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白い結婚成立直前に旦那様が帰ってきました 4
しおりを挟む――ウェルズ様が帰ってきてから一週間。
その間、彼は当然のように戦後処理で忙しかった。
(だからもちろん、私は今までのように放置されると思っていたのに……)
私の希望で夫婦の寝室は別々のままだ。
けれど、今までと違うのは朝起きると温かいお湯とタオルが渡され、身支度を全て侍女がしてくれることだ。
「カティリア!!」
「わ!? ウェルズ様!!」
「……名前で呼んでくれるのか。ようやく帰ってきたという気がするな」
私が彼のことを名前で呼ぶのには理由がある。
始めは夫婦とはいっても白い結婚を宣言することを考えているのだからと『フリーディル侯爵』と呼ぼうとした。
けれど、そう呼ぶ度にすがるような、いわば捨てられた子犬のような瞳を向けてくるのだ。距離をとろうとしてみたけれど、結果は同じだった。
(どうして私の方が罪悪感を覚えなければいけないの!?)
完璧で職務に忠実な騎士の中の騎士だと思っていたウェルズ様のあまりの豹変ぶりに私は困惑するばかりだった。
二人で朝食をともにする。
緊張してしまう私に対して、ウェルズ様は嬉しそうだ。そして、戦場帰りとは思えないほど所作が美しい。
ふと、焦げた目玉焼きを思い出して微笑ましい気分になる。
「……さあ、行こうか」
食事を終えるとウェルズ様が私のそばに来て手を差し伸べた。
「今日はどちらに」
「あと3週間しかない。君をいくら甘やかしたって甘やかし足りない」
「……ウェルズ様、無駄遣いはよくありません」
「君に使う金が無駄なはずはない」
何を言ってもこの調子なのだ。
諦めてしまいそうになっている私は悪くないと思う。
「でも、今日は仕事ですから」
「……マークナル殿下のところに行くのか」
なぜかウェルズ様が顔をしかめた。
どういうわけなのか、マークナル殿下のことになると彼は不機嫌になってしまう。
戦場に行く前、マークナル殿下とウェルズ様は親友と言っても良い関係だったはず。
一体二人に何があったのか、と首をかしげる私は、まさか自分がその原因の一端であるなんて考えもしないのだった。
「俺も行く」
王宮でも帯剣が許されている騎士団長様が、入ることが出来ない場所なんてありはしない。
私がダメと言ったところで何かと理由をつけてマークナル殿下の執務室に現れることはわかりきっている。
「けんかしてはダメですよ?」
「約束するから一緒に行っても良いか」
「……私に止める権利はありません」
「俺を止める権利を持つとしたら、君しかいない」
「……!?!?!?」
首をかしげているうちに抱き上げられて馬車に乗せられてしまう。
いつも歩いて行っていたのに、ウェルズ様はまるで姫君の護衛でもしているような態度だ。
「この家から王宮までは歩いて行ける距離です。敷地内の馬車であればなおさら歩いて乗れます」
上流貴族であるフリーディル侯爵家の屋敷は、王宮のすぐそばに建てられている。
馬車に乗っていくほどの距離ではないと抗議しようとすると、ウェルズ様はなぜか眉間にしわを寄せて首を振った。
「――危険だから」
「戻られてからそればかり……。今までだって大丈夫でしたよ」
「悔しいがマークナル殿下が君を守っていたからな。だが、それも限界のようだ」
「限界……」
「すまない。怖がらせる気はなかった……」
ポンッと頭に大きな手がのせられた。
ごまかすような笑みを浮かべたウェルズ様の顔をじっと見つめる。
「君を守ると決めていた。守らせてくれ」
「……それなら」
どうして3年間私のことを放置していたのだろう。
けれど、その理由を問いただす前に、馬車は王宮に着いてしまった。近い、あまりに近い。
――この国の英雄であるウェルズ様にエスコートされて馬車から降りる私。
今までのように地味なドレスから一転、身につけているのは王都でも人気のデザイナーの手によるドレスだ。
今までとは違う意味での注目に、いくら着飾ったところで地味な私は変わらないという気持ちでいっぱいになる。
騎士団長としての制服を身につけたウェルズ様は今日もとても素敵だ。
それに引き換えて、細くて地味な私が、彼の隣に似合うとはとても思えない。
三年近い月日は、そのことを思い知らされるのに十分だった。
「……ああ、そういえば」
「ウェルズ様?」
「そのドレス、可憐な君にとてもよく似合う。選んだのは俺だが、他の人間に見せなくてはいけないのが口惜しいほどに」
「……はあ」
ありがとうございます。と素直に言うにはウェルズ様が麗しすぎる。
遠い目をした私の手を引いてエスコートするウェルズ様に連れられて、周囲の大注目を浴びながら私は今日も出勤することになったのだった。
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