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魔法が効かない妻 1
しおりを挟む目覚めるとベッドの上だった。
そっと優しく髪を梳かれた感触が残っている。
ウェルズ様は、寝落ちしてしまった私をベッドに移してくれたのだろう。
唇に触れてみれば、急に顔が熱くて仕方なくなった。
窓を見れば、すでにすがすがしいほど空は青い。
「……仕事に行かなくちゃ」
ひとまず身支度を調えようと夫婦の部屋の扉を開くと、なぜかすでに侍女が控えていた。
使用人たちが誰も彼も嬉しそうだ。しかし、白い結婚はまだ解消されていない。
ただ、私たちが初めて夫婦の部屋で(短時間だったけれど)二人きりで過ごしたことは事実だ。
『帰ってきたら、覚悟しておいて』
それは寝入り際に聞こえてきた、ウェルズ様の甘すぎる言葉だ。
何を覚悟するのかなんて考えるまでもないだろう。
――鏡に映る私の頬はまだ赤い。
今日のドレスはごく淡いグレーだった。けれど長い袖からチラリと見えるブレスレットの宝石は緑がかった青色をしている。
それは、ウェルズ様の瞳の色だ。
フリーディル侯爵家の馬車に乗って登城する。
今まで私のことを馬鹿にしていた人たちの態度は、この1週間であっという間に変わってしまった。
(注目を浴びているのは間違いないわ……)
夫に相手にされない哀れな妻という肩書きは完全に塗り替えられてしまった。
すれ違う人たちの視線を感じながら、私はマークナル殿下の執務室へと急いだのだった。
***
「それで、どこまで聞いた?」
マークナル殿下は大魔法使いが作り上げた、この世界が描かれているという瑠璃色の球体を指先で弄びながら質問してきた。
全く悪びれる様子はないけれど、私はひと言物申したいことがあった。
「マークナル殿下は、私にウェルズ様に詳細を聞くようにとおっしゃいましたが……」
「おや、そこまでちゃんと聞いたんだね?」
紫色の瞳を細めてマークナル殿下が微笑んだ。
儚いほど美しい笑顔は、まるで繊細なガラス細工のようだ。
「……はい。でも、ウェルズ様は」
そう、ウェルズ様は王家と盟約を結んだと言っていた。
だから詳細を話すことが出来ないのだと……。
「もちろん、俺が魅了の力が効かない君を欲したというのもあるが」
確かに私はマークナル殿下の瞳に宿る魅了の力が効かない数少ない女性だ。
けれど、魔力が強い人たちの中には魅了の力を無効化できる人もいる。
「王家は君を……いや、君の能力を管理下に置く必要があった」
「え……?」
魔法の力が効かないという事実。
けれど、私にとってはデメリットが多い。
魔力がないことで誰もが使える魔道具を扱えないし、治癒魔法も効果がない。
「……君はいつウェルズと会ったんだ?」
「……」
「ウェルズは、俺が君のことを話す以前から、すでに君に魔法が効かないことを知っていたよ」
「え……?」
それは予想外の言葉だった。
私がウェルズ様と出会ったのは、実家を出て下級事務官として務め始めてからだったはずだ。
求婚されるまでだって、書類を運んでいったときに顔を合わせるくらいで……。
(私が初恋だと言っていた?)
昨夜の言葉を振り返れば、もしかして下級事務官と騎士団の隊長として出会う以前からすでにウェルズ様は私のことを知っていたことになる。
しかも、私自身がマークナル殿下とであって初めて知った、魔法が効かないという事実。
それすら知っていたというのだ……。
「君たちには、少々話し合いが足りてないようだ……。ほら」
「え……?」
差し出されたのは、機密文書の封筒だった。
特別な魔法がかけられたその封筒は、送り主と指定された相手にしか開けることが出来ない。
「先日の武器の不正購入に関する調査書類だ。急ぎ、フリーディル卿に届けてくれ」
「……」
「なにぼんやりとした顔をしている。……火急の用件だ。さっさとフリーディル卿に渡してきてくれ」
「は、はい!!」
書類を受け取った私は、マークナル殿下の執務室を出てウェルズ様の執務室へと走り出したのだった。
このあと起きる事件に巻き込まれてしまうことも知らずに。
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