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卒業式 2
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翌日の卒業式は、あいにくの曇り空だった。
もう着ることのない制服にいつもとは違う改まった気持ちで袖を通す。
鏡の前に立ち、青みがかった黒髪をハーフアップにまとめた。
伯爵令嬢とはいっても、庶子の私は母を亡くしたあとに強い魔力のおかげでこの家に引き取られたに過ぎない。
街を歩けば、強い魔力を持つことを表す黒に近い髪と鮮やかな青い瞳に誰もが振り向く。
(できれば、政略結婚はしたくない)
好きな人と結婚できたらなんて、私の立場では願えるはずもないけれど……。
それでも、王立魔術院に席があるかぎりしばらくの間、無理に政略結婚をしろとは言われないだろう。
最後に青いリボンを首元に結んだ。
明日からは、休む間もなく王立魔術院での新入職員の研修が始まる。
そこには、アルベルトもいるだろう。
けれど彼は首席で就職を決め、しかも侯爵家の嫡男だ。あっという間に出世の階段を駆け上がり、手が届かない人になるに違いない。
(遠くから、ときどき見るだけなら)
気が付かないふりをしていたけれど、私がアルベルトに向けているのは明らかに恋心だったに違いない。
(でも、その気持ちとも今日でお別れをしよう)
「行ってきます」
来年になれば妹は華やかに見送られるだろうけれど、この屋敷には私を見送る人はいない。
それでも、明日からは王立魔術院の職員寮での生活が始まる。
この家ともようやくさよならできるのだ。
私は王立学園への歩きなれた通学路を歩き始めた。風は冷たく寂しくもあるけれど、日差しに照らされれば未来はきっと明るいと思えた。
***
――そして卒業式。
アルベルトと私は、それぞれ学年主席と次席として最前列に並んでいた。
このあとアルベルトは、卒業生代表挨拶をする。
真っ直ぐ前を向いているアルベルトは、これっぽっちも緊張しているようには見えない。
(私なんて、在校生から花束を受け取るだけでもこんなに緊張しているのに)
きっとアルベルトは、こんなふうに誰かの前で話す機会がたくさんあって慣れているのだろう。
学園長先生からの祝辞は長かったけれど、ほんの少しの眠気に緊張感のおかげで勝利して、名を呼ばれ立ち上がったアルベルトに目を向ける。
「……あれ?」
その時、背後の参列者の席で魔力の渦が徐々に大きくなっていくのを感じた。
慌てて振り返ると参列者の一人が立ち上がり、魔法を放ったのが見えた。
スローモーションのように、それでいて無慈悲なほど真っ直ぐ、魔力で作り上げられた矢がアルベルトへと向かう。
(どうして、警備体制は厳重に確保されていたはず)
気配を希薄にする魔道具を使っていたのだろうか。会場でいち早く気が付いたのは、魔力の感知能力に優れている私だけだった。
何も考えられず、ただ立ち上がる。
確実に魔法はアルベルトを狙っていて、そのときの私は、彼のことを助けることしか考えられなかった。
「シェリア!?」
一呼吸遅れ、アルベルトが目を見開いて防護壁を張ろうとしたのと、私が彼を突き飛ばしたのはほぼ同時だった。
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