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時の魔法 1
しおりを挟むユラユラと揺られながら、波間を漂う。
ふと見上げれば、本当にそこは深海で一匹のクラゲのような生き物がふよふよと横を通り過ぎていった。
次に浜辺に打ち上げられて、砂地を這いずるように陸へと上がる。まるで人魚にでもなったように。
一本の木に捕まってようやく立ち上がる。
足元が酷くおぼつかなかった。
「ここはどこ?」
どこかなんて分かるはずない。
まるで夢の中のようだ。それとも本当に夢の中なのだろうか。
いつの間にか抱えている1冊の本だけがすべてだ。本を抱きしめてつぶやく。
「……何かとても大切なことを忘れているような」
それはとても大切なものだ。
それだけは間違いない。
(何だろう、この焦燥感。急がないと大事な宝物が溶けて消えてしまいそう)
絡みつく足を叱咤して、前へと進んでいく。
この先に一つの答えがある。
『ふぉん……』
聞き慣れた鳴き声に左斜め下に視線を向ける。
そこには尻尾と耳がこれ以上なくうなだれた一匹の黒い犬がいた。
「……」
『ふぉんん……』
悪いことをしてしまったのだろうか。
叱られるのを待つようなその様子に、しゃがみ込み、そっとそのふわふわの毛並みに触れた。
「……フィー?」
『ふぉんっ』
緩く尻尾を振ったフィー。
その瞬間、勢いよく、あまりに勢いよく魔力が濁流のように私の中に流れ込んできた。
(違う、これは私が知っている魔力じゃない!)
血液そのものになったように、心臓を通って全身に駆け巡るそれは、私がかつて持っていた魔力と違い、もっと原始的でもっと生命に根を張るようなものだ。
強い風が地面から沸き起こって私の髪を激しく乱す。が魔力を失ったあの瞬間を逆戻りするように白銀の髪が夜空を映し出したような青みを帯びた黒へと染まっていく。
(魔力が、戻った……?)
ただ、それを呆然と見つめる。
鏡が無いから確認はできないけれど、瞳の色もきっとほとんど色のないアイスブルーから深い青へと変わっていることだろう。
「……アルベルト」
その名をようやく記憶の底から呼び覚ます。
「っ、アルベルト、アルベルト!!」
早く彼の元に帰らなければと走り出そうとする。
『ふぉんっ!』
「……フィー」
その時、私の進路を阻むように白い大きな犬が歩み出た。
先ほどまで真っ黒だった毛並みは、再び真っ白になっている。
「……フィー、そういえばあなた」
『ふぉん』
そう、それは私が初めてフィーを呼び出したあの日のことだ。
母を亡くして泣いていた私の前に幼く現れた大きな魔法陣と真っ黒な犬。
「……初めて出会ったとき、フィーは黒かった」
『ふぉん……』
「闇の魔力は、他の属性の魔力により打ち消される?」
『ふぉん』
肯定しているように聞こえる鳴き声。
いや、肯定しているのだろう。だってフィーはいつも私の言葉を理解していた。
「今の私は、他の属性の魔力が無いわ。……どうしてまた真っ白になってしまったの?」
『……』
フィーは、何も答えてくれない。
ただ、真っ白になった姿のまま、私に親愛を伝えるようにすり寄ってくるだけだ。
「…………」
これは仮説じゃない。
わかりきっている。だって、フィーとアルベルトはどこか行動が似ているのだ。
私のことをなぜか最終的には最優先にしてくれるのだ。
「どうして、折角取り戻した闇の魔力を全部私に渡してしまったの。それにこの闇の魔力、誰のものなの」
明らかに、私に注がれた闇の魔力からは、違う誰かの気配がする。
それが誰かは、わからないけれど。
『……ふぉんっ! ふぉんふぉんふぉん!!』
フィーがけたたましく鳴いた。
まるで、時間がないのだと急いているように。
『ふぉんっ!!』
「……」
フィーは、キッと視線を前に向けると勢いよく走り出した。
私も焦燥感に駆られながら、その後ろについて走り出したのだった。
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