魔力ゼロ令嬢ですが元ライバル魔術師に司書として雇われただけのはずなのに、なぜか溺愛されています。

氷雨そら

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初代の本 2

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 先ほどまで壁際でこちらの様子を眺めていたアルベルトが、ゆるりと近づいてきてフール様の肩に手を置いた。

「アルベルト、彼女は本物の天才だ」
「知っている」
「そうだろうね。人はつい美的感覚にそって魔法陣を書いてしまうが、彼女のそれはあくまで魔力の流れに忠実だ。まるで絵を描き始めた幼子のように」
「そうだな、確かに幼子のような歪んでいてもどこか心に訴えかける魔法陣だ。そして、どうしてこれで魔力が流れるのか常人には理解できないのに、なぜかスムーズに流れていく摩訶不思議な魔法陣だ」
「な、なな!?」

 褒められているのか、あまりの画力のなさを貶されているのか全くわからない言葉。
 けれど、先ほどまでのどこか敵意にも似た鋭さを消してフール様がこちらを見つめる。
 その横で、アルベルトがため息をついた。

「――王立学園時代、俺がシェリアに勝てたのは、正確に魔法陣を書くことを求められた試験だけだからな」
「へぇ、完全無欠のアルベルトくんがねぇ」
「……その言い方やめろ」
「僕は君の、シェリア嬢の前でだけで見せる一面を愛でたくてしかたがないんだよね」
「言葉でわからないなら、実力行使するぞ」
「おお、怖い」

 アルベルトが手のひらを上に向けて、高密度の魔力を練り始めた。
 このままでは、貴重な蔵書ごとこの図書館が吹き飛んでしまうに違いない。

 ――アルベルトが、こんな熱くなるなんて珍しい。

 そっと腕に手を置くと、長いため息を合図に魔力が小さく弾けて消えた。

「本当に二人は仲が良いのですね」
「「は?」」

 二人が同時に眉を寄せて不機嫌な表情になった。
 絶世の美貌と言い切れるアルベルトとフール様。
 どんな表情をしたって、息を呑むほど美しい。

「僕はもっと大人だ。そもそも、君たちは僕の孫よりもずっと年下じゃないか」
「お孫さんがいるのですか」
「……いない」
「ほとんど、王立魔術院から外に出ることがなく、歴代の国王陛下すら呼び出す男に恋人がいるはずないだろう」
「ひどいな。愛する人くらい……かつてはいた」

 その言葉に苦渋が含まれていたような気がして、漆黒の瞳を見つめる。
 けれど、それも一瞬のことですぐにその表情には軽薄さすら感じる笑みが浮かぶ。

「まあ良い。とにかく僕は、その本の中身を知ることができればそれで良い。週三日だ」
「え?」
「他の魔術師たちに手を出させず、必ず安全を確保する約束しよう」

 アルベルトに視線を向ければ、露骨に嫌な顔をしていた。お断りした方が良いのだろう、そう思ったときフール様が次の言葉を告げる。

「君が王立魔術院の任務で不在の間の安全確保」
「……」
「僕はいつでもここにいるよ?」
「その通りだな」

 アルベルトが唐突に、杖を手にして胸に当てる魔術師としての最敬礼をした。
 侯爵家の嫡男であるアルベルトは、気位が高くほかの人間に容易に頭を下げたりしない。
 そのことを知っている私は、唖然とした。

「ご提案、謹んでお受けいたします」
「……」

 ただでさえ静かな図書館をさらなる沈黙が支配する。

「……君」
「……何でしょうか」
「そんな風にかしこまった君、気持ち悪い」
「……」

 笑顔のまま、もう一度手のひらに高密度の魔力を練り始めたアルベルト。

(でも、今のは私もフール様が悪いと思う)

 とりあえず、止めるのはやめて私は成り行きを見守ることにした。

「おやおや、本気で打ってくるとは。年寄りには優しくしろと習わなかったのかい?」
「くっ!」

 フール様は、アルベルトの魔法を片手で受け止め余裕の表情だった。

 ――こうして、私は週3回、王立魔術院の図書館に通うことになったのだった。

 
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