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眠れぬ一夜
しおりを挟むまったく想定外だったため、お風呂にも入らず、着替えもしていない。
抱き上げられたまま途方に暮れる。
「……」
「アルベルト」
「……何もしない」
「え?」
「何もしないから、抱きしめて寝ていい?」
それはすでに、私の中で何もしないには入らない。だから、断ることだってできたはずだ。
「えっと、お風呂入って着替えてくる」
「……もう眠くて限界」
私を床に下ろして立たせるとバサリと上衣を椅子にかけて、アルベルトがよろめく。
あれっ? と私は思った。
アルベルトがこんなにも眠そうな姿は、あまり見たことがない。
「――魔力枯渇?」
『ふぉんっ!』
その時フィーが開いてたドアから部屋に入り込み、私たちの間に鼻先で割り込んできた。もう一度アルベルトがよろめく。
「……正直言えば、常時魔力枯渇に近い。おかげで鍛えられたのか最近魔力量が増えたくらいだ。……その原因は、こいつだ」
「え?」
魔力量は通常成人する頃には増えなくなる。
それなのに増えるなんて、いったいどれだけの負荷が掛かっているのだろう。
「この犬は光属性。俺は光属性の魔力は持ってないからな」
「そ、そんな」
確かに魔術師が召喚する使い魔は、基本的には自分と同じ属性だ。
もちろん例外はあるけれど、その理由はわかっていないし、もし呼び出せたとしても力が弱い使い魔しか呼び出せない。
「えっ、でもフィーは可愛いだけで何の力もないのよ?」
「そう思うのか?」
「だって」
使い魔には食事はいらず食べるのは魔力だけなのに、私の食べているお肉を欲しがってよだれを垂らすフィー。
散歩が大好きで、普通の犬を見ると追いかけようとしてしまうフィー。
ボールを投げると自慢げに……。
(犬。使い魔というよりただの犬よね?)
アルベルトのため息が長い。
確かに属性が違うから大変かもしれないけれど、アルベルトに御せないはずがないのに……。
「こいつがあの日そばにいたなら、誰も君に手を出せなかったさ。ましてや俺の身代わりになるなんてこいつが許すはずもない」
『ふぉんっ!!!!』
フィーは興奮したように壁際に走り、その後なぜかアルベルトの背中に突撃し頭突きした。まるで違うと怒っているようだ。
「きゃっ!?」
「うわ!?」
魔法の力も加わっていたに違いない。
アルベルトと私は一瞬浮かんで、少し離れたベッドに倒れ込んだ。
『ふぉんっ!!』
「ちょ、ちょっと! フィー!!」
鼻息荒く、フィーが私の隣に寝そべった。
グイグイ押してくるから、嫌でもアルベルトと密着してしまう。
(ひえ、アルベルトの胸板、思ったより鍛えられている! そ、それにこの心臓の音は誰の!? 私の!? それとも!?)
下っ腹を掴めそうな、運動苦手な私と違い、魔術師なのにアルベルトはずいぶん鍛えているようだ。
身をよじり逃げだそうとしたのに、アルベルトがまるでぬいぐるみのように私を抱きしめた。
スヤスヤと寝息が聞こえてくる。
魔力枯渇すると、人は激しい倦怠感を感じて、強制的に眠りに落ちてしまうのだ。
けれど私には魔力がない。
魔力枯渇の症状は、魔臓が消えると同時になくなってしまった。
つまり……。
(眠れない! この状況で眠れるはずがない!!)
ぬいぐるみのように抱きしめられた私は、アルベルトの寝息を恨めしく思いつつ、眠れぬ一夜を過ごしたのだった。
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