魔力ゼロ令嬢ですが元ライバル魔術師に司書として雇われただけのはずなのに、なぜか溺愛されています。

氷雨そら

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初代の本 1

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(託されてしまった……)

 豪華な装丁の古びた本。
 開かなければ、それは普通の魔術書だ。
 けれど、本当に初代筆頭魔術師が記したものだとすれば、その価値は……。

「……」

 無意識に開いたページには、難解な魔法陣が描かれていた。

「解読するのには、時間がかかりそう」

 かといって解読できないわけでもない。
 記憶の糸をたどれば、1冊の本に行き当たる。
 そう、これは王立学園で一番始めに出会う、魔力の属性を知る魔法陣を複雑にしたものだ。

「へえ、どれどれ」

 肩越しにのぞき込んできたフール様。
 途端に魔術書の文字が薄くなる。

「ふーん、この距離でのぞき見るのもダメかぁ」

 振り返れば、フール様は指先を唇に当てていた。
 あざとさを感じるほど色気があるその姿に、強制的に心臓が高鳴る。

「……どんな魔法陣?」
「……魔力の属性を知るための魔法陣に近いです」
「へぇ! 基本とどこが違う?」
「12時方向に描かれた文字が、使い魔を呼び出すときに3時方向に描かれている文字に入れ替えられています。それに、王立学園で目にしたものは2重枠なのにこちらは3重枠です」
「ふむふむ。こんな感じかな?」

 目を急に輝かせたフール様は、足早に部屋の壁へと向かう。
 壁にはチョークで乱雑に魔術式が書かれていた。
 その中心に描かれた大きな円。

 チラリとアルベルトに視線を送る。
 けれど彼は、いつの間にか部屋の端によって壁により掛かり、目を瞑ってしまっていた。

 カツカツと激しい音がする。
 
 ……見る間に完成していく魔法陣が、あまりに美しくて息を呑む。
 フール様自身は、どこか軽薄な印象なのに描く魔法陣は基本に忠実で実直な印象だ。

(魔法陣には個性が出るもの)

 アルベルトの描く魔法陣は、几帳面でほんの少しの狂いもなく完璧だ。
 一方私の魔法陣は、なぜこれで魔法が発動するのかと教師たちが首をひねっていたものだ。

「こんな感じかな?」
「……えーと、この部分が」
「書いてみて」

 チョークを手渡される。
 フール様は、まるで教壇に立つ教師のように真面目な顔をしている。
 私はその手から白いチョークを受け取って、濃い緑色の壁に向き合った。

「……ここがこうで、こっちはこう」

 先ほどまでの正円が歪んでいく。
 私には、教科書と同じように魔法陣を描くことができない。
 私には絵の才能がおそらく壊滅的にない。

 だから、魔法が成立することだけを考えて線を描く。

「――――素晴らしい、才能だ」

 その言葉には、なぜか嫉妬に似た負の響きが混ざり込んでいるようだった。

 
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