上 下
32 / 68

夜会 3

しおりを挟む

 そして夜会当日。
 そもそも、没落伯爵家の出身でしかも虐げられていた私はほとんど夜会に参加いたことがない。

「……足を踏んだら」
「そういえば、学生時代何度も足を踏まれたな。リードするから俺にすべて任せれば良い」
「ドレスの裾を踏んだら」
「俺がエスコートしているかぎり転ばせることなどあり得ない」

 ローランド侯爵家の馬車から降りて、夜会会場であるデルフィーノ公爵邸に降り立つ。
 いつも隠すようにキツくまとめていた白銀の髪は、あえてふわふわと目立つように下ろされている。

 真珠がちりばめられ、白銀の最上級の生地が使われたドレス。
 そして誰もが注目するだろう胸元の大ぶりな魔石は、金色の輝きを放っている。

 対するアルベルトは、夜会にしては控えめな装いだ。黒い盛装と輝くアイスブルーの宝石。
 それ以外はまるで夜の国から訪れた王子様のように漆黒だ。

 その中で私の胸元を彩る魔石とお揃いの金色の瞳だけがギラギラと煌めいている。

(素敵だなあ……)

 思わずボンヤリと見惚れてしまった。
 すでに対外的な高位貴族としての仮面をかぶった冷酷にも感じるその表情は、見慣れなくてまるで遠い場所にいるかのようだ。

 まだ婚約者がいないミラベル様は、やはり婚約者がいないジルベルト様にエスコートされている。

 黒髪に金の瞳のミラベル様と、紫がかった髪に紫の瞳のジルベルト様は紺色を基調にしたお揃いの盛装に身を包んでいる。

(出掛ける直前まで、二人してお揃いが嫌だと駄々をこねていたなんて、誰も思わないでしょうね)

 微笑ましい二人を思い出すと、少しだけ緊張が薄らぐようだ。

「……シェリア、俺から離れないで」
「アルベルト」
「今度は後れをとったりしない。必ず守るから」
「……信じてる。ところで」
『ふぉんっ!!』

 チラリと視線を落とせば、真っ白な犬がいる。
 夜会会場に動物を連れてきているのは、もちろん私だけだ。

「フィーを連れてきて良かったの?」
「構わないだろう。筆頭魔術師が許可を申請してくれたから」
「フール様が?」
「ああ、これくらい当然だろう」

 フィーを連れている、真っ白な色合いの私は否が応でも会場中の視線を総ざらいしてしまう。
 もちろんその視線のほとんどは、好意的なものなどではない。

「ほら、ダンスが始まった。俺たちも踊ろう」
「え、ええ……」

 手を引かれた途端、体重が軽くなったように思えた。いや、事実軽くなっている。

「魔法……。物質の重さを変えるのは不可能だったのでは」
「ああ、まだ論文を公表していないから秘密だ」

 羽が生えたように踊りだす。完全に密着した体は。軽くなった体とあまりに巧みなリードで、周囲からはまるでダンスが最高に得意な淑女みたいに見えるだろう。

「この瞬間だけは、周りなんて気にしないで俺だけを見て」

 アルベルトの心臓の鼓動が聞こえてくる。
 音楽が鳴り終わるまで私たちは踊り続けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

前髪おろしただけなのに

小寺湖絵
恋愛
前髪おろしたお飾りの妻の顔がどストライクだった将軍様の話。

王妃さまは断罪劇に異議を唱える

土岐ゆうば(金湯叶)
恋愛
パーティー会場の中心で王太子クロードが婚約者のセリーヌに婚約破棄を突きつける。彼の側には愛らしい娘のアンナがいた。 そんな茶番劇のような場面を見て、王妃クラウディアは待ったをかける。 彼女が反対するのは、セリーヌとの婚約破棄ではなく、アンナとの再婚約だったーー。 王族の結婚とは。 王妃と国王の思いや、国王の愛妾や婚外子など。 王宮をとりまく複雑な関係が繰り広げられる。 ある者にとってはゲームの世界、ある者にとっては現実のお話。

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

【完結】公爵令嬢はただ静かにお茶が飲みたい

珊瑚
恋愛
穏やかな午後の中庭。 美味しいお茶とお菓子を堪能しながら他の令嬢や夫人たちと談笑していたシルヴィア。 そこに乱入してきたのはーー

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ

暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】 5歳の時、母が亡くなった。 原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。 そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。 これからは姉と呼ぶようにと言われた。 そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。 母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。 私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。 たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。 でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。 でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ…… 今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。 でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。 私は耐えられなかった。 もうすべてに……… 病が治る見込みだってないのに。 なんて滑稽なのだろう。 もういや…… 誰からも愛されないのも 誰からも必要とされないのも 治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。 気付けば私は家の外に出ていた。 元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。 特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。 私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。 これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

この子、貴方の子供です。私とは寝てない? いいえ、貴方と妹の子です。

サイコちゃん
恋愛
貧乏暮らしをしていたエルティアナは赤ん坊を連れて、オーガスト伯爵の屋敷を訪ねた。その赤ん坊をオーガストの子供だと言い張るが、彼は身に覚えがない。するとエルティアナはこの赤ん坊は妹メルティアナとオーガストの子供だと告げる。当時、妹は第一王子の婚約者であり、現在はこの国の王妃である。ようやく事態を理解したオーガストは動揺し、彼女を追い返そうとするが――

四回目の人生は、お飾りの妃。でも冷酷な夫(予定)の様子が変わってきてます。

千堂みくま
恋愛
「あぁああーっ!?」婚約者の肖像画を見た瞬間、すべての記憶がよみがえった。私、前回の人生でこの男に殺されたんだわ! ララシーナ姫の人生は今世で四回目。今まで三回も死んだ原因は、すべて大国エンヴィードの皇子フェリオスのせいだった。婚約を突っぱねて死んだのなら、今世は彼に嫁いでみよう。死にたくないし!――安直な理由でフェリオスと婚約したララシーナだったが、初対面から夫(予定)は冷酷だった。「政略結婚だ」ときっぱり言い放ち、妃(予定)を高い塔に監禁し、見張りに騎士までつける。「このままじゃ人質のまま人生が終わる!」ブチ切れたララシーナは前世での経験をいかし、塔から脱走したり皇子の秘密を探ったりする、のだが……。あれ? 冷酷だと思った皇子だけど、意外とそうでもない? なぜかフェリオスの様子が変わり始め――。 ○初対面からすれ違う二人が、少しずつ距離を縮めるお話○最初はコメディですが、後半は少しシリアス(予定)○書き溜め→予約投稿を繰り返しながら連載します。

処理中です...