26 / 68
初代の本 2
しおりを挟む先ほどまで壁際でこちらの様子を眺めていたアルベルトが、ゆるりと近づいてきてフール様の肩に手を置いた。
「アルベルト、彼女は本物の天才だ」
「知っている」
「そうだろうね。人はつい美的感覚にそって魔法陣を書いてしまうが、彼女のそれはあくまで魔力の流れに忠実だ。まるで絵を描き始めた幼子のように」
「そうだな、確かに幼子のような歪んでいてもどこか心に訴えかける魔法陣だ。そして、どうしてこれで魔力が流れるのか常人には理解できないのに、なぜかスムーズに流れていく摩訶不思議な魔法陣だ」
「な、なな!?」
褒められているのか、あまりの画力のなさを貶されているのか全くわからない言葉。
けれど、先ほどまでのどこか敵意にも似た鋭さを消してフール様がこちらを見つめる。
その横で、アルベルトがため息をついた。
「――王立学園時代、俺がシェリアに勝てたのは、正確に魔法陣を書くことを求められた試験だけだからな」
「へぇ、完全無欠のアルベルトくんがねぇ」
「……その言い方やめろ」
「僕は君の、シェリア嬢の前でだけで見せる一面を愛でたくてしかたがないんだよね」
「言葉でわからないなら、実力行使するぞ」
「おお、怖い」
アルベルトが手のひらを上に向けて、高密度の魔力を練り始めた。
このままでは、貴重な蔵書ごとこの図書館が吹き飛んでしまうに違いない。
――アルベルトが、こんな熱くなるなんて珍しい。
そっと腕に手を置くと、長いため息を合図に魔力が小さく弾けて消えた。
「本当に二人は仲が良いのですね」
「「は?」」
二人が同時に眉を寄せて不機嫌な表情になった。
絶世の美貌と言い切れるアルベルトとフール様。
どんな表情をしたって、息を呑むほど美しい。
「僕はもっと大人だ。そもそも、君たちは僕の孫よりもずっと年下じゃないか」
「お孫さんがいるのですか」
「……いない」
「ほとんど、王立魔術院から外に出ることがなく、歴代の国王陛下すら呼び出す男に恋人がいるはずないだろう」
「ひどいな。愛する人くらい……かつてはいた」
その言葉に苦渋が含まれていたような気がして、漆黒の瞳を見つめる。
けれど、それも一瞬のことですぐにその表情には軽薄さすら感じる笑みが浮かぶ。
「まあ良い。とにかく僕は、その本の中身を知ることができればそれで良い。週三日だ」
「え?」
「他の魔術師たちに手を出させず、必ず安全を確保する約束しよう」
アルベルトに視線を向ければ、露骨に嫌な顔をしていた。お断りした方が良いのだろう、そう思ったときフール様が次の言葉を告げる。
「君が王立魔術院の任務で不在の間の安全確保」
「……」
「僕はいつでもここにいるよ?」
「その通りだな」
アルベルトが唐突に、杖を手にして胸に当てる魔術師としての最敬礼をした。
侯爵家の嫡男であるアルベルトは、気位が高くほかの人間に容易に頭を下げたりしない。
そのことを知っている私は、唖然とした。
「ご提案、謹んでお受けいたします」
「……」
ただでさえ静かな図書館をさらなる沈黙が支配する。
「……君」
「……何でしょうか」
「そんな風にかしこまった君、気持ち悪い」
「……」
笑顔のまま、もう一度手のひらに高密度の魔力を練り始めたアルベルト。
(でも、今のは私もフール様が悪いと思う)
とりあえず、止めるのはやめて私は成り行きを見守ることにした。
「おやおや、本気で打ってくるとは。年寄りには優しくしろと習わなかったのかい?」
「くっ!」
フール様は、アルベルトの魔法を片手で受け止め余裕の表情だった。
――こうして、私は週3回、王立魔術院の図書館に通うことになったのだった。
17
お気に入りに追加
600
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

“ざまぁ” をします……。だけど、思っていたのと何だか違う
棚から現ナマ
恋愛
いままで虐げられてきたから “ざまぁ” をします……。だけど、思っていたのと何だか違う? 侯爵令嬢のアイリス=ハーナンは、成人を祝うパーティー会場の中央で、私から全てを奪ってきた両親と妹を相手に “ざまぁ” を行っていた。私の幼馴染である王子様に協力してもらってね! アーネスト王子、私の恋人のフリをよろしくね! 恋人のフリよ、フリ。フリって言っているでしょう! ちょっと近すぎるわよ。肩を抱かないでいいし、腰を抱き寄せないでいいから。抱きしめないでいいってば。だからフリって言っているじゃない。何で皆の前でプロポーズなんかするのよっ!! 頑張って “ざまぁ” しようとしているのに、何故か違う方向に話が行ってしまう、ハッピーエンドなお話。
他サイトにも投稿しています。

追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

だから言ったでしょう?
わらびもち
恋愛
ロザリンドの夫は職場で若い女性から手製の菓子を貰っている。
その行為がどれだけ妻を傷つけるのか、そしてどれだけ危険なのかを理解しない夫。
ロザリンドはそんな夫に失望したーーー。

あなたが「消えてくれたらいいのに」と言ったから
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「消えてくれたらいいのに」
結婚式を終えたばかりの新郎の呟きに妻となった王女は……
短いお話です。
新郎→のち王女に視点を変えての数話予定。
4/16 一話目訂正しました。『一人娘』→『第一王女』

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

明日結婚式でした。しかし私は見てしまったのです――非常に残念な光景を。……ではさようなら、婚約は破棄です。
四季
恋愛
明日結婚式でした。しかし私は見てしまったのです――非常に残念な光景を。……ではさようなら、婚約は破棄です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる