻ることもできるわね」

 レイラ様は受け取った大きな魔石を指先で弄びながらつぶやいた。

「ところで、フールは何年分くらい魔力をため込んでいるのかしら? 適当に見えて計画的で完璧に準備を整えるあなたなら、この状況を予測していなくたって対応できるだけの魔力をため込んでいるでしょう?」
「よくご存じで……」

 フール様がニヤリと笑う。
 そこからは、先ほどまでは感じられなかった、筆頭魔術師としての余裕が感じられる。

「あなたのことなら何でも知っているわ。あくまで記憶の中の遠い昔のあなたのことだけだけど」
「そうだな、あと二、三年は筆頭魔術師の職位を全うできる程度にはため込んでいる」

 筆頭魔術師の仕事には、魔獣が大量発生したときの討伐任務、王都を守るための結界の維持、多種多様な魔法の研究など、想像を絶するほどの魔力を必要とするものが多い。

 生まれ持った魔力量、それを活用する天性の才能、そして過酷な任務に堪える胆力すべてを持つものだけが筆頭魔術師になることができるのだ。

「二、三年維持できるって……。普通の魔術師の一生分の魔力ね。あなたって、本当に」

 レイラ様が半眼でフール様を見つめた。
 あまりに麗しいけれど、その姿からは以前と違って大人の雰囲気も感じる。

「――僕は運が良かった。最高の師に出会わなければきっと命がなかった。死んでしまったらそこで終わりだ」
「そうね……。でも、そのためにあなたはこんなに長い時を生きることになった。私の落ち度だわ」
「――感謝しています。今は」
「そう……。では、私を手に入れたいならせいぜい頑張ることね? 今、あなたが筆頭魔術師の職を失ったら、私は確実に隣国の王族か国内の有力貴族と結婚することになるわ」

 にっこりと笑ってフール様がもう一つ手にしていた魔石を床に落とし、足の裏で強く踏んで割った。
 次の瞬間、フール様の白銀だった髪とグレーの瞳は漆黒に変わった。

「それにしても、いったん魔力を失ったせいか、僕の時間が動き出したみたいだ」
「そうね……」
「動き出した時間。いくら時が残っているかわからないけど」

 フール様が微笑めば、この空間の時が止まったように感じる。
 それはこの世界にあってはならない類いの美貌だ。
 この顔で微笑まれたなら、誰もが心臓を鷲づかみにされてしまうに違いない。

 そんなことを思っていると、大きな手が私の瞳を覆い隠した。こんなことする人は一人しかいない。

「……アルベルト、何するのよ」
「他の男に見惚れるなんて浮気性だ」
「見ていただけよ」
「見るだけでも嫌だ」

 アルベルトはこんなにも我が儘だっただろうか……。
 そんなことを思っている間に、少し離れた位置から可愛らしい悲鳴が上がった。

「な、なななな……何するのよ!」
「ずっと好きだった。でも、今の君のことを知りたい。時間内に僕に振り向いて貰うから」
「だ、だからって同意もなく!!」

 塞がれてしまった視界の先では、何か楽しげなことが起こったらしい。
 気になりすぎて強引にアルベルトの手をどけると同時に、乾いた音が室内に響き渡った。
 フール様が頬を押さえている。なぜか嬉しそうに。そして、手のひらを撫でるレイラ様は耳まで赤い。

「では、ごきげんよう! 早々私に会えると思わないことね!」
「はは。もちろん、このあとすぐに求婚状を公爵家に送るね? 筆頭魔術師の力が欲しいばかりに邪魔者を排除しようとした君の父上のことだ。どう出るか楽しみだ」
「……っ、失礼するわ」

 緑色の閃光。風の魔石が残した強い風は、室内をグシャグシャに乱した。
 こうして嵐のようにレイラ様は去って行ったのだった。
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