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時の魔法 2

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 途中から視界を遮るように現れた霧のせいで真っ白なフィーの姿を見失ってしまった。

 それでも前に進んでいくと急に視界が晴れる。
 気がつけば目の前に一人の美しい女性が立っていた。

(……漆黒の髪と瞳)

 微笑んだ女性は強い魔力を持つとわかる。
 
『ふぉんっ!!』

 フィーが嬉しそうに鳴いて、その女性に駆け寄り、そして体をこすりつけた。

「……フィーを以前使役していた人?」

 使い魔は人とは違い長い時を生きる。
 人に好意的な使い魔の一部は、繰り返し人からの呼びかけに応じるという。

 あれだけ懐いているのだ。
 思わず唇からこぼれた言葉は、事実に違いない。
 尻尾をブンブン振って女性の周りを回っていたフィーは、しばらくして満足したのか私の元に戻ってきて額をこすりつけてきた。

『……』

 女性は微笑むばかりで何も口にしない。

「あれ?」

 けれど、気がつけば私の手元から例の本が消えていた。フィーから視線を外して女性を見つめる。
 パラパラと本を開いて軽く首をかしげていた。
 左から右、そして再び左から右へと忙しなく移動していく視線。

(あの本の文字が見えているの……? それなら彼女は魔力を持たないのかしら)

 気がつけば、私は再び本を持っていた。
 先ほどと違うのは、ページが開かれていることだ。

(……使える、この魔法)

 心臓の鼓動に合わせて私の全身を脈打つように流れていく何か。
 それは明らかに失ってしまったどの魔力とも違う異質な存在だ。

(……闇の魔力)

 他の魔力に打ち消され、共存できないという闇の魔力。

(……だから違う、あの女性は魔力が無いのではなくて)

 慌てて顔を上げたけれど、すでに女性の姿はなかった。
 今になってわかる、この本の文字は闇の魔力を帯びている。
 魔力を持つ人たちがこの本の文字を見ることが出来なかったのは……。

(……闇の魔力が他の属性の魔力に打ち消されてしまうからだったのね)

 もう一度、ページに描かれた魔法陣を見つめ、それが発動する魔法を想像する。

 ――私は正確に魔法陣を再現することはできない。

 だから自由に、漆黒の魔力を纏った指先が求めるままに魔法陣を描いていく。
 金色の光を時々帯びた魔力は、まるで漆黒の夜と流れ星のようだ。

(……転移魔法。でもこれはほんの少しだけ)

 目をつむる。けれどアルベルトのそばに行きたいのに、浮かぶのは違う場面だ。

 金の髪の女性が倒れ、筆頭魔術師フール様が乾いた笑みを浮かべ彼女を抱き上げる。

(……だめ、間に合わない)

 理由はわからないけれど、手遅れだと理解する。

(……もっと遡って)

 次に浮かんだのは、微笑み手を差し伸べるレイラ様。でも、いつもの彼女ではすでに無い。

(……まだ、もっともっと)

 魔石を持ったフール様が描いた魔法陣に横たわるレイラ様。

(ギリギリ間に合うかどうか。でも、ここまでが私の持つ魔力の限界)

 それにしても、なぜレイラ様がフール様に囚われているのだろう。
 ふと思い出したのは、レイラ様の家、デルフィーノ公爵家は初代筆頭魔術師の弟の子孫だということだ。

 初代筆頭魔術師は子を残さず、その弟がその全てを継いだ。それが魔力が全てだとされるこの国の始まりだ。

 闇魔法を使ったという筆頭魔術師。
 今現在、闇魔法を使える人はいない。

(……ううん、私一人しかいない)

 魔法陣を描ききる。

(アルベルトのそばにすぐに行ければ良かったけれど)

 まだ扱いきれていないのか、これこそが必然なのか。
 漆黒、そして流星群のような金色の輝きの魔法に導かれ私は時と場所を移動していく。
 定められた運命に抗うように。
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