魔力ゼロ令嬢ですが元ライバル魔術師に司書として雇われただけのはずなのに、なぜか溺愛されています。

氷雨そら

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闇魔法 3

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「今のはいったい……」
『……ふぉんっ!!』
「ねえ、フィーはこの展開を予想……っ!?」

 一瞬フィーが消えてしまったかと部屋中に視線を巡らせる。
 ハッハッと短い呼吸は足下から聞こえてくる。
 けれど、どんな暗闇でも輝く白銀の毛並みがどこにもない。

「……フィー」
『ふぉんっ!!』

 闇に目が慣れてくると、暗闇に浮かぶ新月のようにその黒いシルエットが浮かんできた。

「えっ……。その姿は?」

 目の前のフィーは、墨を被ったみたいに真っ黒になっている。
 恐る恐る震える指先を伸ばす。

「まだ、触れるな!!」
「えっ……」

 勢いよく開いた扉の音とあまりに大きな声に指先がピタリと動きを止める。
 荒い息づかいはきっと全力で走ってきたからなのだろう。

 飛びつくように走ってきたアルベルトに抱きしめられる。
 心臓が弾けてしまいそうに早鐘を打っているのが、抱きしめられ胸元に押し付けられた耳に嫌でも聞こえてくる。
 大きな声を出したアルベルトは、荒く肩で息をしてそれ以上声を出すことができないようだ。

 ポタリとこぼれてきたのは、汗に違いない。

「は、すまな……」

 私から手を離したアルベルトが私の頬にこぼれた汗を指先で拭った。
 私はハンカチを取り出してその額を拭う。

「アルベルト」
「……良かった。何ごともなくて……。鍵」
「え?」
「この家のマスターキー、出して」

 話の流れが掴めないまま、鍵を取り出して私は息を呑んだ。

「フィーだけじゃないの? 魔石まで黒く染まっている……」
「……やはりか」
「やはりって」
「……魔力、取り戻したいって言っていたな」
「ええ、言ったけれど、でもそれは」
「でも、光の魔力は返してあげられないんだ。君の魔臓はもう壊れてしまったから」
「……アルベルト?」
『ふぉんっ!! ふぉんっ!!』

 フィーが怒ったように鳴いている。
 いつもなら決してこんなに激しく鳴かないのに。

『ふぉんっ!!』
「お前だって、仮の主にいつまでも従っていたくないだろう?」
『ふぉ……ふぉんん……』
「契約解除だ。ようやく魔法陣を解明できたから」

 図書室の端に置かれた机の引き出しから小さなナイフを取り出したアルベルトは、指先に傷をつけた。

 深く切りつけたのだろう、止めどなく赤い血液が床にこぼれる。

「闇魔法の素養がなければ使い魔は呼べない。だが、不思議なことに闇の魔力を持つ者はほとんどいない」
『ふぉん』
「俺の仮説は、他の属性の魔力が闇の魔力を打ち消してしまうから、だ」

 血液で床に大きな丸を描いたアルベルト。
 嫌な予感がして止めようとしたのに、アルベルトは自身と魔法陣に触れられないように結界を張っていて魔力のない私には近づくことすらできない。

「アルベルト?」
「あと少しだ」
「ねえ、何をする気なの!」
「ほら、フィーを召喚したあの本の魔法陣。もう一度再現できた」

 あの日、魔力を完全に枯渇させたアルベルト。
 今回の魔法陣に注がれる魔力はその比ではない。
 これはきっと私の思い違いなんかじゃない。
 
「……やめて!! 私は魔力なんかいらない!!」

 顔を上げたアルベルトが、私の泣き顔を見て微笑んだ。

「ごめん。でも、君に魔力を返さなければ、堂々と君のこと求められない」
「は? 何を言って」
「だから、何が起こってもこれは俺の自己満足だ。君が気に病むことはない」
「さ、最低!! やめなさいよ!! 私はそんなの」

 ボタリ、と最後の一滴がこぼれて魔法陣が完成してしまった。

 途端に流れ込んできた、知らない魔力。
 それはかつて、誰かが持っていた魔力に違いない。
 だって、脳裏に浮かんだその人は私に向かって悲しげにほほ笑みかけているのだから。
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