魔力ゼロ令嬢ですが元ライバル魔術師に司書として雇われただけのはずなのに、なぜか溺愛されています。

氷雨そら

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魔力ゼロ令嬢 2

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 アルベルトは、王立学園時代のクラスメートだ。
 かつて、私たちは魔術の腕を競い合うライバルだった。そう、卒業式に起きた事件で私が魔力ゼロになり、王立魔術院の採用が取り消されるまでは。

 なぜか苦しそうに顔を歪めたアルベルトが、強引に私の手首を掴んだ。
 ギシリと痛いほどの力に抗議しようとしたけれど、そのまま強い力で手首を引かれる。

「行くぞ……」
「は? 行くってどこに」
「いいから着いてこい」
「っ、あなたってどうしていつも」

 文句を言って振り払おうとしたとき、不意に掴まれていた手が離された。
 驚きとともに思わずアルベルトに顔を向ける。

(どうしてそんなにつらそうな顔……)

「……一緒に来てくれないか?」
「……アルベルト」

 差し出された手は、今度はまるで淑女をエスコートするかのようだ。
 事実、華麗な魔石の装飾に彩られた王立魔術院の白い制服に身を包んだアルベルトは、頬を染めそうになるほど素敵だ。

「お願いだ……」

 かつてのライバルは、どこか傲慢で、対抗心が強くて、いつでも私に突っかかってきた。
 そんな彼が、まるで捨てられた子犬のような顔で私を見つめ、一緒に来てほしいと願っている。

 思わずその手を取ってしまった。
 先ほど掴まれたときはわからなかったけれど、少しだけ湿っている。

(緊張しているの? ……まさか、あのアルベルト・ローランドに限ってそんなはずないわね)

 そのまま今度は優しい力で手を引かれ、二人で馬車に乗り込む。
 それは、アルベルトの生家、ローランド侯爵家の紋章がついた豪華な馬車だった。

「汗くらい拭きなさいよ……」
「ああ……」

 アルベルトが胸元から取り出したハンカチに、見覚えがありすぎて思わず視線が釘付けになる。
 黒髪からしたたる汗を拭って、アルベルトは再び丁寧にハンカチを畳むと胸元にしまい込んだ。

「そのハンカチ……」
「個性的な刺繍が気に入って愛用している」
「……個性的じゃないわ。ローランド侯爵家の紋章じゃないの」
「……そうか、てっきり羽が生えた豚だと思っていた」
「ひどい……!?」

 ちなみに侯爵家の紋章は、この馬車の装飾からもわかるとおり、グリフィンだ。

(でも、あの時は上手にできたと思ったけれど、久しぶりに見たら確かに酷いわ……)

 残念なことに私の刺繍の腕は、あれから上達していない。

「返して!」
「ダメだ」
「どうして」
「……俺の宝物だから」
「羽の生えた豚が!?」

 クッと忍び笑いが聞こえた。その笑顔は学生時代を思い起こさせる。釣られて私まで笑顔になってしまう。

 こんなくだらない喧嘩のような会話が、どれほど大切なものだったか思い知らされるようだ。

(まるで王立学園の学生時代に戻ったみたい)

 私が笑顔になると、なぜかアルバートは金色の瞳を見開いて私から目を逸らした。

 ――馬車に沈黙が訪れる。

(そういえば、馬車がどこに向かっているのかも、どこに連れて行かれるのかも聞いていないわ?)

 もう一度アルベルトに視線を向けるけれど、何か考え込んでいるのか窓の外を眺めていて聞きづらいことこの上ない。

「あの……」

 ようやく口を開きかけたとき、ガタリと音を立てて馬車が停車した。
 窓の外を眺めた私は目を見開く。
 豪華な白い建物には見覚えがある。
 
 優雅にエスコートの手が差し伸べられた。理由も告げられないまま、王都の中心部、上流貴族ばかりが屋敷を構える一角にある、ローランド侯爵家のお屋敷に私は降り立ったのだった。

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